清研時報

1984年6月号

裁判沙汰にまで発展したし尿浄化槽清掃業不許可処分取消請求事件(Ⅱ)
  1. 行政側の勝因・敗因の解剖(Ⅱ)
  2. 行政側が敗訴した豊田市の訴訟事件
  3. 1.どっちもどっち、独断的な双方の主張
  4. 2.し尿浄化槽の清掃は市町村の固有事務だと主張した被告
  5. 3.清掃にかかる汚泥の処理を無視した原告の反論
  6. 4.不許可処分を違法とした判決理由
  7. 5.行政側は、なぜ敗訴したか
行政側の勝因・敗因の解剖(Ⅱ)
  • 前回のお話では、岐阜市の事件は、昭和51年の廃棄物処理法第3次改正前の事件ということでしたね。
  • そうです。法第9条第2項が、『市町村長は、前項の許可を受けようとする者が厚生省令で定める技術上の基準に適合する設備、器材及び能力を有すると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。』と定められていた当時に発生した事件です。
  • 都城市の事件は、昭和53年8月の省令第4次改正前の事件というお話でしたね。
  • ええ、し尿浄化槽清掃業者が、し尿浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集、運搬又は処分を業として行うには、法第7条第1項による市町村長の許可を受けなくてもよいとされていた当時に起きた事件です。
  • 豊田市や田川市などの事件は、省令第4次改正の後に発生したものですね。
  • そうです。
  • それでは、岐阜市や都城市の事件よりも、豊田市や田川市などの事件の方が、これから問題が起こるかもしれない市町村にとっては、参考になりますね。
  • そうですね。浄化槽法が施行されても、浄化槽清掃業の許可に関する規定の主旨は廃棄物処理法のそれと変わりがありませんし、浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集、運搬又は処分を業として行うには、廃棄物処理法第7条第1項による市町村長の許可を必要とすることも、現在と同じですからね。
行政側が敗訴した豊田市の訴訟事件
  • 豊田市の事件は、どんな内容の事件ですか。
  • 訴訟記録によれば事件が発生した当時、豊田市では、5社にし尿浄化槽清掃業の許可を与え、そのうちの4社には一般廃棄物処理業の許可も与え、市内を5つの区域に分けて、1区域を直営地区とし、その直営地区のし尿浄化槽の清掃を専業1社に行わせ、その地区のし尿及びし尿浄化槽汚泥は市が自ら収集、運搬に当たり、残りの4区域を4社に個別に割当て、それぞれ受持地区のし尿の収集、運搬と、し尿浄化槽の清掃及び清掃にかかる汚泥の収集、運搬に当たらせていたようです。
  • 区域分けをしていたのですね。
  • 昭和47年に区域分けをして以来、ずっとその状態でやってきたというのですが、そこへ豊田浄化槽センター株式会社が、法第9条第1項に基づくし尿浄化槽清掃業の許可申請をしてきたので、豊田市長は、新たにし尿浄化槽清掃業の許可を与えると、既存業者との間で無用な競争、混乱を生じ、ひいては、市が行うし尿及びし尿浄化槽汚泥の計画的処理に影響を及ぼすおそれがあるという理由で、不許可処分にした。そこで、豊田浄化槽センター株式会社が納得できないで提訴したというわけです。
1.どっちもどっち、独断的な双方の主張
  • 原告は、どんな理由で、不許可処分が違法だと主張したのですか。
  • 原告の訴訟代理人は、「市町村長は、し尿浄化槽清掃業の許可申請がなされた場合、右申請が法9条2項の規定を受けた同法施行規則6条に定める基準に適合している限り必ず許可しなければならないものであって、裁量の余地は存しない。そして、原告は、前記申請に際し、前記基準に適合していることを証明する資料を提出している。ところが、豊田市長は、原告が同項に定める基準に適合するか否かについて全く調査することなく、本件不許可処分をなしたから、本件不許可処分は法9条2項に違反してなされた違法な処分である。」と、主張しています。
  • ずいぶんいいかげんな主張ですね。廃棄物処理法施行規則第6条に定める『し尿浄化槽清掃業の許可の技術上の基準』というのは、法第9条第2項第1号の規定に基づくもので、その基準に適合しておれば必ず許可しなければならないという規定ではないじゃありませんか。
