1985年3月号
- 廃棄物処理法の目的を無視した行政庁の恣意独断による許可や委託の実態
- 新規許可をめぐる紛争のさなか業者の殺害事件が発生した長崎県S町の場合
-
- 今年も、また、一般廃棄物処理業務の委託契約や許可の更新の季節を迎えましたね。
- 年度がわりの時期ですからね。別に問題のないところでは、年中行事として、簡単に委託契約や許可の更新が行われるでしょうが、市長村長や市町村議会議員をうしろだてにした新規許可申請者の出現で、既に騒動が始まったところもあるようですよ。
- 清掃法当時には、新規許可問題をめぐって業者間の殺傷事件があちこちで発生しましたし、廃棄物処理法になってからでも、たしか8年か9年前には静岡県K町で3人の自殺者を出した事件があったと聞いていますが、最近では血なまぐさい事件は影をひそめたようですね。
- いや、全くなくなったわけではありませんよ。1年半ばかり前、一昨年の7月7日には、長崎県のS町で、し尿浄化槽清掃業の新規許可に反対していた既存の許可業者が、自宅から呼び出されて殺されるという事件がありましたからね。
- そんなことがありましたか。
- もっとも、その事件の犯人が、被害者は新規許可に反対したから殺害したのだと自白したわけではありませんが、地元の業者たちは、前後の事情から判断して、被害者は新規許可に反対していたから殺されたのだと見ています。
- どうして、そんな事件が起こったのでしょうか。
- S町は人口1万人足らず、世帯数2,500、そのうち約500世帯はし尿を自家処理しているような小さな町です。し尿浄化槽も当時は130基ばかりしか設置されていませんでした。
- それくらいの町でしたら、業者は1社で十分ですね。
- ところが、そのとき既に2社が許可を受けていたのです。どちらも一般廃棄物処理業の許可とし尿浄化槽清掃業の許可を受けており、古くからの許可業者であるO社は4トン車1台と2トン車1台をもち、10年ばかり前から許可を受けているN車は2トン車1台をもって営業していました。
- そんな小さな町に2業者も居て、バキュームカーが3台もあったのでは、それ以上に業者を増やしても、仕事はないでしょうに……。
- そうですね。古くからやっているO社の方は、どうにかバキュームカーを遊ばせないでやっていたようですが、後から始めたN社の方では、月のうち平均20日間ぐらいしか稼働していないという話でしたよ。
- そんな町で、なんで新規許可の申請が出たのでしょうかね。
- 申請したのは、その町の町議会議員をしている某氏の娘ということでした。
- 最近は、市長村長の後援会のメンバーとか、市町村議会議員の子弟などどいうケースが多いようですね。申請者が町議会議員の娘さんだというので、町役場の担当者が処理に困り、ぐずぐずしているうちに事件が起こったのでしょう。
- その当時、関係業者から聞いた話では、町役場の担当者は、申請者に対して、既存の許可業者が同意したら許可してもよいという態度をとっていたのだそうです。
- 既存業者が同意したら許可してもよいということは、裏をかえせば既存業者が同意しなければ許可するわけにはいかないということですから、許可するかしないかは既存業者の一存にかかっていることになりますね。
- そういうことになりますね。行政庁は、申請者が法第9条第2項に定めるし尿浄化槽清掃業の許可の要件に適合しているかどうかを調査して、許可すべきか、許可すべきでないかを決めるべきであるのに、その調査もせずに、既存業者が同意したら許可してもよいという態度をとるなんて、およそ不見識な話です。
- 町役場の担当者がそんな態度をとれば、申請者の方では、既存業者が断われないような人物に頼んででも執拗に同意を求めようとするでしょうから、既存業者としては困りますね。
- 特に殺されたN社の代表者は、申請者の父親である町議会議員の某氏とは以前から格別に親しい間柄であったらしく、同意を求められて苦慮していると、同業者に訴えていたそうですよ。
- 結局、N社の代表者は、新規許可に同意しなかったのですね。
