清研時報

1984年8月号

裁判沙汰にまで発展したし尿浄化槽清掃業不許可処分取消請求事件(Ⅲ)
  1. 行政側の勝因・敗因の解剖(Ⅲ)・行政側が敗訴した豊田市の訴訟事件
  2. 1.被告らが不許可処分にした理由
  3. 2.被告らの主張と、原告の反論
  4. 3.裁判所が示した判決理由
  5. 4.裁判の前提であるべき事実の認識について
  6. 5.判決に見られる審理不尽、理由齟齬
行政側の勝因・敗因の解剖(Ⅲ)・行政側が敗訴した豊田市の訴訟事件
  • 福岡県の田川市などの訴訟事件は、一般廃棄物処理業とし尿浄化槽清掃業の不許可処分の取り消しを求めたものでしたね。
  • そうです。事件名は『福岡地方裁判所・昭和56年(行ウ)第7ないし第9号・一般廃棄物処理業不許可処分取消請求事件』となっていますが、事件の内容は、小峠富生が、福岡県田川郡添田町外3ケ町村清掃組合組合長と、同県同郡川崎町長、それに同県田川市長を相手に、それぞれ一般廃棄物処理業及びし尿浄化槽清掃業の不許可処分の取り消しを求めて提訴したものです。
  • 原告は、法人ではなくて、個人ですね。
  • 許可申請書などには、『泰豊産業環境クリーンセンター代表者小峠富生』と記載し、『泰豊産業之印』と刻した角型の社判と、『泰豊産業代表者印』と刻した丸型の代表者印を押印していますが、法人登記をしていなかったのでしょうね、訴訟記録では小峠富生と個人名になっています。
  • 裁判の結果は、し尿浄化槽清掃業については行政側が敗訴し、一般廃棄物処理業については行政側が勝訴したのでしたね。
  • そうです。福岡県地方裁判所は、昭和57年12月21日に「1.し尿浄化槽清掃業については、不許可処分を取消す。 2.一般廃棄物処理業については、不許可処分取消しの請求を棄却する。」と、判決しました。
  • どちらも控訴したのですね。
  • ええ、原告は、一般廃棄物処理業について不許可処分取消請求が棄却されたことを不服とし、被告たちは、し尿浄化槽清掃業について不許可処分が取り消されたことを不服として、それぞれ控訴し、現在、福岡高等裁判所で審理が続けられています。
1.被告らが不許可処分にした理由
  • この事件が発生したのは、昭和56年のことですね。
  • そうです。原告は、昭和56年3月27日付で川崎町長に、同月30日付で田川市長に、同年4月10日付で添田町外3ケ町村清掃組合組合長に、それぞれ一般廃棄物処理業及びし尿浄化槽清掃業の各許可申請書を提出しており、これに対して、田川市長は同年3月31日付で、川崎町長は同年4月6日付で、添田町外3ケ町村清掃組合組合長は同月20日付で、いずれも不許可処分にする旨の通知をしています。
  • 被告たちは、どんな理由で不許可処分にしたのですか。
  • 田川市長は、許可しない理由について、「現在当市において処理計画上、新規業者を必要としないので、廃棄物の処理及び清掃に関する法律第7条2項2号及び第9条2項1号の規定により許可しないこととした。」と、述べています。
    川崎町長は、許可しない理由について、「現在当町の一般廃棄物(し尿、汚でい)の処理は困難でないため、廃棄物の処理及び清掃に関する法律第7条2項1号および第9条2項の規定により許可できない。」と、述べています。
    また、添田町外3ケ町村清掃組合組合長は、許可しない理由について、「現在し尿収集については、なんら支障を来たすことなく行なわれており、今後とも現業者で十分であると判断しました。」と、述べています。
  • 原告は、その不許可理由が納得できなかったわけですね。
  • そうです。
2.被告らの主張と、原告の反論
  • 行政側は、この裁判で、どんな主張をしたのですか。
  • 添田町外3ケ町村清掃組合組合長と川崎町長の訴訟代理人は同じ弁護士がつとめていますので、まず、その訴訟代理人による主張と、それに対する原告の反論を見ましょう。
    被告組合長と被告川崎町長の訴訟代理人は、原告の請求に対して、
    1. 生活環境の保全上、一般廃棄物を収集し、運搬し、及び処分することは市町村の義務であり、市町村はその区域内の一般廃棄物の処理について一定の計画を定めなければならないことは廃棄物処理法第6条の規定するところである。
    2. ところで、原告の本件許可申請は、し尿及び浄化槽の汚でいの処理収集及びし尿浄化槽清掃業の許可―法第7条第1項、法第9条第1項の各許可を一体として申請して来たものであるが、被告らは、前記において述べた法の規定に基づき策定した昭和56年度し尿及びし尿浄化槽汚でい処理計画に照らし、被告らの区域内人口から割り出した収集・運搬を要する廃棄物の量、既に許可を与えた業者の処理能力と実績から見て処理は充分であること、新規業者を加えることによる摩擦等諸般の事情を考慮し不許可としたものであって、何ら違法な点はない。
    と、主張しました。
    これに対して、原告は、被告組合長の各不許可処分について

