1984年12月号
- 業務の縮小又は廃止を余儀なくされる場合の一般廃棄物処理業者に対する損失補償について(Ⅱ)
- 損失補償の法律上の根拠
- (1)一般廃棄物処理業者の営業上の利益について
-
- 厚生省では、水道環境部編集の≪廃棄物処理法の解説≫の中で、「一般廃棄物処理業の許可は、講学上の『特許』のように、申請者に特定の権利を付与するものではないため、下水道の供用開始等の事情により、許可を受けた者の従来の業務量が減少し、又は許可に付された期限の到来のため再申請した者に対して市町村長が不許可処分を行ったとしても、当該市町村は、当該業者に対して何ら補償の責を負うものではない」と、説明していますが、前回のお話では、これは前時代的な考え方だということでしたね。
- ええ、そうです。
- ≪廃棄物処理法の解説≫では、「法第7条により一般廃棄物処理業者が区域を定めて許可された場合、その区域について市町村長が他の業者を許可しない限り、その業者がその区域を独占的に営業しうることとなるが、この利益は、区域が指定されたことの反射的利益にすぎない」と、説明していますが、一般廃棄物処理業者が受ける利益は反射的利益にすぎないから、その利益が失われても補償する必要はないというのでしょうか。
- そんな考えのようですね。
- それが前時代的な考え方だと云われるのでしょうが、その根拠について、わかり易く説明してくれませんか。
- そうですね。それじゃ、行政法学の権威として知られた田中二郎博士のご意見をお借りして説明することにしましょう。
田中博士は、東大法学部長を経て最高裁判所判事をつとめられた人ですが、《新版・行政法・上巻・全訂第2版》の中で、『許可』と『特許』の関係について、
「許可は、命令的行為で、許可の結果、例えば、営業上の利益を伴うとか、場合によっては事実上に独占的利益を生ずるということはあるが、それは原則として、単に反射的利益に止まるのに反し、特許は、形成的行為で、相手方のために、権利・権利能力・包括的な法律的地位など、第三者に対抗しうべき法律上の力を与えるものである点に、特色をもつ。」
と、述べておられますが、その『反射的利益』については、同書の中で、
「法の反射的利益は、法がある命令・制限・禁止等の定めをしていることの反射として、事実上に利益を受ける場合をいう。例えば、医師法により医師の診療義務を定め、薬剤師法により薬剤師の調剤義務を定めている結果、患者が、診療を受け、調剤を求めることができるがごとし。また、公衆浴場法による公衆浴場の営業免許をなすにあたり、浴場相互間に一定の間隔をおくことを要求する結果として、営業免許を受けた者が、一定区域の浴客をほぼ独占することができることになるがごとし。従来、右にあげたような諸利益は、単に反射的利益にすぎないと解される傾向が強かったが、最近、これらの利益も法律上保護に値する利益として、その侵害に対して裁判上の保護を与えようとする傾向が見られる。公衆浴場の営業免許に関する最高裁判所の判例(昭和37・1・19)は、その一例である。」
と、説明しておられます。 - その最高裁判所の判例というのは、どんな内容のものですか。
- 田中博士が例示されたのは、最高裁判所第2小法廷が昭和37年1月19日に言い渡した公衆浴場営業許可無効確認請求事件の判決のことです。参考になる判例だと思いますから、少し長くなりますが、その概要を紹介しておきましょう。
この事件は、京都府知事が、京都市内で、新規の業者Aに対して公衆浴場の営業許可を与えたことから、その許可にかかるAの浴場と208メートル余の間隔しかない場所で以前から営業している業者Bと、Aの浴場とは250メートル以上の間隔はあるものの 、利用圏内の人口数が2,000人を下ることとなる既存の業者Cの両名が、Aに対する営業許可処分は無効であることの確認を求めて提訴したところ、第1審でも、第2審でも、B・Cの両名は、Aに対する営業許可処分の無効確認を求める利益を有しないものとして棄却されたため、Aに対する許可はB並びにCに付与された権利の侵害であるのに、B・Cの両名には訴える権利がないとした原審判決は失当であるとして、上告したものです。最高裁判所第2小法廷は、上告はその理由があるとして、原判決を破棄し、第1審判決を取り消し、京都地方裁判所に差し戻す決定をしましたが、その判決理由は、次のとおりです。公衆浴場法は、公衆浴場の経営につき許可制を採用し、第2条において、『設置の場所が配置の適正を欠く』と認められるときは許可を拒み得る旨を定めているが、その立法趣旨は、『公衆浴場は、多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる、多分に公共性を伴う厚生施設である。