- そうです。
- それじゃ怨まれても仕方ありませんね。
- そのあげくに呼び出されて殺されたものだから、地元の業者の間では、新規許可に反対したから殺されたのだと見ているわけです。
- 無理もありませんね。ところで、その申請者は、厚生省令で定めるし尿浄化槽清掃業の許可の技術上の基準に適合していたのですか。
- いや、許可の基準には適合していなかったそうです。バキュームカーや厚生省令で定める器具は持っておらず、し尿浄化槽の清掃についての実務経験も全くないということでした。
- それじゃ、Bコースの講習も受けていなかったのですか。
- Bコースの修了証書だけは持っていたそうですよ。
- 財団法人日本環境整備教育センターが行う講習会の受講資格者は相当の実務経験を必要とすることになっていますので、その申請者は、受講申込関係書類に相当の実務経験があるような虚偽の申告をして講習を受け、修了証書を交付してもらったわけですね。
- ある業者……それが誰であるかもわかっているそうですが、その業者に依頼して3年間の実務経験があるように虚偽の証明をしてもらい、講習を受けたのだそうです。
- 教育センターの受講申込関係書類に虚偽の申告をした場合は資格喪失することもあるとされておりますし、相当の実務経験を有することは受講者の必須の条件ですから、実務経験がなければ資格は当然に喪失することになりますね。
- 大分地方裁判所は、臼杵市長がなしたし尿浄化槽清掃業不許可処分の取消しを求めた事件で、原告がBコースの修了証書の交付を受けてはいるものの、『相当の経験』といえるほどのし尿浄化槽清掃の実務に携わったと認めるに足りる証拠はないことを理由として、「原告の申請は法9条2項1号に適合しないものと言うべきであるから、不許可処分は適法であって、原告の主張はその余の点につき判断するまでもなく失当である。」と判示しています。つまり、『相当の経験』がないことだけで不許可理由としては十分であるという判決です。
- 申請者はバキュームカーなど厚生省令で定める器具も持っていなかったというお話しでしたが、その点から見ても法第9条第2項第1号に適合していないことは明白じゃありませんか。
- そのとおりです。申請者は明らかに法令に定める許可の要件に適合していなかったのですから、それを理由に不許可処分にすべきでした。
- 法治国家ですから、行政行為はすべて法に基づき法に従ってなされねばならないのは当然のことですね。
- 市長選挙を2か月後にひかえ無資格者に許可を与えた千葉県N市の場合
-
- 市長村長が、選挙の後の論功行賞とか、選挙を控えて応援をしてもらうためとか、誰の眼にもそれとわかるような相手に、一般廃棄物処理業務を委託したり、し尿浄化槽清掃業の許可を与えたりする例が、今でもたまに見かけられるようですね。
- そうですね。そんな場合は、必ずしも年度がわりの時期とは関係なく、適当な時期に行われているようです。昨年の千葉県N市の場合など、夏に市長選挙が行われましたが、その2カ月ばかり前新たにし尿浄化槽清掃業の許可を受けたA社の代表者は、現職市長の後援会の有力メンバーだということでした。
- それまで、許可業者は何名居たのですか。
- N市は人口10万人足らずの小都市ですが、し尿の汲み取りは市が直営で実施し、約8,000基のし尿浄化槽の清掃とその清掃にかかる汚泥の収集、運搬に当らせるため、7名の業者に許可を与えていました。
- N市といえば工業都市でもありませんから、8,000基の浄化槽のほとんどは家庭用の小規模のものでしょうし、7名でも多すぎたのじゃありませんか。
- そうですね。下の表を見れば、当時のN市の業者たちの稼働状況がわかるでしょう。
業者 4トン車 2トン車 稼働日数(月平均) 稼働率 N社 3台 1台 20日 0.80 C社 1台 15日 0.60 S社 1台 15日 0.60 I社 1台 5日 0.20 T社 1台 1台 15日 0.60 K社 1台 3日 0.12 Y社 1台 15日 0.60 計 7台 4台 - そんな状態であるのに、いくら市長の後援会の有力メンバーであったとしても、新規の許可を出すというのは、度を越した職権の濫用ですね。
