清研時報

1984年4月号

裁判沙汰にまで発展したし尿浄化槽清掃業不許可処分取消請求事件(Ⅰ)
  1. 行政側の勝因・敗因の解剖(I)
  2. 行政側が勝訴した臼杵市の訴訟事件
  3. 1.原告・有限会社丸三清掃開発の主張
  4. 2.被告・臼杵市長の主張
  5. 3.臼杵市長の不許可処分は適法だとした判決理由
  6. 4.臼杵訴訟の教訓
行政側の勝因・敗因の解剖(I)
  • 大分県の臼杵市で争われていたし尿浄化槽清掃業の不許可処分の取消しを求めた訴訟事件は、行政側が勝訴したそうですね。
  • ええ、昨年11月21日、大分地方裁判所で、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」 という判決が出ました。
  • し尿浄化槽清掃業の不許可処分の取消しを求めた訴訟事件では、宮崎県の都城市をはじめ、岐阜県の岐阜市、愛知県の豊田市、福岡県の田川市と川崎町、それに添田町外3ケ町村清掃施設組合など、いずれも行政側が敗訴していたのに、臼杵市では、よく行政側が勝訴しましたね。
  • 訴訟記録を調べてみましたが、臼杵市の場合は、行政側が余計なことには触れないで、不許可処分にした理由について、廃棄物処理法の規定に基づいて的確な主張をしています。それが勝因となっていますね。
  • そうですか。私が知っているかぎりでは、都城市に始まって、岐阜市、豊田市、田川市などと、相次いで行政側が敗訴していましたので、し尿浄化槽清掃業については、不許可処分にした場合、裁判になったら、行政側が必ず負けるものだろうと思っていましたが、そうと決まったものでもないことが証明されたようなものですね。
  • まあ、そういうことですね。しかし、都城市や、豊田市、田川市などでは、いずれも第1審の判決を不服として控訴し、それぞれ高等裁判所で審理が続けられており、まだ敗訴が確定したわけではありませんよ。都城市や、豊田市、田川市などの事件について、第1審の訴訟記録を調べてみましたが、どうも、行政側の主張に、痒いところに手が届かないもどかしさを感じます。第2審で、不許可処分に付したのは廃棄物処理法に定める許可の要件に適合していないからだということが証明できたら、行政側が勝訴するものと思いますよ。
  • そうですか。
  • 昭和51年6月16日に、法律第68号で、廃棄物処理法の第3次改正が行われ、一般廃棄物処理業の許可の適正化を図るため、欠格条項を設けるなど、許可基準を整備するとともに、し尿浄化槽清掃業に関しても、一般廃棄物処理業に準じて許可基準が整備されましたが、記憶しておられますか。
  • 記憶しています。
  • 次いで、昭和53年8月10日には、厚生省令第51号により廃棄物処理法施行規則の第4次改正が行われ、規則第2条の第2号が削除されて、し尿浄化槽の清掃と、その清掃にかかる汚泥の収集、運搬又は処分を併せて行おうとする者は、廃棄物処理法第9条第1項の許可と併せて同法第7条第1項の許可を要することとなりましたが、これも覚えておられるでしょう。
  • ええ、覚えています。
  • 岐阜市を除いては、昭和51年の廃棄物処理法第3次改正後に発生した事件です。また、豊田市や田川市などでは、昭和53年の廃棄物処理法施行規則第4次改正の後で事件が発生しています。ですから、不許可処分にした理由について、改正された法令やそれに基づく通知などに副った主張をしておれば、敗訴は免れていた筈ですよ。
  • そうですか。
  • 曽ては市町村の多くが、幾人もの業者に許可を与えて、同じ区域の中で競合させていたため、業者たちは、料金を値引きして得意を奪い合い、当然の結果として、手抜き作業や不法投棄を余儀なくされ、生活環境の悪化を招くようになりましたね。そこで、これじゃいけないというので、ほとんどの市町村が、行政指導をして、或いは業者たちを企業合同させ、或いは区域を分けて業者を指定し、業者間の無用の競合を避けるようにしてきた経緯があるでしょう。それを、今さら、市町村の実情がどうであろうと、申請者が必要な施設や能力を備えておれば、市町村長は必ず許可を与えなければならないということになれば、同じ区域に業者が次々にあらわれ、以前の状態に逆戻りして、再び料金の値引きによる得意争奪を繰り返すことになり、そのあげく、曽てそうであったように、安い料金に見合った手抜き作業が行われ、而もこれを取締ることは事実上殆んど不可能なため、浄化されない放流水によって公共の水域が汚染されるのは必至です。そんな結果を招いてはいけないからこそ、し尿浄化槽清掃業を市町村長の許可制とし、更に、昭和51年の廃棄物処理法第 3次改正により許可の基準を整備したのではありませんか。この肝心な点を見落してはいけませんよ。