そして、若しその設立を業者の自由に委せて、何等その偏在及び濫立を防止する等その配置の適正を保つために必要な措置が講ぜられないときは、その偏在により、多数の国民が日常容易に公衆浴場を利用しようとする場合に不便を来たすおそれを保し難く、また、その濫立により、浴場経営に無用の競争を生じその経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響を来たすおそれなきを保し難い。このようなことは、上記公衆浴場の性質に鑑み、国民保健及び環境衛生の上から、出来る限り防止することが望ましいことであり、従って、公衆浴場の設置場所が配置の適正を欠き、その偏在乃至濫立を来たすに至るがごときことは、公共の福祉に反するものであって、この理由により公衆浴場の経営の許可を与えないことができる旨の規定を設け』たのであることは当裁判所大法廷判決の判示するところである(昭和28年(あ)第4782号、同30年1月26日判決、刑集9巻1号227頁)。
そして、同条はその第3項において右設置場所の配置の基準については都道府県条例の定めるところに委任し、京都府公衆浴場法施行条例は各公衆浴場との最短距離は250メートル間隔とする旨を規定している。
これら規定の趣旨から考えると、公衆浴場法が許可制を採用し前述のような規定を設けたのは、主として『国民保健及び環境衛生』という公共の福祉の見地から出たものであることはむろんであるが、他面、同時に、無用の競争により経営が不合理化することのないように濫立を防止することが公共の福祉のため必要であるとの見地から、被許可者を濫立による経営の不合理化から守ろうとする意図をも有するものであることは否定し得ないところであって、適正な許可制度の運用によって保護せらるべき業者の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず公衆浴場法によって保護せられる法的利益と解するを相当とする。
原判決並びに第1審判決がこの理を解せず、本件上告人の本訴請求をもって訴訟上の利益を欠くものとして、排訴したのは違法であることを免れず、この点において上告は理由あり、よってその余の上告理由についての判断を省略し、民訴408条、396条、386条、388条に従い、裁判官奥野健一の反対理由、裁判官池田克の意見ある外、裁判官全員一致の意見をもって、主文のとおり判決する。 - 裁判官は全部で何人だったのですか。
- 裁判長とも5人です。
- 5人のうち、1人が反対意見で、もう1人の裁判官が違う意見だったのですね。
- そうです。
- その違う意見というのは、どんな内容のものですか。
- 判決文には、次のように記載されています。
裁判官池田克の意見は次のとおりである。
わたくしは、多数意見と同様原判決を破棄すべきものと考えるが、その理由を異にするので、この点に関するわたくしの意見を表明することとする。
およそ、営業許可は、本来自由なるべき営業に対する禁止を解除しその自由を回復せしめるにとどまり、新たに独占的な財産権を付与するものではない。公衆浴場の営業許可についても、その本質が右のごとき普通一般の営業許可の本質と異なる所以を見出し得ない。
もっとも、公衆浴場法は特に配置の適正ということを許可の要件として規定しているので、濫立の防止によって既設業者が経済的利益をうけることは事実であるが、右の規定は、専ら、公衆浴場が国民多数の日常生活に必要欠くべからざる厚生施設であることにかんがみ、公衆衛生の維持・向上を図ろうとする公益的見地に出たものであって、直接業者の経済的利益を保護する趣旨に出たものでないことは、本来業者の自由競争に委かさるべき公衆浴場営業を許可制にした同法の立法目的に徴しても、また前叙のごとき営業許可の本質からみても、疑を容れないところである。従って、右の規定を有する公衆浴場法の下においても、既設業者のうける利益を、多数説のように一種の法的利益と解することはできず、 単なる反射的利益に過ぎないというべきである。
しかし、かように既設業者のうける利益が事実上の利益に過ぎないからといって新規業者に対して違法に与えられた営業許可により既設業者が甚大な損害を蒙ることがあっても、これが是正のための法的救済を拒否し、違法な行政処分をそのまま放置しておくことは、新憲法が行政庁の違法な処分に対し広く出訴の途を開いた趣旨を全うする所以でないことを看過してはならない。むしろ、『違法処分ニ由リ権利ヲ侵害セラレタ』者に限り出訴することを許した旧憲法のような規定のない現行行政訴訟制度の下においては、違法な行政処分に対して出訴し得る者は、必ずしも法的権利ないし利益を有する者に限られることなく、事実上の利益を有するに過ぎない者であっても、その利益が一般抽象的なものではなくして具体的な個人的利益であり、しかも当該違法処分により直接且つ重大な損害を蒙った場合には、その者に対し同処分の取消または無効確認を訴求する原告適格を認めるのを相当とする。