- ところが、市の担当者たちは、し尿浄化槽の清掃とその清掃にかかる汚泥の収集、運搬を行う者に与える廃棄物処理法第9条と第7条の許可を、一般の営業に関する保健、警察上の許可と同じように考えていたようですから、職権濫用などという認識はまるでなかったようですよ。
- ずいぶん無茶な話ですね。し尿浄化槽の清掃は管理者の委託を受ける形で業務を行うものですが、その清掃にかかる汚泥の収集、運搬は市町村の固有事務を代行するものですから、理容業や美容業などとは本質的に違うじゃありませんか。今時、市の担当者の中に、そんな誤った考えを持っている者が居るなどとは信じられませんね。
- その信じられない現象は、N市の外にもあちこちで見かけますよ。それというのも、市町村は、廃棄物処理法第6条第1項の規定により定められた計画に従って、その区域内のし尿浄化槽に生ずる汚泥を、生活環境の保全上支障が生じないうちに収集し、これを運搬し、及び処分しなければならないものであり、そのし尿浄化槽から生ずる汚泥の収集、運搬の作業と、専門的な知識、技能および相当の経験を必要とする附属機器の点検、槽内単位装置の掃除および種汚泥の調整作業等は一体的に実施するのが通例であるため、清掃法当時から、市町村において定常的に行うことは困難な業務として取り扱われ、清掃法第15条の許可を受けた汚物取扱業者に、専門的知識、技能等を取得させ、これらの業務を行わせていたのを、廃棄物処理法に改めるに当って、法第7条の一般廃棄物処理業の許可では、し尿浄化槽の清掃とその清掃にかかる汚泥の収集、運搬は出来ないものとし、これを行うには法第9条のし尿浄化槽清掃業の許可を受けなければならないこととした経緯が無視されていることに起因するものです。
- そのため法第9条と法第7条に関した紛争があちこちで発生するわけですね。
- そうだと思いますよ。その問題については、最近判決が出た訴訟事件をテーマに稿を改めて検討することにして、話をN市の問題に戻しましょう。
私が、新規許可の問題でN市の環境経済部長と会ったとき、下水道の整備は時代の要請であり、いずれN市においても下水道が整備されるであろうが、し尿浄化槽の清掃の適正な実施を確保するためには、下水道の終末処理によるし尿処理への転換が完了する直前まで、事業の規模を縮小しながらも継続して行わなければならないものであり、業者が安んじてその業務を行うことが出来るようにとの目的のもとに、既に50年5月には下水道の整備等に伴う一般廃棄物処理業等の合理化に関する特別措置法が制定され、同年10月21日付の厚生事務次官通知により、市町村は、下水道の整備等により一般廃棄物処理業やし尿浄化槽清掃業が受ける影響を適確に把握し、将来の当該市町村における一般廃棄物処理業やし尿浄化槽清掃業の規模を適正に設定し、一般廃棄物処理業やし尿浄化槽清掃業の業務の安定を保持するために必要かつ十分な事業であって実施が可能な合理化事業計画を定めるように指示しているにもかかわらず、無計画に業者の数をふやすのは、どういうことかと尋ねたのに対して、部長は無言で答えませんでしたよ。 - 合理化特別措置法や、合理化特別措置法の施行について出された厚生事務次官通知など、眼を通してはいなかったのでしょうね。
- そうかもしれませんね。下水道の整備に伴って業務の縮小もしくは廃止を余儀なくされる業者に対しては、補償の問題が当然おこるだろうが、いたずらに業者の数をふやせばふやすほど、補償の対象が多くなるとは考えないのかと資したところ、部長は、「そんなものにいちいち補償していたら、散髪屋やパーマネント屋にも補償しなければならなくなるだろう」と言っていましたよ。
- なるほど、し尿浄化槽に生じた汚泥を収集し、運搬するという市町村の固有事務を代行する仕事も、散髪やパーマネントなどの仕事と同じように考えていたのですね。