  • 同感です。市町村長に裁量の余地を認めないのであれば、許可制でなく、登録制にしておいてよかった筈ですからね。
  • 来年の9月末日までは、し尿浄化槽清掃業については廃棄物処理法の規定によることになっていますし、来年10月1日から浄化槽法が施行された後も、浄化槽清掃業を営むについては市町村長の許可を必要とすることに変わりはなく、浄化槽から引き抜いた汚泥の収集、運搬又は処分についても、今までどおり廃棄物処理法第7条第1項の規定による市町村長の許可を必要とすることになっていますから、市町村の担当者が、浄化槽清掃業の許可について曖昧な考えで対応していたら、今後も同じような訴訟事件が発生するおそれが多分にありますね。
  • 浄化槽清掃業の許可問題が裁判沙汰にまで発展しないようにするには、どうしたらよいでしょうか。
  • それには、これまでに発生したし尿浄化槽清掃業の不許可処分をめぐる訴訟事件について、その内容を検討し、臼杵市ではどういう理由で行政側が勝訴したのか、都城市や豊田市、田川市などではどんな理由で行政側が敗訴したのかを調べた上で、それを参考にして、法令の規定に副った処分をすることが肝要です。そして、申請者に対して、その処分が適法であるわけを説明し、理解させることが必要でしょう。
行政側が勝訴した臼杵市の訴訟事件
  • 先ず、臼杵市の事件から検討することにしましょう。
  • 臼杵市で不許可処分を受けたのは、どんな経歴の人ですか。
  • 金物小売業や水道工事業のほか、コクサイ式浄化槽の販売・施行をしている人です。
  • よくあるケースですね。浄化槽清掃業の許可申請をするのは、浄化槽の保守点検をしている人とか、浄化槽の販売・施工をしている人という例が多いですね。
  • 関連がありますからね。どうしても清掃業にまで手を拡げたくなるのでしょう。
  • ところで、臼杵市の事件というのは、どんな内容のものでしたか。
  • これは、大分県臼杵市に事務所を置く有限会社丸三清掃開発、代表者代表取締役野上亨が、臼杵市長佐々木順平を相手に「1.臼杵市長が有限会社丸三清掃開発に対し、昭和55年9月25日になしたし尿浄化槽清掃業不許可処分を取消す。2.訴訟費用は臼杵市長の負担とする。」との判決を求めて、大分地方裁判所に提訴した事件です。
1.原告・有限会社丸三清掃開発の主張
  • この裁判で、原告・有限会社丸三清掃開発は、請求の原因について、次のように述べています。
    1. 原告は、し尿浄化槽の清掃業を臼杵市で行うため、昭和55年3月7日、臼杵市長に対し、廃棄物処理法第9条第1項に基づいて許可申請をした。
    2. この申請に対して、臼杵市長は、昭和55年9月25日付をもって
      (1)浄化槽清掃については現在の許可台数で充足している。
      (2)市公共下水道が昭和58年度に一部供用開始する。
      との理由で不許可処分をした。
    3. 廃棄物処理法第9条第1項の許可は、いわゆるき束行為であるから、市町村長は、申請が同条第2項各号の要件に適合する場合は許可を与えなければならない。
      原告の申請は右要件に適合するものであるにもかかわらず、前記理由に基づいてなされた本件不許可処分は違法である。
    4. 原告は、右不許可処分について、昭和55年10月23日、臼杵市長に対して異議申立をしたが、臼杵市長は昭和56年2月27日、異議申立を棄却した。
    5. よって、原告は本件不許可処分の取消しを求める。
    これが、原告・有限会社丸三清掃開発の主張でした。
  • 廃棄物処理法第9条第1項の許可はき束裁量であるから、市町村長は、申請が同条第2項各号の要件に適合する場合は必ず許可を与えなければならないというのは、新しく許可を申請する者が口にする極まり文句ですね。