本件についてこれをみるのに、上告人らはいずれも公衆浴場を経営している者であって、京都府知事が室谷喜作に対して与えた公衆浴場の営業許可が公衆浴場法2条3項に基づく京都府公衆浴場法施行条例並びに同条例の実施に関する公衆浴場新設に関する内規に違反するとしてその無効確認を訴求するのであるが、右処分によって侵害されたという上告人らの利益は、事実上のものに過ぎないとはいえ、具体的な個人的利益であり、またその利益の侵害が直接的で、しかもこれにより上告人らが重大な損害を蒙ることは見易いところであるから、上告人らは本件訴訟の原告適格を有するものといわなければならない。わたくしは、以上の理由により本件上告はその理由があると思料するのである。 - ただひとり反対したという裁判官の意見は、どんな意見でしたか。
- 奥野健一裁判官は、反対意見を次のように述べています。
元来公衆浴場営業は何人も自由になし得るものであるが、公衆浴場法は公衆衛生の維持、向上の目的から公衆浴場営業を一般的に禁止し、公衆衛生上支障がないと認められる場合に特定人に対してその禁止を解除し、営業の自由を回復せしめることとしている。しかして、このような制限は専ら公衆衛生上の見地からなされるものであって、既設公衆浴場営業者の保護を目的とするものではない。尤も公衆浴場営業が許可を要するとされることから、競業者の出現が事実上ある程度の抑制を受け、その結果既設業者が営業上の利益を受けることがあっても、それはいわゆる反射的利益に過ぎないのであって、決して許可を受けた既設業者に一種の独占的利益を与えようとするものではない。そして、公衆浴場法2条2項は『都道府県知事は、その設置の場所が配置の適正を欠くと認めるときは前項の許可を与えないことができる。』と定めているが、これも専ら公衆衛生の維持、向上を目的とする規定であって、既設業者の営業上の利益の保護を目的とするものではない。
従って、右2条2項の規定は、新規の営業許可にかかる浴場の設置場所が適性を欠くことを理由として、既設業者からその許可の無効を主張することを許す趣旨のものとは到底解することができない。それ故、これと同趣旨の理由により本訴請求は訴の利益がないものとしてこれを棄却した第1審判決及びこれを支持した原判決は正当であって、本件上告は理由がない。 - 要するに、5人の裁判官のうち3人は、公衆浴場法に基づいて許可を受けた業者の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というよりも、適正な許可制度の運用によって保護されるべき法的利益と解釈するのが相当であるから、既設業者には新規業者に対する許可の無効確認を求めて提訴する権利がある、という判断を示したわけですね。
- そうです。
- 1人の裁判官は、結論は同じですが、その理由を異にして、公衆浴場法の下で既設業者が受ける利益は、法的利益と解釈することはできず、単なる反射的利益に過ぎないが、しかし、新規業者に対して違法に与えられた営業許可によって既設業者が蒙る損害について、これを是正するための法的救済を拒み、違法な行政処分をそのまま放置するのは新憲法の趣旨に反するもので、事実上の反射的利益にすぎなくても、違法処分によって直接に損害を蒙った場合には、その処分の取消し又は無効確認を求めることができる、と判断したのですね。
- そうです。
- そして、残る1人の裁判官だけが、公衆浴場法の定めるところによって既設業者が営業上の利益を受けることがあっても、それは反射的利益にすぎないから、新規の営業許可にかかる浴場の設置場所が適正を欠くことを理由として、既設業者が新規業者に対する許可の無効を主張することは許されない、という意見だったようですが、その意見は通らなかったわけですね。
- ええ、通りませんでした。
- 結局、どうなりましたか。
- 京都地方裁判所で改めて審理が行われましたが、判決を待たずに和解が成立し、新規業者が営業を取り止めて、事件は解決しました。
- 既設業者の営業上の利益は守られたのですね。
- そうです。ところで、公衆浴場は多くの人の日常生活に必要なもので、多分に公共性を伴う厚生施設ではありますが、地方自治体が公衆浴場を経営しなければならない義務を負わされているわけではなく、地方自治体が自ら公衆浴場を経営することが困難だから私人に代行させるために許可を与えるというものではありませんね。
- はい。