- そんな考えで、おそらく許可を与える約束をしてしまった後だったのでしょう。許可申請をしたA社では、代表者の息子が、し尿浄化槽の保守点検を行うのに必要なAコースの修了証書を持っているだけで、誰もBコースの講習を受けてはおらず、し尿浄化槽の清掃の経験をもった者は居ないことがわかったので、その点を指摘しましたが、部長も、課長も、どこ吹く風かといった態度で、私が地元業者の代表者たちといっしょに申し入れを行った直後に、急いで許可を出してしまったということです。
- それじゃ、まるで、廃棄物処理法や廃棄物処理法に基づく省令など、あってないようなものじゃありませんか。そんな法令を無視した行政行為をやめさせるための手段を講ずる必要がありますね。
- 法令を承知の上で敢えて無視するような市長村長が居る筈はありません。法令についての無知がそうさせるのですから、無知では通用しないような素地をつくる必要がありましょう。それには、かねて業者の勉強会を開き、市町村の担当者にも出席してもらって廃棄物処理に関する法律、政令、省令、通知などについての知識を身につけるようにすることです。時には市町村長にも顔を出してもらい、業者が熱心に法令の勉強をしている姿を見てもらっておけば、うかうかと法令を無視した措置をとるわけにもいかなくなるでしょう。次に、新規の許可申請が出たら、手遅れにならないうちに適切な対応をすることです。
数年前、宮崎県のK市で、市長選挙を控えた時期に、市の有力者がし尿浄化槽清掃業の許可を申請したことがあります。既存業者がいち早くこのことを知って相談してきましたので、早速行って市長に会い、し尿浄化槽清掃業の許可の要件について説明しましたところ、市長は分ってくれて、自ら申請者に対し、「許可することが出来るものなら許可してやりたいのはやまやまだが、法律にこのような規定があるので許可するわけにはいかない。了解してもらいたい。」と、誠意をこめて説明し、申請者を納得させました。勿論、この事例のように全てがうまくいくとは限りますまい。市長村長が法令を知らないために安易に申請者と約束をしてしまい、のっぴきならなくなって強引に新規許可を出そうとする場合もありましょう。そんなときは、地元の業者だけでは無理です。県下の業者全員が団結して抗議する必要があります。その対応如何によっては、容易ならざる事態に発展するであろうことを予測させるだけの態勢をとりながら、毅然とした態度で交渉に当ることが肝要です。
- 委託料は安いに越したことはないと競争入札で契約を結ぶ滋賀県K組合の場合
-
- し尿浄化槽の清掃とその清掃にかかる汚泥の収集、運搬の業務を併せて委託するのに、競争入札によって受託者を決めている市町村や、し尿の海洋投入処分業務を委託するのに、競争入札によって受託者を決めている一部事務組合がありますね。
- 全国のあちこちでそんな事例を見かけます。
- そんなところでは、殆ど例外なく委託料は原価を割っているようですね。
- どうしてもそうなります。最低価格で入札した者と契約を結ぶのが競争入札の制度ですから……。
- 原価を割った委託料では、業者は採算を合わせるために、作業の手抜きをしたり、不法投棄をしなければ、やってゆけませんよ。
- そうですね。真面目な業者は、今に改善されるだろうと、歯を食いしばって耐えていますが、経営不振のために青息吐息といった有様です。滋賀県のKという3市3町で構成する一部事務組合の例を説明しましょう。
K組合では、55年度に、し尿及びし尿浄化槽汚泥の海洋投入処分業務をA社に1㎘当り4,300円で委託しようとしていたのですが、そこへB社が割りこんできて競争入札となり、結局、B社が3,900円で落札して契約を結びました。翌56年度もA社とB社の競争入札となり、両者が競り合った結果、こんどはA社が2,800円で落札しました。その年、B社は、一般廃棄物ならびに産業廃棄物を不法投棄したとして当局の取り調べを受け、産業廃棄物の処理については無許可で営業していたことも露見して、新聞でも大きく取り上げられるような事件を起しています。