  • そうですね。厚生省の環境整備課が編集した《廃棄物処理法の解説》という本の初版や第2版では、「法第9条の許可は、き束裁量に属する行政処分であるが、き束裁量行為は、自由裁量行為と本質的に異なるものではなく、ある程度に法規のき束を受け、反面、ある程度の裁量が認められるものである」と説明していたのですが、その後、水道環境部が編集した同書の第4版で、「法第9条第1項に基づく許可申請を行った者が同条第2項に適合している場合には、市町村長は必ず許可しなければならない」という説明に変えたため、何故そのように解釈を変えたかについては一言のことわりもないのに、それが厚生省の解説であることから、これを鵜呑みにしている人が少なくないようです。
  • 臼杵市の裁判でも、原告は、許可申請者が法第9条第2項に適合しているときは、市町村長は必ず許可しなければならないと主張したということですが、その主張に対して裁判所はどんな判断を示したのでしょうか。
  • いや、臼杵市長の訴訟代理人が、き束行為という主張については柳に風と受け流し、申請者が法第9条第2項第1号及び第2号の要件に適合していないから不許可処分にしたのだと主張したので、裁判所は、申請者が法第9条第2項に定める許可の要件に適合しているかどうかを検討して、結論を出しています。
2.被告・臼杵市長の主張
  • 原告の請求に対して、臼杵市長はどんな主張をしたのですか。
  • 臼杵市長の主張は、簡明で、適切で、無用の論争を招かないような配慮すらなされており、更に、克明に証拠をそろえて、その主張の正当性を立証していますので、全国の市町村の担当者たちにとっても、きっと参考になるでしょう。
    訴訟記録によれば、臼杵市長は、原告の請求に対して、次のように主張しています。

    市町村長が法9条1項の許可をするには、当該申請が同条2項各号に適合していると認めるときでなければならない。被告は、原告の本件許可申請が、次に述べるとおり、法9条2項各号に適合しないため、右申請を却下したものであり、本件処分は適法である。

    1. 法9条2項1号不適合
      法9条2項1号は、申請者の能力が厚生省令に定める技術上の基準に適合するものであることを要件としている。そして、右能力は、厚生省令(廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則―以下『規則』という。)6条4号により、『し尿浄化槽の機能点検及び清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験』と定められ、『廃棄物の処理及び清掃に関する法律の施行について』と題する通知(昭和46年10月16日、環整43厚生省環境衛生局長から各都道府県知事・各政令市市長宛)第二の2によれば、『厚生大臣の認定する講習会の課程を終了した者であって、相当の経験を有する者とすること』とされている。右講習会は、財団法人日本環境整備教育センター(以下『教育センター』という)が講習会を行う唯一の団体として厚生大臣から指定されて行っているが、右講習会の受講資格者は相当の実務経験を要し、受講の申込関係書類に虚偽の申告をした場合は、資格喪失することもあるとされている。然るに、
      1. 原告は、規則6条4号に定める専門的知識技能者を代表取締役である野上亨として、本件申請を行った。ところが、野上亨は相当の実務経験がなく、そのため教育センターの講習会の受講資格がないのに、受講申込関係書類のうち身上調書に虚偽の記載をなし、相当の実務経験があるように装って右講習会を受講し、修了証書を取得したものである。
      2. また、野上亨が代表取締役をしている株式会社丸菱が、以前法9条の許可申請をした際、専門的知識技能者とされた同人の実子野上泰祐(株式会社丸菱及び原告の各取締役)が、教育センターの受講申込みに際し、被告の発行する証明書2通を偽造行使した事実もある。以上の事実から、被告は、原告が法9条2項1号に適合しないと判断したものである。
    2. 法9条2項2号不適合(7条2項4号ハ該当)
      法9条2項2号は、申請者が法7条2項4号イからハまでのいずれにも該当しないことを要件としているところ、法7条2項4号ハは、『その業務に関し不正または不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由のある者』と規定している。被告は、以下の理由により、原告が右7条2項4号ハに該当すると判断したものである。すなわち