- ご承知のように、廃棄物処理法は、市町村に、その処理区域内の一般廃棄物の処理について一定の計画を定め、その計画に従って、生活環境の保全上支障が生じないうちに一般廃棄物を収集し、運搬し、処分しなければならないことを義務づけており、市町村が自ら一般廃棄物の処理を行うに必要な車輌や、船舶や、処理場などの施設を設備し、業務に従事する人員をそろえ、直営事業として実施することを原則としています。そして、一般廃棄物の収集、運搬、処分のすべての業務を直営事業として実施することが困難な市町村では、市町村以外の者に委託して業務を行わせることが出来るように定めています。ところが、市町村の中には、自ら直営事業として実施する事が困難であるばかりか、委託の体制を整えることも困難なところもあるということから、市町村の義務を私人に代行させるべく、一般廃棄物処理業の規定が設けられているわけです。
- 法第7条第2項第1号に、市町村長は、「当該市町村による一般廃棄物の収集、運搬及び処分が困難である」と認めるときでなければ、一般廃棄物処理業の許可をしてはならない、と定めていますね 。
- そうです。そして、その第2号には、「許可申請の内容が法第6条第1項の規定により市町村が定めた一定の処理計画に適合するもの」でなければ、市町村長は許可をしてはならない、という規定もあるでしょう。市町村が行うべき業務を代行させるために生れた一般廃棄物処理業ですから、市町村が定めた一定の計画に従って業務を行うことを義務づけているのは当然のことですね。
- はい。
- 市町村が直営事業で実施しているところでは、し尿の収集作業を行うに当っては、収集車ごとに受持区域を決めるでしょう。決して競合させるようなことはしませんね。
- そりゃ、そうですよ。
- 市町村長が業者を許可する場合、処理区域の全域について1業者だけを許可すれば、その業者は、自社の収集車にそれぞれ区域を受持たせて作業をさせますね。
- 当然そうします。
- 市町村長が複数の業者に許可を与える場合に、区域を定めずに許可したとしたら、どうなりますか。
- 業者の間で得意の奪い合いをすることになります。
- 業者が奪い合いをしてでも汲み取りに来てくれるところはいいですが、坂の上などの不便なところに建てられた家や、ホースを何本もつながなければならないような路地裏の家などには、誰も汲み取りに行かないでしょう。
- どうしても、そうなりますね。
- そうでしょう。ですから、市町村長は、そんな結果を招くような許可をしてはならないわけです。
- そうですね。
- 既に許可を受けた業者が、その受持区域内の一般廃棄物の処理について市町村が定めた一定の計画に従って業務を実施しておれば、その区域においては一般廃棄物の収集、運搬及び処分が困難な状態ではないわけですから、市町村長は、その区域について新規業者に許可を与えるべきではなく、それでも許可を与えるとすれば、法の趣旨に反することになりますね。
- 廃棄物処理法の規定では、そうなるでしょう。
- そうだとすれば、最高裁判所が示した「公衆浴場法に基づいて許可を受けた業者の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず、適正な許可制度の運用によって保護せらるべき法的利益と解するのが相当である」という判例に従えば、廃棄物処理法に基づいいて許可を受けた一般廃棄物処理業者の営業上の利益も、当然に、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず、適正な許可制度の運用によって保護せらるべき法的利益と解するのが相当である、ということになるのではありませんか。
- (2)許可に付される期限その他の条件について
-
- 厚生省では、「許可の効力は、許可に付された期限その他の附款によって制限されるものであるから、許可に付された期限の到来のため再申請した者に対して市町村長が不許可処分を行ったとしても、当該市町村は、当該業者に対して何ら補償の責を負うものではない」という解釈をしていますが、この解釈は、どういうことになりますか。
- 一般廃棄物処理業の許可に、廃棄物処理法の目的に照らして必要な条件が付されるのは当然のことですが、許可に付されている期限は、特別の場合を除き、一般的には、いわば一種の例文的な附款にすぎないものとみるべきでしょう。
- 例文的な附款と云いますと……。
- ほとんどの市町村が、許可期限を4月1日から翌年3月31日までの1年間としているでしょう。
- だいたいそうです。
- 許可を受ける業者は、法第7条第2項第3号の規定により、厚生省令で定める車輌、船舶その他の施設と、その業務に従事する作業員を自己の責任でそろえなければなりません。一般廃棄物処理業者が用いる車輌は1台数百万円しますし、船舶は1隻数億円しますが、これは他に転用することが極めて困難なものです。1年間の許可期限の到来に伴って許可の更新を受ける際、簡単に従来の業務量を減少させられたり、不許可処分に付されるようであれば、安心して多額の資金を投じて車輌、船舶その他の施設を整備したり、作業員を雇用したりできるものではありません。業者の側では、廃棄物処理法の定めるところに従って誠実に業務を行っておれば、許可の更新は当然受けられるものと考え、市町村の側では、年度替わりに許可の更新をすることを年中行事としているのが実情です。このことは、委託契約についても、同じことが云えます。