そんな事件があった後、B社の事務所と同じところを事務所として新たにC社が設立されましたが、C社のオーナーが、廃棄物処理法違反のかどで取り調べられ処罰を受けたB社の代表取締役であったことは、業界では公然の秘密とされています。そのC社が、57年度は、A社と競争して1,600円で落札し、次いで58年度には同じくC社がなんと700円で落札して、委託を受けました。 - お話しの途中ですが、一般廃棄物の収集、運搬及び処分の委託の基準を定めた廃棄物処理法施行令第4条によれば、受託者が法第7条第2項第4号イからハまでのいずれにも該当しない者であることが条件の1つとされており、「この法律又はこの法律に基づく処分に違反し、罰金以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から2年を経過しない者」は、委託を受ける資格がないことになっていますね。
- そうですよ。
- いくら社名を変更し、代表取締役をとり変えたとしても、廃棄物処理法に違反して処罰を受けるような人物がオーナーであることが真実であるとすれば、それは廃棄物処理法施行令第4条第2号の規定の脱法行為と見るべきじゃありませんか。
- 法令の趣旨から云えば、そんな会社には委託しないようにするのが当然でしょうね。ところが、K組合では、そのC社を競争入札に参加させたのです。
- そして、そのC社が、57年度には1,600円で、58年度には700円で落札したわけですね。
- そうです。
- それにしても、1㎘1,600円とか700円というのは正気の沙汰とは思えませんね。
- さすがに、59年度はA社もC社も4,000円近くを狙ったようですが、それでは前年度の700円との差がありすぎるというので、入札のやり直しとなり、ようやくのことで2,900円でA社が契約を結んだようです。
- 2,900円でも、採算はとれないのじゃありませんか。
- 採算がとれる筈がありませんよ。同じ59年度の附近の委託料を見ますと、鳥羽市が1㎘当り5、370円、桑名市外5か町村が5,250円、志摩環境衛生組合が5,000円ですから、まだまだ相当のひらきがあります。
- 1㎘5,000円にしても、18ℓでは90円ですから、陸上でのし尿の収集運搬手数料に比べたら、安すぎますね。
- そのKという一部事務組合では、陸上のし尿の収集、運搬を、許可を与えた業者に代行させていますが、その収集運搬手数料は、56年4月以降、18ℓ当り100円と定めています。1㎘当り5,555円になりますが、これに比べれば、58年度の海洋投入処分の委託料は実に8分の1、59年度のそれでも2分の1強の金額です。バキュームカーによるし尿の収集、運搬と、廃棄物排出船による海洋投入処分とでは取り扱う量に違いがあり、陸上運搬と海上運送の相違はありますが、陸上の運搬距離が短いのに比べて、海洋投入では150海里から200海里の遠くに運ばねばなりません。それを考えますと、海洋投入処分の委託料が、入札制度のために、如何に安く抑えられているかということがわかりますね。
- し尿の海洋投入は、そんなに遠くまで運ばねばなりませんか。
- 海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律施行令第7条第3項に基づく別表第3によれば、し尿やし尿浄化槽の汚泥は50海里以遠のC海域に排出するように定められていますが、地元の漁連の要望もあって、150海里から200海里、メートル法に換算すれば280kmから370kmの遠方にまで運んでいるのが実情です。
- それは大変ですね。ところで、そのK組合では、陸上のし尿収集運搬手数料が18ℓ当り100円ということですが、その金額は、他の市町村と比較して決して高い料金ではありませんね。
- そうですね。いくつか例を挙げてみましょう。
- 静岡県三島市は、58年9月から 18ℓ 150円(1㎘当り 8,333円)
- 福岡県直方市は、59年6月から 18ℓ 160円(1㎘当り 8,888円)
- 長崎県長崎市は、59年4月から 18ℓ 170円(1㎘当り 9,444円)