      1. 臼杵市は、市民の衛生環境の保全をするため、し尿の処理計画を実施しており、右計画に基づく現存し尿浄化処理場の処理能力は1日50キロリットルで、十分に臼杵市民の衛生環境を守る役目を果している。現在の処理量は、し尿と浄化槽汚でいをあわせて1日45ないし48キロリットルであるが、夾雑物の混入が甚だしいため、処理工程での処理能力の限界が来ている。したがって、これ以上業者がふえても、それに応ずる市営浄化処理場の処理能力はない。他方、臼杵市は、下水道事業計画により、昭和58年8月1日から公共下水道の操業を順次開始するため、下水道事業に着工しており、このため昭和58年度からし尿浄化槽の清掃が逐次減少することは明らかである。
      2. 浄化槽の清掃は、浄化槽の汚でいを引きぬかなければ行えないものであるが、浄化槽から引きぬかれた汚でいは、市町村がその処理について責務を負わされている一般廃棄物であり、臼杵市は、処理施設の処理能力と、区域内の汲取り便所から汲み取るふん尿の量及び浄化槽から引きぬく汚でいの量とを勘案して、右廃棄物の処理計画を定めている。前記のとおり、処理施設に余分の処理能力がない現状では、既存の許可業者で十分であり、仮に新たな業者に許可を与えると、処理施設の能力を超過する汚でいの処理に窮し、不法投棄等の不正又は不誠実な行為をされるおそれが生ずる。また、清掃業者が引きぬいた汚でいを運搬・処分するには、法7条の一般廃棄物処理業の許可を取得しなければならないが、右許可は市町村長の自由裁量行為であり、臼杵市においては、一般廃棄物の処理計画、処理施設の処理能力及び下水道事業計画の現状から、被告が許可処分をすることはあり得ない。したがって、法9条の許可のみを得た清掃業者において、法を無視して、許可のないまま汚でいの運搬・処分を行うおそれがある。
      3. 以上の事実及び原告代表取締役の野上亨及び取締役野上泰祐の前記不正行為を併せ考えると、原告がその業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある。
    これが、臼杵市長の主張でした。
  • し尿浄化槽清掃業の許可は市町村長に裁量の余地があるというような主張はしていないようですね。
  • それは主張していません。臼杵市長の訴訟代理人である立花弁護士は、まず、申請者が法律で定める許可の要件に適合していない点にマトをしぼるべきだと判断したのでしょう。市町村長は、許可申請が廃棄物処理法第9条第2項各号に適合していると認めるときでなければ、し尿浄化槽清掃業の許可をしてはならないと定めていますからね。
  • なるほど。
  • 市町村長が、不許可処分にした理由について、申請者が法第9条第2項第1号及び第2号に定める許可の要件に適合していないことを指摘すれば、裁判所は、先ず、その事業の用に供する施設及び申請者の能力が、廃棄物処理法施行規則第6条に定める『し尿浄化槽清掃業の許可の技術上の基準』に適合するものであるかどうかを検討することになります。そして、更に必要があれば、申請者が法第7条第 2項第4号イ及びロのいずれにも該当しないかどうかを調べ、市町村長が、申請者は同第4号ハに定める『その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』に該当すると主張するときは、そのように判断するにいたった推理の過程において不合理があるかないかを検討し、その上で、市町村長がなした不許可処分が違法であるか、適法であるかを決定することになるわけです。
  • 臼杵市の場合も、裁判所は、その点を調べたのですね。
3.臼杵市長の不許可処分は適法だとした判決理由
  • この裁判では、原告側から提出された甲第1号証から甲第27号証までの書証と、被告側から提出された乙第1号証から乙第25号証までの書証、それに、原告側の原告代表者野上亨と、被告側が申請した3人の証人について証拠調べが行われ、その結果、原告の請求を棄却するという判決が出されました。
    裁判所は、判決理由について、次のように述べています。

    被告は、本件不許可処分の理由として、原告の申請が法第9条2項1号の要件に適合しない旨主張するので、まず、右主張につき検討する。