  • そうですよ。仮に規則第6条に定める許可の技術上の基準に適合していたとしても、申請者が法第7条第2項第4号イからハまでのいずれかに該当すると認められるときは、許可をしてはならないというのが法第9条か第2項の規定ですからね。
  • 勿論、行政側は、その点を反論したのでしょうね。
  • ところが、豊田市長の訴訟代理人は、それについては反論しないで、「本件不許可処分をなすに際して、原告が法9条2項所定の基準に適合するか否かについて調査しなかったことは認めるが、本件不許可処分が違法であることは争う。」と、言っています。
  • ほんとですか。
  • ほんとです。ほんとうにそう言っているんですよ。
  • それじゃ、申請者が法第9条第2項の第1号と第2号の要件に適合しているか、いないかを、調査もせずに不許可処分にしたと言うのですか。
  • そうです。豊田市長の訴訟代理人は、原告の申請が許可の要件に適合しているかいないかについては調べないで不許可処分にしたが、しかし、法律に違反したことはしていないと主張したんです。
  • そんな主張が通用するんですか。
  • 通用しないから、敗訴したんですよ。
  • そうでしょうね。それにしても、豊田市長の訴訟代理人は、どうして、そんな主張をしたのでしょうか。
  • 廃棄物処理法などという法律になじみが薄かったかもしれませんし、肝心なし尿浄化槽の清掃業務がどんなものかについても、十分な理解がなかったのではないでしょうか。
2.し尿浄化槽の清掃は市町村の固有事務だと主張した被告
  • 行政側は、いったい、どんな主張をしたのですか。
  • 豊田市長の訴訟代理人は、次のように主張しています。

    法9条に定めるところのし尿浄化槽の清掃は、同法7条に定めるところの一般廃棄物であるし尿(以下『生し尿』という)やゴミの収集、運搬、処分と同様、本来的には、市町村固有の行政事務に属することは、地方自治法2条3項7号の規定上明らかである。すなわち、し尿浄化槽の清掃とは、単に浄化槽から汚泥を取り出すのみならず、浄化槽を適正に維持管理し、浄化槽から放流される水によって地域環境の悪化を防ぐことにあるから、し尿浄化槽の清掃も生し尿の汲み取りと同様、生活環境の保全と公衆衛生を守るための行政の一貫として遂行されるべきものであり、市町村の固有事務と言うべきである。
    したがって、し尿浄化槽の清掃は、生し尿やゴミの収集等と同様、すべて市町村自らが処理するのが理想ではあるが、人的物的な制約でこれをなすことが不可能であるため、特に許可を与えた業者にこれを代行させることにより、市町村が自ら処理したのと同様の効果をあげさせることとしたのである。それ故、し尿浄化槽清掃業の許可申請があった場合に、これを許可するかどうかは、市町村の行う廃棄物の処理計画や、既に許可を与えているし尿浄化槽清掃業者の数およびその能力ないし設備等諸般の事情を考慮し、市町村長がその自由裁量権を行使して決定できるのである。

    本件許可申請がなされた当時においても、前記許可業者において、市内の浄化槽を清掃するのに十分な施設と能力を備えており、新たな業者を加えさせる必要は全くなかった。したがって、かかる実情のもとで新規業者の申請を許可することは、既存業者の経営を圧迫する結果、業者間に無用の混乱を生じさせるおそれがあり、業者間の過度の競争は、生活環境の確保と公衆衛生の推進を阻害させる結果を伴うおそれが強い。本件不許可処分は、これらの諸般の事情を理由としてなされたものであり、被告に、裁量権の逸脱もしくは濫用のないことは明らかである。

    これが、行政側の主張でした。
  • 地方自治法に、し尿浄化槽の清掃が市町村の固有事務に属するものだと解釈されるような規定があるんですか。
  • そんなものはありません。豊田市長の訴訟代理人が言う地方自治法第2条第3項第7号には、『清掃、消毒、美化、公害の防止、風俗又は言葉を汚す行為の制限その他の環境の整備保全、保健衛生及び風俗のじゅん化に関する事項を処理すること』と、規定されていますが、この規定によって、し尿浄化槽の清掃が市町村の固有事務とされているというなら、台所の清掃も市町村の固有事務ということになりますよ。地方自治法第2条第9項の規定に基づく別表第2の2に、《市町村が処理しなければならない事務》が列挙されていますが、その(11)に、『廃棄物の処理及び清掃に関する法律及びこれに基づく政令の定めるところにより、一般廃棄物の処理及び大掃除の実施について計画を定め、一般廃棄物の収集、運搬及び処分をし、土地又は建物の占有者に対して一般廃棄物を運搬すべき場所及び方法を指示し、公衆便所及び公衆用ごみ容器を設け、これを維持管理し、並びに一般廃棄物処理業及びし尿浄化槽清掃業の許可に関する事務を行うこと。』と、定められています。