- 山口県防府市は、58年10月から 18ℓ 200円(1㎘当り11,111円)
- 高知県高知市は、59年1月から 18ℓ 220円(1㎘当り12,222円)
- 兵庫県香住町は、59年4月から 18ℓ 234円(1㎘当り13,000円)
- そんなところに比べたら、K組合の18ℓ 100円という陸上のし尿収集運搬手数料は、安すぎますね。
- おそらく、原価計算方式に基づいて原価を算出してはいないでしょう。
- K組合の陸上のし尿収集運搬手数料は、他の市町村に比べて安いのに、それよりも更に遥かに安い受託料で海洋投入処分をさせるということは、受託者に対して、適当に手近な海域で不法投棄してこいと指示しているようなものじゃありませんか。
- そのとおりです。
- しかし、不法投棄をしても、海の上のことですから、なかなかわからないのではありませんか。
- だからといって不法投棄をすることは絶対に許されません。それだけに、不法投棄を敢えてしなければならなくなるような競争入札の制度はやめるべきです。それに、天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさずで、競争入札に起因した不法投棄を行って、実際に挙げられた事例もありますよ。数年前のことですが、事件は長崎県で発生しました。Iという一部事務組合の競争入札に、県外の船のブローカーが参加し、前年度の半額で落札したのですが、所定の海域まで運んでいては採算がとれないため、近くの海域で投棄し、それが露見して僅か数か月でやめさせられました。
- I組合では困ったでしょうね。
- そりゃあ困りますよ、陸上で処理することができないから、海洋投入処分をしているのに、委託した業者の船が使えなくなったのですからね。業者がちゃんとした組合にでも加盟し、万一の場合には組合が代船を差し向けるという保証でもしておれば、業務の遂行に支障は生じませんが、船のブローカーなんかには、まともな業者は代船の保証などする筈がありませんから。
- ところで、し尿排出船は小型のものでも3億円くらいだと聞きましたが……。
- それくらいしますね。
- 耐用年数は何年ですか。
- 14年ということになっています。しかし、運ぶものがものだけに、いたみがひどく業者の申請によって,殆ど10年に短縮してもらっているようです。
- それじゃ、3億円を10年で減価償却しなければならないわけですね。
- ええ。
- し尿排出船は、他に転用することは出来ないでしょうね。
- 出来ません。し尿を運ばなくなったら、スクラップとして処分することになります。ところで、一般廃棄物の収集、運搬、処分は、ご承知のように、市町村の義務とされており、国が認めたし尿処理施設の整備については、その費用の3分の1の国庫補助を受けられる仕組みになっていますが、し尿排出船は、陸上で処理する代わりに海洋で処理するための施設ですから、本来は、その費用の一部を国庫補助の配分にあずかって、市町村が整備して然るべきものでしょう。市町村が直営で海洋投入を行うとすれば、市町村の費用で整備するのが当然のことです。それを業者が代わって、業者の責任において整備しているわけですが、市町村の固有事務を代行するために、市町村に代わって多額の投資をしている業者を、年ごとの競争入札で競わせ、原価を割った委託料で契約させるという行政行為は、時代劇に見る悪代官のやり方にも似て、不当というほかはありません。
- そうですね。
- 一般廃棄物の処理業務は、安ければ安いほどよいという性質のものではなく、廃棄物処理法第6条第3項の規定により、市町村が一般廃棄物の収集、運搬又は処分を市町村以外の者に委託する場合の基準を定めた令第4条第5号には、「委託料が受託業務を遂行するに足りる額であること。」と明示されています。