    法は、なによりも住民サービスの向上を目的とするもので、地元業者の育成を目的とするものではない。
    法第7条第1項及び法第9条第1項の各許可についても、右目的に副うように解釈運用すべきものである。原告の能力や技術上の点に何ら欠格事由はない。

    と、反論し、被告川崎町長の各不許可処分については、

    一般廃棄物の収集、運搬及び処分が困難であるかどうかの点について、し尿浄化槽にたまった汚でいの収集、運搬は、し尿浄化槽の清掃と一体として行われるのが通例であるから、そのような場合には、汚でい量の多少を問わず、全体的にみて困難と認定しなければならない。
    更に、原告は、法施行規則第2条の2及び第6条が定めているところに何ら欠けるところはなく、欠格事由がない。

    と、反論しています。
    また、被告田川市長の訴訟代理人は、原告の請求に対して、

    原告の一般廃棄物処理業の許可申請に対して不許可処分をしたのは、被告が法第6条第1項に基づき策定した昭和56年度田川市一般廃棄物処理計画に照らし、原告に対する新規許可が、同市における一般廃棄物処理業務の円滑、完全な遂行にあたっての必要適切な処分であるとは認められないとの観点に立ったためである。原告のし尿浄化槽清掃業許可申請に対して不許可処分をした理由は、前記と同一の理由に加えて、右不許可処分の時点で、原告が法の要求する技術上の基準に適合した施設の1つである自吸式ポンプその他の汚でいの引出しに適する器具を備えていなかったことによる。

    と、主張しました。
    これに対して、原告は、

    田川市における一般廃棄物の処理についての計画に適合しないとの理由は、同市において右計画上新規業者を必要としないということのようであるが、この点については、被告組合長について述べたところと同様である。
    また、原告は、施行規則第6条に定めるその事業の用に供する施設及び能力が技術上の基準に適合しているとの要件に何ら欠けるところはなく、欠格事由がない。