    そして、廃棄物処理法では、第8条第4項で、『し尿浄化槽の管理者は、厚生省令で定める技術上の基準に従い、し尿浄化槽の維持管理をしなければならない』と規定しています。その維持管理が同法施行規則第4条の2第3項で定める技術上の基準に適合していない場合は、法第8条第5項により、都道府県知事が、その設置者又は管理者に対して、『必要な改善を命じ、又は期間を定めて使用の停止を命ずることができる』とし、この命令に違反した者については、法第26条第1号に定めるところにより、6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処することになっています。これを見れば、し尿浄化槽の清掃は、管理者の責任であり、市町村の固有事務でないことが明らかです。
  • 廃棄物処理法の規定をよく調べなかったのでしょうが、そんな主張をしたのでは、原告の方で黙っている筈がありませんね。
3.清掃にかかる汚泥の処理を無視した原告の反論
  • 原告の訴訟代理人は、次のように反論しています。

    被告は、し尿浄化槽清掃業に対する許可は自由裁量行為である旨主張するが、右許可はき束行為と解すべきである。すなわち、法は7条において生し尿汲取業を一般廃棄物処理業とし、し尿浄化槽清掃業は、9条においてこれとは別個の性質を有するものと規定しているが、その理由は、し尿浄化槽清掃業は生し尿を汲み取るのではなく、単に浄化槽を清掃するにすぎないことにおいて、生し尿取扱業とその業務の内容を著しく異にしているためである。したがって、生し尿汲取業は市町村の固有事務に属し、かつ、原則として、市町村自身またはその委託を受けた業者により行われ、かつ、市町村の一般廃棄物処理事業の全体的な計画の中の一貫として右業者への委託がなされるため、市町村長の右委託には、相当巾広い裁量権が与えられているというべきであるが、一方、し尿浄化槽清掃業は先に述べた業務内容に照らし、市町村による一般廃棄物処理の全体的計画との調整などする必要はないから、もっぱら業者間の競争によって業界の健全な発達を促進するのが望ましいわけであり、市町村長が巾広い裁量権を保有しなければならない実質上の根拠はないと解される。
    したがって、し尿浄化槽清掃業の許可は、法9条2項、同規則6条に定める基準に適合する限り、市町村長は許可すべきであり、き束行為と解釈するのが相当である。
    被告は、原告に許可を与えると、業者間で無用の混乱、競争を生じさせ、生活環境の確保と公衆衛生の推進を阻害する結果をもたらすと主張するが、原告は法令に定められた設備および能力を有しているから、原告に許可を与えられたとしても、市民に提供されるサービスの低下がもたらされるおそれは全くなく、かえって業者間の競争が激しくなることによって業界を健全に発展させ、ひいては地域住民の需要に応じた良質、廉価なサービスを提供することになるものである。

    原告の訴訟代理人は、このように反論しています。
  • し尿浄化槽の清掃業務について、一般廃棄物処理計画との調整などする必要がないというのは、ずいぶんいいかげんな、法律を無視した主張ですね。
  • 原告の訴訟代理人は、し尿浄化槽の清掃は、し尿浄化槽の汚泥を引き抜かなければ行えないことや、し尿浄化槽から引き抜いた汚泥は、市町村がそれを処理する義務があり、一般廃棄物処理計画の中に入れて処理しなければならないものであるという肝心な点を見落したのか、それとも無視してしまったのでしょうね。
  • それにしても、許可業者がふえれば、業者間の競争が激しくなることによって、業界を健全に発展させ、質の良い、値段の安いサービスを提供することになるなどと、本気で考えているのでしょうか。
  • 無論、本気でしょう。
  • 業者間の競争が激しくなればなるほど、料金を安くしなければ得意を獲得することはできません。料金を安くすれば、安い料金に見合った程度に作業の手抜きをしなければ採算がとれないのは当然のことです。ところが、管理者の方では、安ければ安いに越したことはないという態度で、作業の手抜きをするかしないかに関心を払うような人は殆んど見当たらないのが実情です。