田中二郎博士は、前にも引用した《新版・行政法・上巻・全訂第2版》の中で、
「道路、河川の占用の許可、各種の営業の免許、公企業の特許等にあたり、『公益上必要があると認めるときは、何時でも取り消すことができる』旨を附款として定め、さらに、この場合には、許可・免許等を受けた者の負担において原状に回復すべき旨の義務を課する旨の附款を付する例が少なくない。従来、相手方はこれを無条件に受諾し、行政庁もまた、これを根拠に取消(撤回)をし、かつ原状回復を命じた例が少なくないが、私は、これは、一種の例文的な附款にすぎず、特別の事情のある場合は別として、一般的には、これを根拠として無制限に取消を主張し、又は、原状回復を求めることはできないと考える。すなわち、取消は、これを行使するだけの十分の客観的な理由がある場合に限定されるべきであり、また、無償で原状回復を求めうるものでなく、公益のために必要な場合においても、相手方に加える損失に対しては、その損失が相手方の責に帰すべき事由に基づくものである場合を除いて、原則として、正当な補償を与える必要があると解すべきものと思う。」
と、説明しておられます。 - なるほど、許可や委託契約に付される1年間の期限は、年度が改まる毎に更新される慣習のようなもので、一種の例文的な附款にすぎないというわけですね。
- ですから、許可もしくは委託契約の期限の満了時において、それを更新しないということは、実質的には許可もしくは委託という行政行為の撤回を意味することになります。田中二郎博士は、この行政行為の撤回について、同書の中で、
「人民に権利又は利益を付与する行政行為の撤回は、原則として、これを許さない。この場合の撤回は、人民の権利または利益の侵害を意味するからである。行政行為の附款として、取消権の留保をしている場合においても、単にそれが『例文』に止まる限り、それを理由として無条件の撤回は許されないと解すべきであろう。学説上には、人民に権利または利益を付与する行政行為についても、公益上の必要があるときは、その目的上必要な限度において、これを撤回しうるものとするのが通例であるが、その撤回の必要が相手方の責に帰すべき事由によって生じた場合及び撤回について相手方の同意のある場合(取消権の留保はこの場合に該当することが少なくない)を除いて、その撤回は許されないと解すべきであろう。若し、それにもかかわらず公益上その撤回を必要とするときは、公益収用の場合に準じ、撤回によって生ずる不利益に対する相当の補償をすることを条件とするものと解すべきである。」
と、説いておられます。 - なるほど。それでは、次に、市町村の中には、業務を廃止しなければならなくなったときには補償を要求しないという誓約をさせているところもありますが、これは、どうでしょうか。
- 田中二郎博士は、同じ著書の中で、行政行為に付すことのできる附款の限界について
「行政行為は、原則として法の具体化であり、法の執行であるから、行政庁が自由かつ無制限に附款を付しうべきものではない。次の2つの見地からの制限のあることを注意する必要がある。第一に、附款を付しうるのは、そのことを法令自体が認めているか、又は、一定の行為をするかどうか、どういう場合にどういう行為をするかについて法令が行政庁の自由裁量を認めている場合に限る。第二に、附款を付しうるのは、その行政行為の目的に照らし必要な限度に止まらなくてはならぬ。必要な限度を超えて付された附款は違法の附款と認めるほかはない。」
と、述べておられます。業務廃止のときは補償を要求しない旨の誓約をさせられた業者は、その条件に応じなければ許可もしくは委託を受けることが出来ない立場にあって、やむを得ず承知させられたもので、法の目的に照らして必要な限度を超えた違法の附款であることは明白です。従って、業者の責に帰すべき事由に基づく場合を除き、市町村の一般廃棄物処理計画の変更によって業務廃止のやむなきに至らせる場合は、業者が蒙る損失に対して正当な補償を与える必要がある、と解釈するのが妥当でしょう。
- (3)損失補償に関する規定の明文化について
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- 公用収用の場合は、相手方が蒙る損失を補償しなくてもよいという考え方は、明治憲法当時のものですね。
- そうです。新憲法の下では、もはや通用しません。田中二郎博士も、前に述べた著書の中で、