    と、反論しています。
  • 原告は、バキューム車を持っていなかったのですか。
  • いや、許可申請をする直前に、バキューム車は購入していたようです。
  • し尿浄化槽清掃についての実務経験はもっていたのですか。
  • 原告は、川崎町役場に勤めていた人で、昭和52年に役場をやめてから56年まで山口県下関市の新生衛生工業で実務に従事していたという同社の証明をもらい、日本環境整備教育センターのBコースの講習会の課程を修了しているようですが、ほんとに実務に従事していたかどうかについて調べた形跡はありません。
  • それじゃ、原告が法第9条第2項第1号に適合しているかどうかについて、十分な調査はしなかったのですね。
  • 被告たちは、し尿浄化槽清掃業の許可申請についても、一般廃棄物処理業の許可申請を不許可処分にした理由と同じ理由で不許可にすればよいと考えていたようです。
  • この裁判で、被告たちは、その考えに基づいた主張をしているようですが、そんな主張が通用する筈はありませんね。
  • そのとおりです。通用しませんでした。
3.裁判所が示した判決理由
  • 裁判所は、どんな理由で、一般廃棄物処理業不許可処分を適法と認め、し尿浄化槽清掃業不許可処分を違法と判断したのでしょうか。
  • そうですね。今後、同じような事件の発生を未然に防止するためにも、徹底的に解剖する必要がありましょうから、少し長くなりますが、判決理由の要点を紹介しておきましょう。
    1. まず、法は、一般廃棄物処理業とし尿浄化槽清掃業につき、許可基準において次のように異った規定をおいている。
      即ち、一般廃棄物処理業は、法7条2項各号所定の要件を充足することが必要とされるのに対し、し尿浄化槽清掃業の許可基準としては、法9条2項1,2号の規定がある。法が右のように一般廃棄物処理業とし尿浄化槽清掃業を区別したのは、一般廃棄物(し尿浄化槽内のし尿も含む。)を収集し、運搬し、処分することは、じん芥処理、下水道処理事業などと同じく、生活環境の保全及び公衆衛生の向上をはかることを目的とする市町村固有の事務(地方自治法2条9項)によるものと解される。従って、市町村は、その区域内における一般廃棄物の処理について、市町村が定めた一定の計画(法6条1項)に従って、一般廃棄物を収集し、運搬し、処分しなければならないが、これを全て市町村自ら直接又は委託により行うことが実際上できない場合もあるので、かかる場合、一般廃棄物処理業者をして処理させることとし、市町村に課せられた一般廃棄物処理事務を代行するものとして規制されるべきものであるから、市町村長あるいは地方公共団体の組合の組合長は、その営業の許可については、市町村の作成した一般廃棄物処理計画に従い、法の目的に照らし、当該市町村の実情のもと、自律性、専門技術的政策的の判断の尊重される広範な裁量権をもつものと解される。他方、し尿浄化槽清掃業は、本来それ自体で処理する機能をもつ浄化槽の内部の清掃等の維持管理にあることから、法は、これを市町村の固有の事務とすることなく、ただ専門的知識、経験をもち必要な器材を有する者によって適正に維持管理がされないと市町村の生活環境の保全及び公衆衛生に多大の影響を及ぼす可能性が高いため、一定の許可基準に達したものに限ってその業務をなしうべきものとして、許可制をとったものと解される。
      以上のことは、昭和53年8月10日の施行規則改正により、し尿浄化槽清掃業の許可とは別に、一般廃棄物処理業の許可が必要とされるに至った経緯からもうかがわれる。以上に照らせば、法7条1項の一般廃棄物処理業の許可は自由裁量行為(処分)であるが、法9条1項のし尿浄化槽清掃業の許可はき束裁量行為(処分)であるというべきである。
    2. 被告らの一般廃棄物処理業不許可処分について、検討する。
      証拠(略)を総合すれば、添田町外3ケ町村清掃施設組合の昭和56年3月25日公示の同年度し尿収集計画において、福岡県田川郡添田町、大任町、赤村、香春町の3町1村の人口4万2861人のうち計画収集人口3万0137人の年間収集量1万3200キロリットルを、昭和48年以来、許可業者3名が、バキューム車7台(予備7台)、料金36リットル当たり金300円で十分処理することができるとされており、従前の同様の計画に従っても住民からの苦情がなかったので、同被告は、右実情から見て、原告の申請に対し、その必要がないと判断して、前記不許可処分をしたことが認められる。