  • そうですね。全国の市町村は、清掃法の当時から、業者を競合させた結果、料金を値下げしての得意争奪が激化して、手抜き作業や不法投棄に悩まされた苦い体験をもっており、やむなく業者を企業合同させたり、区域分けをしたりして、現在に至っています。豊田市が、昭和47年に区域分けをしたというのも、おそらく業者の競合による弊害に苦しんだからだろうと思いますよ。
  • 行政側は、その点について主張していませんか。
  • 豊田市長の訴訟代理人は、「新規業者の申請を許可することは、既存業者の経営を圧迫する結果、業者間に無用の混乱を生じさせるおそれがあり、業者間の過度の競争は、生活環境の確保と公衆衛生の推進を阻害させる結果を伴うおそれが強い」と抗弁しているだけで、業者間の無用の競争が公の利益に著しい障害を生ずるものだということを、過去の体験に基づいて立証するようなことはしていませんね。
4.不許可処分を違法とした判決理由
  • 結局、裁判所は、どんな理由で豊田市長の不許可処分を違法としたのですか。
  • 名古屋地方裁判所は、判決理由について、次のように述べています。
    1. 原告が昭和54年11月15日付で法9条2項の規定に基づき、し尿浄化槽清掃業の許可申請をしたところ、被告は、昭和55年1月23日付をもって本件不許可処分をしたこと、被告は、本件不許可処分をなすにあたって、原告が法9条2項、同法施行規則6条に定める基準に適合するか否かについて調査しなかったこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがなく、証拠(略)によれば、被告が原告からの右申請に対して不許可処分をなした理由の要旨は、『豊田市においては既存のし尿浄化槽清掃業者が、同市内に設置されているし尿浄化槽の清掃を実施するに必要な施設および能力を有しているから、原告に新たにし尿浄化槽清掃業の許可を与えると、既存業者との間で無用な競争、混乱を生じ、ひいてはそのことが同市の行うし尿およびし尿浄化槽汚泥の計画的処理に影響を及ぼすおそれがある。』というにあることが認められる。
    2. そこで、法9条2項所定の許可の性質について検討するに、地方自治法2条9項、別表第2(11)によれば、生し尿、ゴミ等一般廃棄物の収集、運搬、処分は市町村がその責任において処理しなければならないいわゆる団体委任事務と規定され、市町村は、その区域内における一般廃棄物の処理について計画を定めなければならず、かつ、その計画に従って、一般廃棄物を収集、運搬、処分しなければならないものとされている。しかし、区域内の一般廃棄物について、市町村が、そのすべてを行うことは不可能なため、市町村は右業務を市町村以外の者に委任し、または、一般廃棄物処理業者に代行させることとし、その営業を許可制とし、所要の監督を加えることとしている。したがって、一般廃棄物処理業者に対する法7条の営業許可については、市町村の責務である廃棄物処理事務遂行の観点から、市町村長に相当広い裁量が認められると解される。
      これに対し、し尿浄化槽清掃業については、前記地方自治法2条9項、別表第2(11)に規定されておらず、また、その業務の主な内容は、本来汚物をそれ自身で処理し浄化する浄化槽の清掃・維持・管理にあり、清掃の内容は、法施行規則7条に規定するとおりであること(もっとも、清掃の結果引き抜かれた汚泥の処理につき、独立してその収集、運搬または処分を行おうとするときは、別途に法7条1項所定の許可を要する。)、これらに加えて、許可の基準も、監督の態様も、一般廃棄物処理業に比し著しく緩和されている。以上の諸点を勘按すると、法は、し尿浄化槽清掃業は、一般廃棄物処理業が有する市町村の事務の代行という性質は有しないものの、浄化槽の適正な維持、管理が区域内の衛生の保持について重大な影響を与えることがあることにかんがみて、右業務を許可制にしたものであり、被告主張の既存業者の保護ないし過度の競争の防止などという観点から右業務を許可制にしたものではないと解するのが相当である。
      したがって、同法9条2項によって市町村長に与えられた裁量は、き束裁量であって自由裁量でないと解される。してみると、市町村長は、し尿浄化槽清掃業の許可申請があった場合、申請者が法9条2項各号の規定に適合している限り、必ず許可を与えなければならないものと解すべきである。以上の説示に反する被告の主張はすべて採用できない。