「従来、公法上の損失補償に関しては、一般的な規定とみるべきものはなく、ただ個々の法令により、種々の名目のもとに、一定の損失補償をすべき旨を定めたものがあったにすぎない。そして、かような規定の存しない場合には、補償を与える必要がないと解されるのが普通であった。ところが、現行憲法においては、財産権の不可侵を定めるとともに、『私有財産は正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる』こと(29条)、いいかえれば、公共のために私有財産を用いるためには、正当な補償を与えなければならないことを明らかにした。この規定は、実定法的意義を有すると解すべきであるから、現行憲法のもとでは、正当な補償を与えないで、私有財産を公共の目的のために用いることは、憲法違反となるを免れない。」
と、述べておられます。 - 一般廃棄物処理業者の営業の権利も、憲法第29条に定める財産権の中に含まれるでしょうか。
- 憲法学者として有名な東大名誉教授の鵜飼信成博士は、《要説・憲法》の中で、
「憲法にいう財産権という概念は、所有権という概念より、広い意味をもっている。すなわち、それは民法の規定している所有権の外に、債権はもちろん、営業権、特許権、漁業権、あるいは水利権のような公法的な権利をも含んでいる。」
と、説明しておられます。廃棄物処理法の規定に基づいて、市町村長の許可を受け、もしくは市町村の委託を受けた者は、それぞれの市町村において、市町村が定めた一定の計画に従い、一般廃棄物の収集、運搬又は処分を業として営む権利を与えられたものですから、その営業の権利は、憲法第29条に定める財産権の中に含まれるのは当然のことと云えましょう。 - なるほど、廃棄物処理法第7条第1項の規定による許可業者や、同法第6条第3項の規定による受託者が、定められた区域において一般廃棄物の処理を業として営むことの出来る権利は、憲法第29条に定める財産権に含まれるものと考えてよいわけですね。
- そうですよ。
- 田中先生のご意見では、私有財産を公共のために用いる場合には、補償に関する明文の規定がない場合でも、当然、補償の義務を生ずるものと解釈すべきだ、ということでしたが、学界に異論はありませんか。
- 鵜飼教授も、《要説・憲法》の中で、
「日本国憲法は、私有財産を無償でとりあげることを認めない。もし公共のために用いる必要があるときは、必ずこれに正当な補償を支払うことを要求している。」
と、述べておられます。憲法に規定されていることですから、異論のあろう筈がありません。 - しかし、紛争をおこさないためには、憲法第29条第3項の主旨を、廃棄物処理法の条文の上に明文化しておくべきだと思いますが……。
- 同感ですね。前回もお話しましたが、合理化特別措置法は、『下水道の整備』か、又は、『し尿及びし尿浄化槽に係る汚泥の海洋投入処分に対する法令の規定による規制の強化』のために、業務の縮小又は廃止を余儀なくされる業者だけを対象とするものですが、業者たちは、そのほかにも、いろいろの事由によって業務の縮小又は廃止を余儀なくされる場合があります。従って、下水道の整備や、海洋汚染防止法に基づくし尿及びし尿浄化槽汚泥の海洋投入処分に対する規制の強化のために不利益を蒙る業者だけでなく、市町村の一般廃棄物処理計画の変更に伴って業務の縮小又は廃止を余儀なくされるすべての業者を対象として、その蒙る不利益について相当の補償をすべきであることを明定しておく必要がありましょう。
- どんなにしたらよいでしょうか。
- 一般廃棄物処理業について定めた廃棄物処理法第7条の規定は第12項までになっていますから、新たに第13項を設けて、「第1項の許可を受けた者が、市町村の一般廃棄物処理計画の変更等の事情により従来の業務を縮小若しくは廃止しなければならなくなったときは、当該市町村は、当該業者が蒙る不利益に対して相当の補償をしなければならない。」と、定めておくべきでしょう。また、一般廃棄物の収集、運搬及び処分の委託の基準を定めた廃棄物処理法施行令第4の規定では、第8号の「当該委託契約を解除することができる旨の条項」の次に、「及び受託者が、市町村の一般廃棄物処理計画の変更等の事情により、受託業務を縮小若しくは廃止しなければならなくなったときは、当該市町村は、当該業者が蒙る不利益に対して相当の補償をする旨の条項」を加えるようにしたらよいでしょう。
- なるほど、そういう規定があれば、業者は安心して業務に励むことができますね。しかし、そのためには、廃棄物処理法ならびに廃棄物処理法施行令の一部を改正してもらわなければなりませんから、業界は一丸となって運動する必要がありますね。