      証拠(略)を総合すれば、福岡県田川郡川崎町の昭和56年度一般廃棄物(し尿及びし尿浄化槽汚でい)処理計画において、同町内の非水洗化人口2万3063人(昭和55年度2万3000人)、水洗化人口840人(同年度800人)、自家処理人口160人(同年度200人)の運搬量年間1万1866キロリットルを、同町直営又は委託による処理をせずに、許可業者2名のバキューム車5台(予備2台)が、1日4回運搬して、月1回各家庭から収集することで十分処理しうることになっており、同被告は、新たに原告を加える必要がないと判断して前記不許可処分をしたことが認められる。証拠(略)を総合すれば、福岡県田川市においては、人口6万0215人(2万0481世帯)であるが、漸減傾向にあるうえ、水洗化も進んでいるので、昭和56年度一般廃棄物処理計画上、し尿処理について、一部直営の処理を除き、年間のし尿量3万0100キロリットル、浄化槽汚でい2540キロリットルを9業者がバキューム車14台(昭和44、45年度13台、昭和46年度以来14台)で、月1回戸別収集をし、業者の原価計算と同市民全体のし尿総量を総合して、条例上料金を18リットル当たり金150円と定め、近隣市町村と比べて中位を維持しているところから、同被告は、新たに原告を加える必要がないと判断して、前記不許可処分をしたことが認められる。そして、被告らの右各不許可処分は、右認定の一般廃棄物(し尿、汚でい)処理計画に照らし、相当として肯定しうるところである。
      原告の反論するところは、右裁量権の逸脱濫用事由に当たると認めることはできず、原告は、他にこの点について何ら主張しない。従って、被告らの前記各不許可処分は、法7条の趣旨に従った適法な処分といわざるをえない。
    3. 被告らのし尿浄化槽清掃業不許可処分について検討する。
      し尿浄化槽清掃業の許可は、上述のとおりき束裁量行為と解されるから、原告が法9条2項の各要件を充足する限り、市町村長は必ず許可を与えなければならない。前記争いのない請求原因2の事実及び証拠(略)によれば、被告らの右各不許可処分は、このような判断をすることなく、一般廃棄物処理業の不許可と同様に裁量的に判断したことが認められる。もっとも、被告らは、原告のし尿浄化槽清掃業の許可申請が、一般廃棄物処理業の許可申請と一体をなしたものであるから、後者について不許可処分をした以上、前者についても同様の処分をしたと主張する。
      確かに、原告と被告らとの間では、証拠(略)によれば、原告は、一般廃棄物処理業とし尿浄化槽清掃業の各許可申請を1枚の申請書に手書きして、被告らにそれぞれ提出したことが認められるので、被告ら主張のように各申請を一体としてなしたかの如く見受けられるところではあるけれども、証拠(略)を総合すると、原告は、被告らに対し、それぞれ規定様式の申請用紙にあらためて所定事項を記入し、添付書類を併せて、各申請を別個にしたことが認められる。もとより原告本人尋問の結果によれば、原告自身右各申請を一体としてなしたものでないことが窺われるだけでなく、法の趣旨、目的、許可の基準からいえば、申請者たる原告が一体として申請する旨を明示し、一方の許可が得られなければ他方の許可も欲しないとの明確な意思を表明するなどがない以上、一般廃棄物処理業とし尿浄化槽清掃業を同時に併せて営業するのが通例であるとの現実を考慮しても、原告が同時に双方の申請したとか、1枚の申請書に双方の申請を記載したとかいうことだけで、これを一体として申請したものと取り扱うことはできない。被告田川市長は、原告が申請時に法9条2項、施行規則6条3号に定めるバキューム車を所有していなかったので、技術上の基準に適合するとの要件を充足していないと主張する。
      しかし、証拠(略)によれば、原告は、昭和56年3月20日、三菱自動車販売株式会社から車名及び型式『三菱 K―FE111B』、車台番号『FE111B―73638』、『同72846』、『同12474』の3台の自動車の譲渡を受けたことが窺われる。他に同被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。してみれば、被告らの原告に対するし尿浄化槽清掃業についての各不許可処分は、いずれも法9条に反して違法といわざるをえない。
    以上が、判決理由の要点です。
4.裁判の前提であるべき事実の認識について
  • 一般廃棄物処理業の不許可処分に対する判決理由はわかりますが、し尿浄化槽清掃業の不許可処分に対する判決理由には、納得できないところがありますね。し尿浄化槽清掃業に許可制をとったいきさつや、昭和53年の省令改正で法施行規則第2条第2号が削除されたいきさつが理解されていないようですし、それに、法第9条第2項の解釈も合理的ではないように思われますが……。
  • 市町村の担当者たちがそれらの点について明確な認識をもち、訴訟代理人に正確な説明をしていたら、訴訟代理人の主張もおのずと違っていた筈ですし、訴訟代理人が的確な主張をしていたら、裁判所も妥当な判断をしていただろうと思います。肝心な点についてハッキリした認識をもっている必要がありますから、ここで少し説明を加えておきましょう。それがわかれば、田川市などでは、この裁判で、どんな主張をすべきであったかということもおのずと理解できる筈です。
1.し尿浄化槽清掃業に許可制をとった経緯について
  • まず、し尿浄化槽清掃業に許可制をとったいきさつから説明しましょう。
    清掃法を全面的に改正した『廃棄物の処理及び清掃に関する法律』が施行された直後に、厚生省環境衛生局環境整備課の全員によって、廃棄物処理法の解釈についての統一見解がまとめられ、日本環境衛生センターから《廃棄物処理法の解説》(初版)が出版されていますが、その中(151頁)で、