    3. 本件においては、原告のしたし尿浄化槽清掃業の許可申請に際して、被告が、原告が法9条2項各号の規定に適合しているか否かについて調査することなく、本件不許可処分をしたことは前記のとおりであるから、本件不許可処分は裁量権の行使を逸脱した違法が存することは明らかである。
    これが、豊田市長の不許可処分を違法とした判決理由です。
  • それじゃ、原告の主張がそのまま通ったわけですね。
  • そうですね。しかし、この判決文を読んでみますと、その結論に至る過程で、肝心な廃棄物処理法の規定を見落しているようです。
  • それは、どんなことですか。
  • 判決理由2で、し尿浄化槽清掃業については、「許可の基準も、監督の態様も、一般廃棄物処理業に比し著しく緩和されている」と判示していますが、これは事実に反しています。法第9条と法第7条を比べてごらんなさい。し尿浄化槽の清掃が市町村の固有事務を代行するものでないために、法第9条には法第7条第2項の第1号と第2号に該当する規定こそありませんが、許可の基準にしろ、監督の態様にしろ、し尿浄化槽清掃業が一般廃棄物処理業に比べて著しく緩和されているところなどありませんよ。廃棄物処理法に定める罰則の規定を見ても、一般廃棄物処理業者に対する罰則の規定は、すべて、し尿浄化槽清掃業者に対してもそのまま適用されることになっているじゃありませんか。原判決の判示は、廃棄物処理法の規定を見落したものと言わざるを得ません。
  • そうですね。
  • 廃棄物処理法第3次改正による法律の施行に際して、厚生省環境衛生局水道環境部長から各都道府県知事、各政令市市長あてに、昭和52年3月26日付環計第36号で、『廃棄物の処理及び清掃に関する法律の一部改正について』と題する施行通知を出していますが、その中で、一般廃棄物処理業及びし尿浄化槽清掃業に関する事項について、
    1. 一般廃棄物処理業の許可の適正化を図るため欠格条項を設ける等許可基準を整備し、事業範囲の変更の許可、事業の廃止等の届出の規定を設けたほか、一般廃棄物の処理に関する記録の作成及び保存を義務づける等の制度の整備を行ったこと。
    2. し尿浄化槽清掃業に関しても、一般廃棄物処理業に準じ、許可基準を整備し、事業の廃止等の届出の規定を設けたほか、し尿浄化槽の清掃に関する記録の作成及び保存を義務づける等の制度の整備を行ったこと。
    3. (1)及び(2)の改正によって従来からの一般廃棄物処理業及びし尿浄化槽清掃業の許可の性格に変更をきたすものではないが、これらの改正の趣旨に従い、許可制度の厳正な運用を行うとともに、一般廃棄物処理業者及びし尿浄化槽清掃業者による適正な業務の遂行が確保されるよう指導すること。
    と指示しています。し尿浄化槽清掃業についての許可の基準や監督の態様が、一般廃棄物処理業のそれに比べて、いささかも緩和されていないことは明らかです。
  • それでも、裁判所は、し尿浄化槽清掃業は、一般廃棄物処理業のような市町村の事務の代行という性質はもっていないものの、浄化槽の適正な維持、管理が区域内の衛生の保持について重大な影響を与えることがあるため、し尿浄化槽清掃業を許可制にしたものだと認めてはいるようですね。
  • ところが、裁判所は、それを認めながら、「豊田市長が主張するように、既存業者の保護ないし過度の競争の防止などという観点からし尿浄化槽清掃業務を許可制にしたものではないと解するのが相当である」として、「したがって、法9条2項によって市町村長に与えられた裁量は、き束裁量であって自由裁量でないと解される。してみると、市町村長は、し尿浄化槽清掃業の許可申請があった場合、申請者が法9条2項各号の規定に適合している限り、必ず許可を与えなければならないものと解すべきである」と認定しています。
  • どうも、それだけの説明では、どうして、し尿浄化槽清掃業の許可がき束裁量であって自由裁量ではないという解釈になるのか、理解できませんね。
  • おそらく、たいていの人が理解できないでしょう。
  • 法第9条第2項の条文は、『市町村長は、前項の許可の申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない』と定められていて、『申請者が次の各号に適合している限り、必ず許可をしなければならない』という規定ではないじゃありませんか。