    1. 法9条2項は、し尿浄化槽清掃業許可申請が、同項各号の要件に適合していると認めるときでなければ、市町村長は許可を与えてはならない旨規定し、同項1号は、右 要件の1つとして、『その事業の用に供する施設及び申請者の能力が、厚生省令で定める技術上の基準に適合するものであること』を挙げている。
      そして、規則(昭和46年、厚生省令35号)6条4号は、申請者の能力に関する技術上の基準として、『し尿浄化槽の機能点検及び清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験』と定めているところ、成立に争いのない乙第24号証の3によれば、『廃棄物の処理及び清掃に関する法律の施行について』と題する通知(昭和46年10月16日、環整第43号、厚生省環境衛生局長から各都道府県知事各政令市市長あて)によれば、規則6条4号の運用について、同号に定める『専門的知識、技能及び相当の経験』を有する者は、厚生大臣の認定する講習会の課程を終了した者であって相当の経験を有する者又はこれと同等以上の能力を有する者とする旨通知していることが認められる。
      これらの法令、通知等によれば、結局、申請者が、法9条2項1号の要件に適合し、規則6条4号の要件を具備するための基準としては、厚生大臣認定の講習会を修了する等により専門的知識、技能を修得し、かつ、し尿浄化槽清掃業に従事することにより相当の経験を経ていなければならないと解される。そして、右『相当の経験』とは、自ら浄化槽清掃業を営み、あるいは清掃業者の従業員として、し尿浄化槽清掃について相当の実務経験を持つことをいうものと解され、この点を法人の申請において判断するときは、当該法人の代表者等の者であって、申請に際し規則6条4号に定める専門的知識技能者とされている者について判断すべきである。
    2. 原告が、代表取締役野上亨を規則6条4号に定める専門的知識技能者として本件申請をしたこと、野上亨が厚生大臣認定の講習会を行う唯一の団体である前記教育センターの講習会の課程を修了したことは、当事者間に争いがない。
    3. そこで、野上亨がし尿浄化槽清掃について、相当の経験を有するか否かにつき、検討すべきことになる。
      1. 原告代表者野上亨は、代表者尋問において、昭和30年4月から同40年3月まで、及び昭和51年3月から前記講習会受講時(昭和55年1月)までの間、月のうち半分は中津市に滞在し、同市所在の中津衛生企業組合、及びその前身の株式会社松山商会において、し尿浄化槽清掃の実際業務に従事した旨供述し、原本の存在及び成立に争いのない乙第7号証は、野上亨が同講習会受講申込の際提出した身上調書であるが、これには、右供述に副う同人の職歴、及び同商会等においては同人が現場主任、浄化槽清掃主任、運転士、衛生指導主任等の業務を担当していた旨の記載が有り、中津衛生企業組合の理事長松山正夫名儀で、野上亨が同組合に勤務している旨の証明がなされている。
      2. しかしながら、他方、同じく野上亨の代表尋問の結果によれば、浄化槽清掃の業務に従事していたとする前記期間において、当時48才を超えていた同人は、臼杵市で昭和22年から開業の金物小売業を営むと同時に、昭和27年開業の水道工事も兼業し、自らその設計、施工等全て1人で行い、昭和30年ころからはその請負量も増加をたどったし、その上さらに販売権を有していたコクサイ式浄化槽のセールス販売・施工のため、大分県内各地を東奔西走していたこと、いずれの営業も順調であったことが認められ、極めて多忙であったことが窺われるところ、このような時期にわざわざ臼杵市から110キロメートルも遠く離れた中津市で、前記営業と両立させつつ、しかも、月の内半分は同市に滞在し、一従業員として浄化槽清掃の実際業務に従事していたとは、到底考え難いところと言わざるを得ない。