    し尿浄化槽の清掃は、し尿浄化槽から生ずる汚でいの収集または運搬等の作業と専門的な知識、技能および相当の経験を必要とする附属機器の点検、槽内単位装置の掃除および種汚でいの調整作業等を一体的に実施するのが通例であるため、従前から、市町村において定常的に行なうことは困難な業務として取り扱われてきた。したがって、旧清掃法においては、法第15条の規定に基づく汚物取扱業者に、専門的知識、技能等を取得させ、これらの業務を行なわせていたものである。今回の法改正によって、し尿浄化槽の清掃業務を独立した業の対象として分離し、し尿浄化槽清掃業者による維持管理体制の整備と強化を図るため、本条の許可制度が新設されたところである。

    と、説明しています。
    この説明をした人たちは、そのほとんどが、清掃法から廃棄物処理法への改正作業に携わった人たちですから、廃棄物処理法にし尿浄化槽清掃業の許可制度が新設されたいきさつについての説明は、これほど確かなものはないわけです。これを見れば、廃棄物処理法が、し尿浄化槽清掃業者の行う業務内容をどのように規定していたかを知ることも出来るでしょう。
2.法施行規則2条2号が削除された経緯について
  • 昭和53年8月10日、厚生省令第51号により、廃棄物処理法施行規則第2条第2号が削除され、し尿浄化槽の清掃と清掃にかかる汚泥の収集、運搬又は処分を併せて行おうとする者は、法第9条の許可と併せて法第7条の許可を受けなければならないことになりましたが、その省令改正のいきさつは、次のとおりです。
    し尿浄化槽を清掃するには、槽内に生じた汚泥を引き抜かなければなりませんが、槽内から引き抜いた汚泥をその場に放置しておくわけにはまいりません。その汚泥は、直ちにこれを収集し、運搬し、処分しなければならないため、施行規則第2条第2号により、『法第9条第1項の規定により市町村長の許可を受けたし尿浄化槽の清掃を業とする者が、し尿浄化槽に係る汚泥の収集、運搬又は処分を業として行う場合』は、法第7条第1項の規定による市町村長の許可を要しないものと定められていました。
    このことは、昭和53年の省令第4次改正により、施行規則第2条第2号が削除されるまでは、法第9条に定めるし尿浄化槽清掃業の許可業者は、単に槽内単位装置の掃除や種汚泥の調整作業を行うだけでなく、市町村の固有の事務とされているし尿浄化槽から生ずる汚泥の収集及び運搬の作業をも代行するものであったことを証明するものです。したがって、市町村長は、し尿浄化槽清掃業の許可をするに当たっては、その申請が単に法第9条第2項に定める許可基準に適合しているだけでなく、法第7条第2項の規定に適合するものであるか否かについても併せて判断すべきであったことは、理の当然でありましょう。
    そうだとすれば、し尿浄化槽清掃業の許可は、申請者が法第9条第2項に適合している場合には、市町村長は必ず許可しなければならないものと解すべきではなく、市町村長に裁量の余地のある行為であると解するのが相当であったといわねばなりません。ちなみに、厚生省環境整備課では、前に述べた《廃棄物処理法の解説》(初版)74頁で、法第7条の許可について、

    本条の許可は、衛生警察的な許可ではなく、許可をするか否かは、市町村長の自由裁量に委ねられている。法第7条第2項の規定も、許可をしてはならない場合を決定したものであって、同条に該当しない場合には許可しなければならないという趣旨のものではない。許可にあたって具体的に判断さるべき点は、法第7条第2項に該当するか否かということのほか、市町村長がみずからまたは委託して行なう処理業務との調整、他の許可業者との調整といったことが中心となろうが、これらは具体的な事案ごとに判断さるべきものである。