- 勿論です。浄化槽製造業界でも、業界の安定をめざして大同団結し、全国浄化槽工業組合一本にまとまりましたし、管工事業界でも、(社)日本空調衛生工事業協会と全国管工事業協同組合連合会との間で大同団結するための話し合いが既に始められています。清掃業界だけが、相変らず、オレが、オレが、と言っておれる場合ではありませんよ。全国の業者は今こそ自覚し、団結し、手を携えて運動を展開すべきです。
- 営業廃止、営業規模縮小に伴う補償の基準
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- 廃棄物処理法並びに廃棄物処理法施行令の一部を改正して、損失補償についての明文の規定が設けられれば、それに基づいて補償の基準が定められるでしょうが、それまでの間は、市町村の一般廃棄物処理計画の変更に伴って業務の縮小又は廃止を余儀なくされる場合の損失補償は、何を基準にしたらよいでしょうか。
- 現在までのところ、殆んどの市町村が、建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準を準用していますが、それに、市町村の固有事務を代行してきた業者の努力に対する慰労金を加算しているところが多いようですね。ご参考までに、その算定の仕方を説明しておきましょう。
- (1)営業廃止に伴う補償の基準
-
(ここでは、『建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準』を『補償基準』といい、『建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準の運用方針』を『運用方針』ということにする。)
1.営業権に相当する額の補償
次式により算定する。
年間収入額×利益率(0.1)÷年利率(0.08)- 年間収入額は、1年間の受取手数料。(委託の場合は1年間の委託料)。
- 利益率は、手数料もしくは委託料の原価計算で概ね10パーセントとされているので、その利益率を採用。
- 年利率は、運用方針第19条第1号で8パーセントと定めている。
2.転業に必要とする期間の所得相当額の補償
次式により算定する。
年間収入額×利益率(0.1)×期間(2年)- 補償基準第43条第1項第4号に、「転業に通常必要とする期間(2年以内)中の従前の収益相当額」と定めている。
3.業務用施設等に関して生ずる損失の補償
次に掲げるものにつき、運用方針の規定を参考にして算定する。
- 運用方針第19条第2号に、「建物、機械、器具、備品等の営業用固定資産の売却損の補償額は、その現在価格から現実に売却し得る価格を控除して得られる価格とし、これらの現在価格の50パーセントを基準とする。ただし、これらの資産が解体処分せざるを得ない状況にあるとき、又はスクラップとしての価値しかないときは、その解体処分価格又はスクラップ価格と現在価格との差額を補償するものとする。」と、定めている。
1)車輌、船舶等に対する補償
不要となった車輌、船舶等に対する補償
(例)静岡県焼津市では、昭和54年7月から、し尿等を陸上処理施設で処理することになり、それまで海洋投入処分業務を委託していた業者に対して、市が10トン車1台を貸与し、業者が別に自ら購入した10トン車1台と合わせ計2台による処理施設への陸上の中継運搬業務を代替業務として委託したほか、不要となった船舶の建造費の焼却残金の補填として、約2億円を昭和54年から58年までの5年間に分割して支払った。2)設備等に対する補償
車庫、貯溜槽、桟橋、給水・配電・通信設備等に対する補償
(例)京都府亀岡市では、昭和51年11月、亀岡市清掃公社の業務開始に伴い、従来し尿収集及び運搬業務を委託していた業者との間で契約解除について合意し同53年1月、委託契約解除による解決金として合計1億5,000万円を一時払いで支払ったが、その中には、『処理施設負担金の補填引当金』として、市の処理施設が完備するまでの間15年以上にわたり業者が自力をもって処理施設及び用地を確保し、処理業務を全うした実績に対して、処理施設の月間平均維持費を6万3,000円と査定し、その15年分計1,134万円を計上していた。なお、亀岡市では、解決金とは別に、車庫・従業員宿舎等を5,000万円で買い上げている。ちなみに、委託基本台数は 4 台(所有車輌は8台)であった。3)機械、器具に対する補償
業務を行うために使用した安全器具、ポンプ等に対する補償
4)未経過費用に対する補償
公有水面の借上料、桟橋、岸壁、土地、建物の借上げ契約の未経過分に対する補償
5)消耗雑材に対する補償
未使用雑材及び未消却雑材に対する補償
4.従業員の退職に対する補償
関係法令の定めるところにより算定する。
1)解雇予告手当の補償
解雇する従業員の平均賃金の30日分以上