        また、前掲乙第7号証、証人中森登の証言、及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第14号証の1ないし3によれば、教育センターは、野上亨が受講申込の際提出した身上調書に記載された同人の実務経験の確認のため大分県下の清掃業者の団体である大分県環境整備事業協同組合に照会をしたこと、同協同組合は右照会に基づいて調査したところ、事情聴取した中津衛生企業組合の職員2名、いずれも野上亨を全く知らないと答え、また、同組合松山正夫理事長は、野上亨が身上調書記載のとおり勤務したと述べたものの、野上が浄化槽清掃の実務に携わっていたか否かについては、具体的に言及したり、裏付となる客観的事実による証明はできないと述べていることが認められ、右各事実からも野上亨の前記(一)の供述及び乙第7号証の記載内容の真実性については、疑問を抱かざるを得ない。
        これらの点につき、同人は、人の3,4倍も働き、中津市と臼杵市を不定期的に往復し、中津滞在中は清掃業に従事した、給与もはっきり決めておらず、松山から小遣だといって随時支給を受けていた程度だった。中津衛生企業組合の従業員のうち幹部職員の顔は知っているが、人夫など下の者は知らない等と弁疏するに止まり、合理的説明はなされていない。結局、浄化槽清掃業の経験に関する野上亨の供述、及びこれに副う乙第7号証の記載は、いずれも信用できないものというべきである。
      3. 却って、原告代表者尋問の結果によれば、松山正夫は浄化槽の販売・施工も営んでおり、野上亨が松山に浄化槽を継続的に供給する取引関係にあったことが認められ、また、前掲乙第14号証の3、成立に争いのない乙第25号証の1ないし3、及び証人中森登の証言によれば、松山は、大分県環境整備事業協同組合や教育センターの照会に対して、野上に、法9条の許可とは関係のないAコース(保守点検のみのための受講コース)のためと言われて、前記乙第7号証の証明をした、あるいは、前記申請のためではなく、浄化槽の維持管理の勉強をしたいということで、依頼されて証明をした、と述べている事実が認められる。
        右事実に前記(二)に認定の各事実を総合すると、松山は、取引関係のあった野上亨から依頼され、事実には反するが、右の便宜のためにと安易にその懇請を容れてこれを証明したもので、実際に野上が、中津衛生企業組合等で『相当の経験』といえるほどの浄化槽清掃の実務に携わったことはなかったこと、仮に実務に携わったことがあっても、せいぜい浄化槽据付に立会った程度で、清掃にまで及ぶことはなかったものと推認され、これを覆えすに足りる証拠はない。
        その他同人が他の方法、手段により、同清掃の実務に携わったことを認めうる証拠は存しない。したがって、野上亨は、し尿浄化槽清掃について『相当の経験』はなく、原告の本件申請は法9条2項1号に適合しないものと言うべきであるから、本件不許可処分は適法であって、原告の主張はその余の点につき判断するまでもなく失当である。
    これが、原告の請求を棄却した判決理由です。
  • なるほど、許可申請をした会社の代表者で、申請の際に廃棄物処理法施行規則第6条第4号の専門的知識技能者とした野上亨は、し尿浄化槽の清掃について相当の実務経験がなく、廃棄物処理法第9条第2項第1号に適合していないから、臼杵市長が不許可処分にしたのは違法ではないということになったのですね。
  • そうです。
  • 原告は控訴しましたか。
  • いや、していません。ですから、臼杵市の事件は行政側の勝訴が確定したわけです。
4.臼杵訴訟の教訓
  • 臼杵市長が勝訴したのは、不許可処分にした理由として、先ず第一に、許可申請者がし尿浄化槽の清掃について『相当の実務経験』をもっていないことを挙げ、法定でそれを見事に立証したからだということがわかりますね。
  • ええ。
  • し尿浄化槽清掃業の新規の許可申請が出されたら、市町村の担当者は、申請者について、し尿浄化槽の機能点検を行うに適する温度計、透視度計、水素イオン濃度指数測定器具、汚でい沈でん試験器具並びにスカム及び汚でい厚測定器具をもっているかどうか、し尿浄化槽の清掃を厚生省令で定める基準に従って行うに適するパイプ及びスロット掃除器具並びにろ床洗浄器具をもっているかどうか、自吸式ポンプその他の汚でいの引出しに適する器具をもっているかどうかを調べる必要があります。それらの器具をそろえていなければ、それだけで不許可理由になりますからね。
  • その場合は、不許可になっても、定められた器具をそろえて、もう一度許可申請をしてくるでしょう。