  • そうですよ。
  • 申請者が、『その業務に関し、不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』については許可をしてはならないという規定があるのに、どうして市町村長の裁量が認められないというのでしょうか。
  • し尿浄化槽清掃業の許可の条件の中に、その規定があるのを見落したのでしょうね。法第9条第2項第2号で準用する法第7条第2項第4号のイとロの規定は、市町村長に裁量の余地はありません。まぎれもないき束行為です。廃棄物処理法又は廃棄物処理法に基づく処分に違反して、懲役又は罰金の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から2年を経過しない者や、廃棄物処理法又は廃棄物処理法に基づく処分に違反する行為をして、許可を取り消され、その取消しの日から2年を経過しない者については、如何に改悛の情が顕著であっても、許可をすることはできません。
    もしも、市町村長が、2年の期間を経過しない者に許可を与えたとすれば、それは違法な行政行為となります。ところが、ハの規定は、申請者が、その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるか、認めないかを、市町村長の判断に委ねています。市町村長は、それぞれの市町村の実情に応じて判断する必要があり、この規定は、市町村長に裁量権を認めたものであると解釈するのが相当でしょう。
  • それにもかかわらず、裁判所が、法第9条第2項によって市町村長に与えられた裁量はき束裁量であって自由裁量ではないと言うのは、おかしいじゃありませんか。
  • たしかにおかしいと思いますよ。それに、き束裁量だから市町村長に裁量の余地は全くないものであるかのようにきめつけているのも納得できませんね。
  • 清研時報の昨年の10月号で、行政法の田中二郎先生の解説を引用して、き束行為も裁量行為も、法に対する関係においては両者の間に本質的な違いはなく、現実には、どちらも、ある程度に法のき束を受けるが、また、ある程度に裁量の余地があり、その間には単に程度の差があるにすぎないと説明しておられましたね。
  • それが学界の定説ですが、最高裁判所の判例にも、き束裁量に属するものであっても、行政庁にある程度の裁量権が認められていると解釈すべきだと判示したのがありますよ。
  • そうですか。
  • 昭和39年6月4日、最高裁判所第1小法廷は、運転免許取消処分取消請求事件の判決理由の中で、

    自動車運転手の交通取締法規違反の行為が、道路交通取締法9条5項、同法施行令59条、昭和28年総理府令75号8条1項所定の運転免許取消事由に該当するかどうかの判断は、公安委員会の純然たる自由裁量に委かされたものではなく、右規定の趣旨にそう一定の客観的標準に照らして決せらるべきいわゆる法規裁量に属するものというべきであるが、元来運転免許取消等の処分は道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることを目的とする行政行為であるから、これを行うについては、公安委員会は何が右規定の趣旨とするところに適合するかを各事案ごとにその具体的事実関係に照らして判断することを要し、この限度において公安委員会には裁量権が認められているものと解するのが相当である。

    と判示しています。
  • 法規裁量というのは、き束裁量のことですね。
  • そうです。
  • き束裁量に属するものであっても、それぞれの事案ごとに、法の目的と具体的な事実関係に照らして判断する必要があり、ある程度の裁量権が認められるものと解釈すべきだという判例まであるのに、裁判所は、どうして、こんな判決をしたのでしょうか。
  • 民事訴訟では、裁判所は、原告と被告の主張について判断することになっています。主張しないことは斟酌してくれません。行政事件訴訟も同じです。この事件で行政側が敗訴したのは、主張すべきことを主張しないで、主張すべきでないことを主張したからだといえましょう。
5.行政側は、なぜ敗訴したか
  • 行政側は主張を誤って負けたということですか。
  • そうだと思いますよ。