- 運用方針第19条第3号に、「解雇予告手当の補償額は、解雇することとなる従業員の平均賃金の30日分以上とする。この補償及びその他の営業補償における平均賃金とは、労働基準法第12条に規定する平均賃金を標準とし、同条に規定する平均賃金以外のものでも、通常賃金の一部と考えられる家族手当等は、その内容を調査の上平均賃金に算入できるものとする。」と、定めている。
- 労働基準法第12条第1項(本文)に、「この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前3箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。」と、規定している。
2)従業員の帰郷旅費相当額の補償
労働基準法の規定により補償の対象となる。
- 労働基準法第68条(本文)に、「満18才に満たない者又は女子が解雇の日から14日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。」という規定がある。
3)休業手当相当額の補償
転業するに当り従業員を継続して雇用することが必要なときは、次式により休業手当の補償額を算定する。
平均賃金×(100分の60~100分の100)×(6カ月~12カ月)- 補償基準第43条第1項第3号に、「転業が相当と認められる場合において、従業員を継続して雇用する必要があるときにおける転業に通常必要とする期間中の休業手当相当額」と定め、運用方針第19条第4号で、「転業に通常必要とする期間は、雇主が従来の営業を廃止して新たな営業を開始するために通常必要とする期間であって、6カ月ないし 1年とし、この間の休業手当相当額は、この期間に応ずる平均賃金の100分の60から100分の100までの範囲内で適正に定めた額とする。」と、規定している。
4)離職者補償相当額の補償
離職する従業員の平均賃金の1年分以内
- 補償基準第43条第2項に、「解雇する従業員に対しては第62条の規定による離職者補償を行なうものとする。」と、定めており、同第62条には、「雇用されている者が職を失う場合において、これらの者が再就職するまでの期間中所得を得ることができないと認められるときは、これらの者に対して、その者の請求により、再就職に通常必要とする期間(1年以内)中の従前の賃金相当額の範囲内で妥当と認められる額を補償することができるものとする。」と、規定している。
5.市町村の固有事務を代行してきた努力に対する慰労金
(例)前述した京都府亀岡市では、解決金1億5,000万円のうち、業者に対する退職慰労金として、バキュームカー1台当りの年間粗利益を16万円とし、委託基本台数4台分、委託期間21年分、それに、委託契約の解除を勧奨退職とみなして、その5割増しで算定した金額を計上していた。
年間粗利益 委託年数 5割増し 退職慰労金
(16万円×4台分)×(21年分)×1.5=2,016万円
- (2)営業規模縮小に伴う補償の基準
-
営業規模の縮小に伴う補償については、補償基準の規定を準用して補償額を算定する。
- 補償基準に次のとおり定めている。
- 第45条|通常営業の規模を縮小しなければならないと認められるときは、次の各号に掲げる額を補償するものとする。
- 一 営業の規模の縮小に伴う固定資産の売却損、解雇予告手当相当額その他資本及び労働の過剰遊休化により通常生ずる損失額
- 二 営業の規模の縮小に伴い経営効率が客観的に低下すると認められるときは、これにより通常生ずる損失額
- 2|前項の場合において、解雇する従業員に対しては第62条の規定により離職者補償を行なうものとし、事業主に対する退職手当補償は行なわないものとする。
(例)千葉県松戸市では、下水道の整備等の事情により、し尿の収集量の減少に伴い、バキュームカーの減車を余儀なくされる業者に対し、昭和51年から、その見返りとして、公園トイレや道路の清掃などの代替業務を与えてきたが、最近ではその代替業務もなくなってきたので、昭和57年9月、し尿収集業者4社が連名で、バキュームカー2台の減車に伴う転業に要する資金として、1台について2,630万円、合計5,260万円を市に要望した。
市では、これを査定し、昭和58年度の当初予算に、1台当り2,160万円、2台分合計4,320万円を計上したところ、市議会で10パーセントをカットされ、同58年9月、バキュームカー2台の減車に伴う転業援助金として、1台につき1,944万円、2台分合計3,888万円を支払った。 - 補償基準に次のとおり定めている。
次号予告
来年から奇数月に発行することにしました。第9号(1月号)では、し尿浄化槽清掃業の新規許可申請をめぐって紛糾している静岡県大井川地区の問題をとり上げ、何が紛糾の原因となったか等について、徹底的にメスを入れることにしています。