    と、説明していました。それにもかかわらず、一般廃棄物処理業やし尿浄化槽清掃業の許可をめぐる紛争が散見されるようになったことから、昭和51年6月16日、法律第68号による廃棄物処理法第3次改正に当たって、一般廃棄物処理業並びにし尿浄化槽清掃業の許可の適正化を図るため、それぞれ欠格条項を設け、許可基準を整備し、市町村長は、『その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』については、許可をしてはならないという規定が設けられるに至りました。
    ところが、厚生省環境整備課の担当者の中に、依然として、『法第9条の許可はき束行為であり、市町村長は、し尿浄化槽清掃業の許可を受けようとする者が、厚生省令で定める技術上の基準に適合する設備、器材及び能力を有すると認めるときは、許可をしなければならない。』という従来の解釈を変えないものがいて、さきの岐阜県岐阜市に次いで、宮崎県都城市においても、し尿浄化槽清掃業不許可処分取消請求事件が発生したため、私は、清掃問題研究会会長として、昭和52年8月20日付で、厚生大臣宛に《廃棄物処理法第9条の解釈について、厚生省担当者の誤った指導の訂正を求める》と題した要望書を提出し、当時の環境整備課長と折衝を重ねた結果、翌53年8月10日、厚生省令第51号により、施行規則第2条第2号を削除することになりました。これは、し尿浄化槽の清掃を業として行おうとする者が、し尿浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集及び運搬を併せて行おうとするときは、法第9条第1項の許可のほかに、法第7条第1項の許可も必要とすることにしたものです。
    これについて、省令改正の作業を担当した環境整備課長は、各都道府県・各政令市廃棄物担当部(局)長宛、昭和53年8月21日付、環整第90号通知の2の(1)で、

    規則第2条第2号の改正により、し尿浄化槽の清掃と当該し尿浄化槽の清掃に係る汚でいの収集、運搬又は処分を併せて行おうとする者は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律第9条第1項の許可と併せて法第7条第1項の許可を要することとなったので、その適格性を審査するに当たっては、し尿浄化槽の清掃については法第9条第2項に規定する許可要件との適合性を、し尿浄化槽の汚でいの収集、運搬又は処分については法第7条第2項に規定する許可要件との適合性を併せて判断しなければならないものであるので、この旨管下市町村に周知徹底されたい。