  • そうですね。器具はそろえることが出来ますからね。所定の器具がそろっている場合は、市長村の担当者は、許可申請者が、し尿浄化槽の機能点検及び清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験をもっているかどうかを調べなければなりません。
  • それは是非とも調べる必要がありますね。臼杵市で不許可処分となった会社の社長のように、し尿浄化槽の清掃の仕事に従事したことがないのに、相当の実務経験があるように詐って、日本環境整備教育センターの講習を受け、修了証書を貰っている例は珍しくないですよ。
  • そのようですね。
  • 新しく許可を受けようとする者が、同じ市町村でし尿浄化槽清掃業を営んでいる者に頼んでも、実務経験がないのに、あるような証明はしてくれませんが、他地区の業者に頼めば、案外簡単に嘘の証明をしてくれるものです。
  • そんなこともありますから、新規の許可申請が出されたら、申請者が実務経験者であることを証明したし尿浄化槽清掃業者について、果してその証明が事実に基づくものであるかどうかを調べる必要がありますね。調べたら嘘か嘘でないかはわかるものですよ。
  • 調べた上で、許可申請者が、相当の実務経験がないのに、あるように詐って、教育センターの講習を受け、修了証書を貰ったものであれば、それを理由にして不許可処分にすることが出来ますね。
  • ええ。
  • もしも、訴訟になったら、臼杵市のように、申請者が受講申込みの際に提出した身上調書に虚偽の記載があり、相当の実務経験がないことを立証したらよいわけですね。
  • そうです。
  • その『相当の実務経験』についてですが、許可申請者が法人である場合には、その法人の代表者や役員の中に経験者が居なくても、従業員の中に相当の実務経験をもった者が居たらよいのではありませんか。
  • そのことについては、さきほど説明しましたように、大分地方裁判所は、判決理由の中で、「この点を法人の申請において判断するときは、当該法人の代表者等の者であって、申請に際し、規則6条4号に定める専門的知識技能者とされている者について判断すべきである」と明確に判示しています。やはり、法人の代表者か、もしくは、法人の役員で実際に業務を行う者の中に、相当の実務経験をもつ者が居なければならないと解釈するのが相当だということです。
  • 従業員の場合は、許可申請の際に名前を出していても、許可を受けた後で、その人物がほんとにその法人で働くかどうかわかりませんからね。
  • し尿浄化槽が正常な機能を維持し、その放流水が適正な水質を確保するためには、清掃作業を的確に実施する必要があり、これが適正を欠くときは、生活環境の保全上重大な結果を招くことになりますから、し尿浄化槽清掃業の許可については慎重でなければなりません。大分地方裁判所が、許可申請者が法人であるときは、その法人の代表者等の者について、廃棄物処理法施行規則第6条第4号に定める「し尿浄化槽の機能点検及び清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験」をもっているかどうかを判断すべきであると判示したのは、当然のことと云うべきでしょう。
  • それにしても、臼杵市では、許可申請をした会社の社長が、相当の経験があるように詐っていたことを、よく調べ上げて、証明しましたね。
  • それには、大分県環境整備事業協同組合や、財団法人日本環境整備教育センターの協力もあったようですし、市の担当者も努力したものと思いますが、やはり訴訟代理人の立花弁護士の適切な指導があったのでしょうね。
  • 結局、嘘の書類をこしらえてBコースの資格をとっていても、訴訟になって、裁判所で調べられたら、嘘はバレるということですね。
  • そりゃそうですよ。1日や2日のことでは「相当の経験」とは云えませんからね。ほんとに働いていたのであれば、給料の支払いも受けていた筈ですし、いろいろと働いていたことを立証する証拠がなければなりません。嘘であれば、そんな証拠はないわけですから、調べたら必ずバレますよ。し尿浄化槽清掃業の皆さんも、どんな人から頼まれても、嘘の証明をしてやってはいけません。その嘘の証明が他地区の市町村担当者に迷惑をかけ、またその地区の同業者を苦しめることになりますし、裁判沙汰にでもなったら、法廷に呼び出されて、赤恥をかかねばならぬことになりますからね。