そして、この規定については、厚生省水道環境部でも、≪廃棄物処理法の解説≫の中で、委託料は、受託業務を遂行するに足りる額でなければならない。一般の委託料は、委託者と受託者の合意する額であれば、それが仮に原価を割った額であろうともさしつかえないはずのものであるが、不当に低額な委託料である場合には、受託者は、その額に見合う程度にまで手を抜いて業務を行うか、他の事業による収益でこれをカバーしなければならない。ところで、市町村の委託に基づき一般廃棄物の収集、運搬及び処分を行う者の多くは、その業務を専門とする者であるため、他の事業収入により、その不足額をカバーすることはできないので、業務の実施に手抜きをするほかはないことになる。したがって、不法投棄等の防止を考慮すれば、このような事態を回避しうるだけの制度的保障が準備されるべきである。このような趣旨に基づいて、この規定が設けられたのである。『受託業務を遂行するに足りる額』は、原価計算方式に基づいて算出した原価に適正な利潤を加えた額を意味する。
- ところが、市町村や一部事務組合の担当者の中には、地方公共団体が行う契約は、すべて地方自治法第234条の規定に基づき競争入札によって締結すべきものと思いこんでいる人が少なくないため、原価を割った最低価格の入札と契約を結んでいるところが意外に多いのが実情でしょう。
- 残念ながら、それが実情のようですね。
- 廃棄物処理法の目的が何であるかを考え、その目的を達成するために、市町村が一般廃棄物の処理業務を市町村以外の者に委託する場合の基準について、政令でどのように定めているかを見てみれば、価格が安いことを条件に受託者を選ぶというやり方が間違いであることに気付く筈だと思うのですが……。
- ところが、それに気付かない人たちが居る。そんな人たちには、札幌高等裁判所が、一般廃棄物処理業務の委託契約の在り方について示した判例に学ぶことをすすめます。
札幌高等裁判所は、昭和54年11月14日、一般廃棄物の処理業務の委託契約が随意契約によって締結されたのは、地方自治法第234条の規定に違反して無効であるとの確認を求めた『一般廃棄物収集業務委託契約無効確認等請求訴訟事件』で、控訴を棄却する決定をしましたが、その理由の中で、次のように判示しています。地方自治法234条の規制の対象となる『契約』とは、同条が売買、貸借及び請負契約を例示しているところからみて、地方公共団体が私人と対等の立場において締結する私法上 の契約をいうものであることは明らかであって、いわゆる公法上の契約を含むものではないと解される。
ところで、廃棄物の処理及び清掃に関する法律6条3項に定める、市町村が一般廃棄物の収集,運搬又は処分を市町村以外の者に委託する行為は、市町村の固有事務、すなわち市町村の処理すべき本来の行政事務を私人に委託するという行為であるから公法上の契約であることは明らかである。したがって、本件契約については、地方自治法234条の規定は適応されないものと解される。
これをより実質的な観点から考えてみると、地方自治法234条は契約締結の方法として一般競争入札を原則としているが、これは、第一に契約事務の執行の公正を確保し、第二に地方公共団体と契約する機会を均等に与え、第3にできる限り地方公共団体に有利な条件で契約を締結して経済性の要請にも応えるという理由によるものであるところ、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令4条6号(註1)は、同法6条3項の規定による市町村が一般廃棄物の収集、運搬又は処分を市町村以外の者に委託する場合の基準の1つとして 、『委託料が受託業務を遂行するに足りる額であること。』と定めており、廃棄物処理法は、一般廃棄物の収集等の業務の公共性にかんがみ、右の経済性の確保等の要請よりも、業務の遂行の適正を重視しているものと解される。すなわち、廃棄物処理法は、最低価格の入札と契約を締結する一般競争入札の制度とは異なる建前をとっているのである。もっとも、地方自治法施行令167条の10は、一般競争入札において最低価格の入札者以外の者を落札者とすることができる場合を認めており、一般廃棄物の処理業務の委託契約についてこの規定が適用されるとすれば、委託料の額を一定額以上のものにすることは可能であるが、右規定が適用されるのは『工事又は製造の請負の契約』に限られており、一般廃棄物の処理業務委託契約がこれに含まれると解することは困難である。また、廃棄物処理法施行令4条 1 号(註2)は、受託者の資格要件として、『受託者が受託業務を遂行するに足りる設備、器材、人員及び財政的基礎を有し、かつ、受託しようとする業務の実施に関し相当の経験を有する者であること。』と定めている。