    と、指示しています。
  • 『ベニスの商人』の話が出たのは、そのときのことですね。高利貸シャイロックが、賃金の返済を求めた裁判で、証文を盾にとり、1ポンドの肉を切り取ることを要求したのに対して、それは認められたものの、証文に書かれていない血は1滴たりとも流すことを認められなかったために、アントニオの胸から1ポンドの肉を切り取ることを断念しなければならなかったように、法第9条第1項の許可だけでは、し尿浄化槽の清掃に当たって槽内から引き抜かなければならない汚泥をその場から動かすことは出来ないことにして、し尿浄化槽の清掃と清掃にかかる汚泥の収集、運搬を業として行おうとする者は、一部の人たちにき束裁量と云われてきた法第9条第1項の許可のほかに、自由裁量という解釈に異論のない法第7条第1項の許可も受けなければならないことにして、し尿浄化槽清掃業の許可をめぐる紛争を防止しようということになったのでしたね。
  • そのとおりです。
3.法9条の許可をき束行為とする解釈について
  • この裁判でも、し尿浄化槽清掃業の許可はき束裁量行為だから、法第9条第2項の各要件を充足する限り、市町村長は、必ず許可を与えなければならないと云っていますね。
  • 厚生省の環境整備課にそんなことをいう人が居るものだから、提訴する側では、判で押したように同じ主張をします。その主張が不当であることは、前回の豊田市の提訴事件でも指摘しておきましたが、大切なことですから、重複するきらいがあるかと思いますが、肝心な点について説明しておきましょう。
    清掃法当時には、し尿浄化槽の清掃と清掃にかかる汚泥の収集、運搬又は処分を業として行おうとする者は、清掃法第15条の規定による汚物取扱業の許可を受けなければなりませんでしたが、その許可は市町村長の自由裁量行為であるとされ、異論を唱える者はいませんでした。ところが、清掃法を改正した廃棄物処理法が施行されてから、厚生省環境整備課に籍を置く人たちによってき束裁量に属する行政処分だと言われるようになりました。
    しかし、いうところのき束裁量行為については、前述した≪廃棄物処理法の解説≫(初版)150頁で、厚生省環境整備課の全員による統一見解として、「行政行為は、すべて法規に基づき法規にしたがってなされるのであるが、その法規によるき束の程度、態様は画一的ではない。一般に、自由裁量行為は、行政庁に一定範囲の自由裁量を認めてなされる行為であり、き束裁量行為は、行政庁に裁量の余地のない行為であるとされているが、両者は本質的に異なるものではなく、いずれも、ある程度に法規のき束を受け、反面、ある程度の裁量が認められるのであって、両者の差異は究極的には程度の差であるというのが通説である。」という学説を付記して、し尿浄化槽清掃業の許可は、行政庁にある程度の裁量が認められるものであると説明していました。しかも、昭和51年・法律第68号による第3次改正により、法第7条第2項が全面的に改められ、申請者が第4号イからハまでのいずれにも該当しないことを許可の要件に加える規定が設けられるとともに、法第9条の第2項も改められ、第2号に、申請者が法第7条第2項第4号イからハまでのいずれにも該当しないことを許可の要件に加える規定が設けられたのです。
    法第9条第2項第2号において準用する法第7条第2項第4号に定められた欠格条項のうち、イに規定する『この法律又はこの法律に基づく処分に違反し、罰金以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から2年を経過しない者』については、市町村長が2年未満の者に許可を与える余地は全くありませんし、ロに規定する『この法律又はこの法律に基づく処分に違反する行為をして、許可を取リ消され、その取消しの日から2年を経過しない者』についても、市町村長が2年未満の者に許可を与える可能性は全くありません。
    ところが、ハに規定する『その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』については、何が不正又は不誠実な行為に該当するかを法文の上で明確にせず、その決定を市町村長の判断に任せているため、市町村長は、申請者がその業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあるか否かを判断し、許可すべきかどうかを決めなければなりません。学説に従えば、イ及びロの規定はき束行為ですが、ハの規定は裁量行為です。私は、前回、旅券の発給を拒否された者の訴えに対して、最高裁判所大法廷が、昭和33年9月10日に示した判例や、温泉をゆう出させる目的で土地を掘さくすることの許可を与えた知事の処分に不服のある者の訴えに対して、最高裁判所第3小法廷が、昭和33年7月1日に示した判例を引用して説明しておきましたが、それらの判例を引き合いに出すまでもなく、法第9条第2項第2号において準用する法第7条第2項第4号ハに定める『その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』に該当するかどうかの判断は、主として、専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量により決定されるべきことがらであり、行政庁である市町村長が、法の目的とその市町村の実情に照らしてなした判断は尊重されなければなりません。
  • 被告たちが、それらの点を十分に認識して、的確な主張をしておれば、し尿浄化槽清掃業の不許可処分についても取り消されずに済んでいたでしょうね。
5.判決に見られる審理不尽、理由齟齬