  • 行政側の敗因としては、どんな点を挙げることができますか。
  • 第一の敗因は、し尿浄化槽の清掃は市町村の固有事務であるという誤った認識に基づく主張をしたことです。第ニの敗因は、不許可処分をするに当たって、原告が法第9条第2項所定の基準に適合するか否かについて調査しなかったことを認めたことです。
  • そう言えば、行政側が勝訴した臼杵市の訴訟事件で、行政側が主張した内容とは全然違っていますね。
  • 清研時報の第4号で、私は、臼杵市長の主張は、簡明で、適切で、無用の論争を招かないような配慮すらなされていると評しましたが、ずいぶん違いがあるでしょう。臼杵市の場合も、原告は、申請者が法第9条第2項各号の規定に適合している限り、市町村長は必ず許可を与えなければならないものと解すべきだと主張していましたが、臼杵市長の訴訟代理人は、「いや、そんなことはない、市町村長に裁量権が認められている」などと議論するようなことはしないで、原告が、法第9条第2項に定める第1号及び第2号の規定に適合していないことを指摘して、それだから不許可処分にしたのだと主張していましたね。そこで、裁判所は、まず原告が法第9条第2項第1号の規定に適合しているかどうかについて審理し、適合していないと認めたので、臼杵市長がなした不許可処分は違法ではないと判決したわけです。
  • そうでした。ところで、豊田市の場合は、原告は、し尿浄化槽の清掃について『相当の実務経験』をもっていたのですか。
  • 訴訟記録では、原告が、申請に際して法施行規則第6条に定める基準に適合していることを証明する資料を提出していると主張しただけで、その主張が真実かどうかを審理してはいないようですから、その点はハッキリしていませんね。
  • そうですか、それでは、豊田市の場合は、その事業の用に供する施設及び申請者の能力が厚生省令で定める技術上の基準に適合しているものと仮定して、話を進めて下さい。本件不許可処分当時の豊田市のし尿浄化槽清掃事業が、訴訟代理人の陳述するとおりの実情であったとすれば、原告は法第9条第2項第2号の規定に適合していないから不許可処分にしたのだと主張することは出来なかったのでしょうか。
  • 行政側は、その点を主張すべきでしたね。原告に許可を与えたら、その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めたので、不許可処分にしたのだと主張して、過去の体験などから、そのように判断したことに不合理はなかったことを立証すべきだったと思いますよ。
  • 行政側がその主張をしていたら、裁判所は、その主張を採用してくれたでしょうか。
  • 廃棄物処理法の規定に基づく主張を採用しない筈はありません。市町村では、処理施設の処理能力と、汲取り便所のし尿の量及びし尿浄化槽の汚泥の量を勘案して処理計画を定めているわけですが、豊田市において、市が定めた計画を度外視して、し尿浄化槽から引き抜いた汚泥を不法に処理するおそれがあると判断したら、許可をしてはならないのは当然のことでしょう。また、豊田市の区域内に設置されているし尿浄化槽の清掃が、行政側が陳述するとおり、既存の許可業者5社によって円滑に実施されていて、新規の業者に許可を与えた場合、過去の体験から推理して、得意先ゼロの状態からスタートする新規業者が、既存業者の得意を奪うために料金を値下げし、その値下げした料金で採算を合わせるために、清掃作業の手抜きをするおそれがあると判断したら、許可をすべきではありません。それが、法第 9条第2項第2号において準用する法第7条第2項第4号ハの規定です。
  • そうですね、申請者が『その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』に該当するかどうかの判断は、市町村長に任されているのですから、市町村長が、法の目的と、それぞれの市町村の実情に照らしてなした判断は、尊重されるのが当然でしょうね。
  • それについて、参考になる判例があります。
    旅券法第13条第5号に、『外務大臣において、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』に対しては、旅券を発給しないことができるという規定がありますが、これによって旅券の発給を拒否された者の訴えに対し、昭和29年9月15日、東京高等裁判所第4民事部は、判決理由の中で、