  • ところで、この裁判で、臼杵市長は、許可申請者が、廃棄物処理法第9条第2項第2号で準用する同法第7条第2項第4号ハの「その業務に関し不正または不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由のある者」に該当すると判断したので不許可にしたという主張もしていますが、それについては、判決ではなにも触れていませんね。
  • ええ、なにも触れていません。それに触れる必要がなかったわけです。ご承知のように、廃棄物処理法第9条第2項には、「市町村長は、前項の許可の申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない」と規定していますから、許可申請者が、第1号に定める要件にも、第2号に定める要件にも、どちらにも適合していなければ許可してはならないことになっています。したがって、許可申請者が第1号の要件に適合していない場合には、第2号の要件については判断するまでもなく、不許可にしなければなりません。ですから、臼杵市の場合でも、判決理由の中で、「原告の本件申請は法9条2項1号に適合しないものと言うべきであるから、本件不許可処分は適法であって、原告の主張はその余の点につき判断するまでもなく失当である」と判示しているわけです。
  • 臼杵市の訴訟事件は、許可申請者が「相当の実務経験」をもっていない場合は、その証拠をそろえて、廃棄物処理法第9条第2項第1号に適合していないことを理由にして不許可処分にすればよいことを証明したことになりますね。
  • そういうことです。
  • この裁判で、原告は、廃棄物処理法第9条第1項の許可はいわゆるき束行為だから、市町村長は、申請が同条第2項各号の要件に適合する場合は許可を与えなければならないと主張していますが、臼杵市長は、き束行為という主張に対しては否定も肯定もせず判決理由の中でも、し尿浄化槽清掃業の許可がき束行為であるかどうかについては全く触れていませんね。
  • 私は、さきほど、この裁判での臼杵市長の主張は、簡明で、適切で、無用の論争に陥らないような配慮すらなされていると言いましたが、それは、臼杵市長の訴訟代理人である立花弁護士の措置に対して、そう感じたからです。立花弁護士が、もしも、し尿浄化槽清掃業の許可はき束行為だという主張に対して反論していたら、論争が長引いていたかもしれません。立花弁護士は、そんな法律論争をするよりは、原告の申請が許可の要件に適合しているかいないかということにマトをしぼった方がよいと判断したものと思いますが、その狙いは的中したわけです。
  • なるほど、不許可にした理由について、いろんなことをごちゃごちゃ並べたてる必要はないということですね。
  • そうですよ。要点だけを簡単明瞭に主張することが肝心でしょう。
  • ところで、許可申請者が「相当の実務経験」をもっていない場合は、臼杵市の例でわかりましたが、許可申請者が「相当の実務経験」をもっていても、市町村長が、既存の許可業者で十分であると判断したときは。新規の許可申請を不許可処分にすることが出来るでしょうか。
  • その問題については、稿を改め、行政側が敗訴した訴訟事件について、その原因を解剖しながら検討することにしましょう。

編集後記
毎年春さきになると、全国のあちこちで、一般廃棄物処理業やし尿浄化槽清掃業の新規許可の問題や、一般廃棄物の海洋投入処分の委託契約をめぐる紛争が発生します。
会員の相談を受けて、あちこちに出かけて行って解決に努めていますが、これを「もぐら叩き」と評した人がいます。いつまで「もぐら叩き」をしなければならぬかと考えさせられますが、元はと言えば厚生省の指導の曖昧さと、市町村担当者の不勉強によるものです。今年も数か所から相談を受けましたが、選挙がらみで、既存業者で間に合っているのに新規に一般廃棄物処理業の許可を出そうとしたところもあれば、処理施設の能力が不足しているため、既存のし尿浄化槽清掃業者に汚泥の投入量をきびしく制限していながら、だしぬけに新規の許可を出したところもあります。まさに許可権の濫用です。今後は行政側の甚だしい無法については、その全容を報道し、広く天下の批判を仰ぐつもりです。泣き寝入りすることはありません。ご連絡下さい。(佐藤)