  • この裁判では、「被告らは、原告のし尿浄化槽清掃業の許可申請が、一般廃棄物処理業の許可申請と一体をなしたものであるから、後者について不許可処分をした以上、前者についても同様の処分をしたと主張するが、法の趣旨、目的、許可の基準からいえば申請者たる原告が一体として申請する旨を明示し、一方の許可が得られなければ他方の許可も欲しないとの明確な意思を表明するなどがない以上、一般廃棄物処理業とし尿浄化槽清掃業を同時に併せて営業するのが通例であるとの現実を考慮しても、原告が同時に双方の申請したとか、1枚の申請書に双方の申請を記載したとかいうことだけで、これを一体として申請したものと取り扱うことはできない。」と言っていますね。
  • 被告たちの主張も的確ではありませんが、裁判所も、そんな形式的な判断をする前に、まず、原告が許可を求めた仕事の内容は何であったかを確認すべきだったと思いますよ。
  • 原告は、勿論、し尿浄化槽の清掃とその清掃にかかる汚泥の収集、運搬を併せて行うのが目的だったのでしょう。
  • 推測ではいけません。確認すべきです。そして、原告の申請の内容が、し尿浄化槽の清掃と当該し尿浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集、運搬を併せて行うことを求めたものであれば、1枚の申請書に双方の申請を記載したものであろうと、それぞれ別個の申請用紙を用いて申請したものであろうと、被告らとしては、その適格性を審査するに当たって、し尿浄化槽の清掃については法第9条第2項に規定する許可要件との適合性を、し尿浄化槽の汚泥の収集、運搬については法第7条第2項に規定する許可要件との適合性を併せて判断しなければならなかったことは、前に述べた昭和53年8月21日付環整第90号・厚生省環境整備課長通知2の(1)で指示されているところです。
  • 原告が法第9条第1項の許可だけを求めたものであったとしても、この裁判所の判断は、おかしいですね。
  • 裁判所は、「し尿浄化槽清掃業の許可はき束裁量行為と解されるから、原告が法9条2項の各要件を充足する限り、市町村長は必ず許可を与えなければならない」ものであり、被告らの原告に対する不許可処分は、「法9条に反して違法といわざるをえない」と判示していますが、これは納得できません。第一に、し尿浄化槽清掃業の許可申請については、前に述べたとおり、市町村長が、法の目的とその市町村の実情に応じて許可をするかしないかを判断すべきものであるのに、それをき束栽量行為だと認定したのは、法第9条第2項の規定の内容について審理を尽していないことを物語るものです。第二に、被告らが、被告らの処理区域内に設置されているし尿浄化槽の汚泥の処理について定めた一定の計画が、充分に円滑に実施されているため、新規業者を加えれば、その新規業者によって汚泥の不正処理が行われるあそれがあると判断し、そのほか、新規業者を加えることによって生ずる諸般の事情、たとえば、何処でもそうであるように、得意先ゼロの状態からスタートする新規業者が、既存業者の得意を奪うために料金を値下げし、その値下げした料金で採算を合わせるために清掃作業の手抜きをするおそれがあることを考慮し、不許可処分としたのは、法第9条第2項第2号において準用する法第7条第2項第4号ハの規定に基づくものであるのに、これを法第9条に反した違法であると認定したのは、失当といわねばなりません。
  • そうですね。
  • そのほかにも、この判決には納得できないところがありますよ。裁判所は、市町村が、法第6条第1項の規定に基づき、その処理区域内に設置されているし尿浄化槽の汚泥の処理について、汲取り便所のし尿の処理と併せて一定の計画を定め、その計画に従って、生活環境の保全上支障が生じないうちに収集し、これを運搬し、処分しなければならないことを認めた上で、原告に対する一般廃棄物処理業不許可処分については、被告らの生し尿及びし尿浄化槽汚泥の処理計画に照らし、相当として首肯しうるところであると認定しています。してみれば、裁判所は、被告らの処理区域内に設置されているし尿浄化槽の汚泥は、被告らが定めた処理計画に従って十分に処理されているので、新たにし尿浄化槽の汚泥を処理するための業者を必要としていないと認定しているわけです。ところが、裁判所は、し尿浄化槽清掃業不許可処分について、「し尿浄化槽清掃業の許可はき束裁量行為と解されるから、原告が法9条2項の各要件を充足する限り、市町村長は必ず許可を与えなければならない」と判示しています。これは、し尿浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集、運搬及び処分をどうするかについては判断していないか、判断しているとすれば、被告らが定めた一般廃棄物処理計画のうち、し尿浄化槽の汚泥の処理は十分に行われてはいないと認定したか、もしくは、し尿浄化槽の汚泥については、市町村が法第6条第1項の規定に基づいて定めた一般廃棄物処理計画にかかわりなく処理すべきものだと認定したことになります。そうだとすれば、判決理由は前後で矛盾しており、この判決には、理由齟齬の違法があるといわねばなりません。
  • いい加減な推測や独断的な判断で片付けられては、市町村の担当者も困りますし、既存の許可業者も迷惑しますね。
  • いちばん迷惑するのは市町村の住民ですよ。裁判所のいい加減な判断のおかげで許可業者が次々にあらわれるようになれば、得意の奪い合いは避けられませんし、当然の結果として、作業の手抜きが行われ、これを取り締ることは現実問題として不可能なため、生活環境は必然的に悪化します。これは多くの市町村が曽て経験したところです。
  • 法律の目的に背く結果を招くような判断が正しかろう筈はありませんね。
  • そうですよ。公共の福祉に適合しないような結果になろうとも、知ったことではないというのではいけません。控訴審では、前に述べたような点について、慎重な審理を期待しましょう。