    裁判所の判断の対象は、処分が適法であるか違法であるかにあるのであって、妥当であるか不当であるかにあるのではない。日本国の利益を害するおそれがあるかどうかの判断は、当不当の問題であって、それがため直ちに外務大臣の本件旅券発給拒否処分を違法とすべきではなく、外務大臣が恣意に基づいて旅券発給を拒否した場合は格別、自己の識見信念に基づいて行った場合は、その判断の前提であるべき事実の認識についてさしたる誤りがなく、又その結論にいたる推理の過程において著しい不合理のない限り、裁判所としてもその判断を尊重すべく、裁判所の判断の限界は、ここに一線を画すべきである。裁判所は、当不当の故をもって、外務大臣がその責任において行った権限行使に無用な干渉を加えるべきではない。

    と判示しておりますし、最高裁判所大法廷も、昭和33年9月10日、同事件の上告審の判決要旨第2で、「原判決の判断は当裁判所においてもこれを肯認することができる」と述べています。
  • なるほど。
  • また、温泉法第4条に、『都道府県知事は、温泉のゆう出量、温度若しくは成分に影響を及ぼし、その他公益を害するおそれがあると認めるとき』のほかは、温泉をゆう出させる目的で土地を掘さくすることの許可を与えなければならないという規定がありますが、知事の許可処分に不服のある者の訴えに対して、昭和33年7月1日、最高裁判所第3小法廷は、判決要旨第1で、

    温泉源を保護し、その利用の適正化を図る見地から、許可を拒む必要があるかどうかの判断は、主として、専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量により決定さるべきことがらであって、裁判所が行政庁の判断を違法視し得るのは、その判断が行政庁に任された裁量権の限界を超える場合に限るものと解すべきである。

    と判示しています。
  • そんな判例があるのでしたら、豊田市長は、法第9条第2項第2号に適合していないと判断したから許可しなかったのだと主張すれば、勝訴していたのじゃないですか。
  • ところが、豊田市長の訴訟代理人は、原告が法第9条第2項に定める基準に適合するか否かについて調査しなかったことは認める、と陳述してしまったのですからね。
  • それじゃ負けて当然ですね。
  • 実は、豊田市では、原告が法施行規則第6条で定める許可の技術上の基準に適合するか否かについての調査をしていなかっただけの筈ですから、その点は認めなければ仕方がありませんが、法第9条第2項第2号において準用する法第7条第 2項第4号ハに該当すると判断したので不許可処分にしたのだと主張して、その判断が、法の目的と豊田市の実情に照らして妥当であったことを立証すべきでした。そうしていたら、おそらく勝訴していたものと思いますよ。
  • あちこちの裁判で、行政側が主張すべきことを主張せずに敗訴するものだから、し尿浄化槽清掃業の許可の申請については、その事業の用に供する施設及び申請者の能力が厚生省令で定める技術上の基準に適合している限り、市町村長は必ず許可を与えなければならないものだと思いこんでいる者が少なくありませんね。
  • 昭和51年の廃棄物処理法第3次改正によって、し尿浄化槽清掃業の許可についてもその適正化を図るため、欠格条項を設け、許可基準が整備されたのですが、せっかくの法律改正の意義が理解されていないから、そんなことになるんですよ。
  • それにしても、法第9条第2項の条文をよく読めば、し尿浄化槽清掃業については、市町村長は、その事業の用に供する施設及び申請者の能力が厚生省令で定める技術上の基準に適合しているだけでなく、申請者が法第7条第2項第4号イからハまでのいずれにも該当しないことが認められる場合でなければ、許可をしてはならないという規定であることが、わかりそうなものではありませんか。
  • そうですね。廃棄物処理法に明文があるのですから、肝心な規定は、よく調べてもらわなければ困りますね。

編集後記
本号では、し尿浄化槽の清掃だけを業として行おうとする者の許可申請を不許可処分にした事件を解剖しましたが、次号では、し尿浄化槽の清掃とし尿浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集,運搬を併せて行おうとする者を不許可処分にした事件を解剖する予定です。(佐藤)