これに対して地方自治法施行令167条の5第1項は、『必要があるときは、一般競争入札に参加する者に必要な資格として、あらかじめ、契約の種類及び金額に応じ、工事、製造又は販売等の実績、従業員の数、資本の額その他の経営の規模及び状況を要件とする資格を定めることができる。』と定めるにすぎないのであって、この両規定は明らかに矛盾するものといわなければならない。この点からしても、一般廃棄物処理業務の委託契約については、廃棄物処理法及び同法施行令のほかに、更に重ねて地方自治法234条及び同法施行令第5章第6節(契約)の規定が適用されるものではないと解するのが相当である。- 廃棄物処理法施行令4条6号とあるのは、昭和52年3月9日・政令第25号による廃棄物処理法施行令第8次改正で、4条5号に繰り上げられています。
- 廃棄物処理法施行令4条1号中「設備、器材」とあるのは、同じく廃棄物処理法施行令第8次改正で、「施設」と改められています。
- その札幌高等裁判所の判例は、一般廃棄物の処理業務の委託契約については、廃棄物処理法及び廃棄物処理法施行令によるべきもので、最低価格で入札したものと契約を結ぶことを建前とする競争入札の制度をとるべきではないことを明らかにしていますね。
- そのとおりです。
- その判決要旨を、全国の市町村の担当者たちに知らしめる必要がありますね。
- そうですね。厚生省では、市町村が一般廃棄物の収集、運搬又は処分を市町村以外の者に委託する場合の基準は廃棄物処理法施行令第4条に明文の規定があるから、あれで十分な筈だと考えているかもしれませんが、現に、その解釈を間違えている市町村の担当者が居て、そのために全国のあちこちで、一般廃棄物処理業者の委託料が原価を割り、手抜き作業や不法投棄による生活環境の悪化を招きつつあるのですから、これを是正するための措置をとるのは当然のことと云わねばなりますまい。
- 勿論です。手をこまねいて傍観しているべきではありませんよ。
- 清掃法当時に、法律の一部が改正され、汚物の収集及び処分の委託の規定が新たに設けられた折、厚生省では、昭和41年3月3日付環整第5013号、環境衛生局長通知を出し、その中で、
- 市町村が汚物の収集又は処分を委託する場合には、受託者をみだりに変更して混乱を生ぜしめることは避けること。
- 受託者が受託業務を遂行するに足りる設備、器材、人員及び財政的基礎を有するか否かは、委託業務の量及びその内容を勘案して、市町村において適正に判断すること。
- 従前法第15条第1項の許可に基づいて収集、運搬、処分されていた汚物を委託に基づいて収集、運搬、処分することとする場合には、特段の支障がない限り、当該許可を受けていた業者を受託者とすることが望ましいこと。
- 委託料は、政令第2条の2第6号に規定する額(受託業務を遂行するに足りる額)でなければならないので、この額で契約できるよう契約の方法について必要な配慮をすること。
- 政令第2条の2第6号に規定する額(受託業務を遂行するに足りる額)については、適正な原価計算により算出した額を基準として決定すること。
ところが、清掃法が廃棄物処理法に改められたため、この環境衛生局長通知は現在では通用しておりません。そこで、改めて、水道環境部長通知なり、環境整備課長通知をもって、この趣旨を、全国の廃棄物処理実務担当者に徹底するようにしてもらいたいものです。由来、役所勤めの人たちというものは、それまでのしきたりを己れの手で打ち破ろうとはしないものですが、本省の部(課)長からの文書による行政指導には従います。公共の福祉のために、是非とも間違ったしきたりは1日も早く改めてもらいたいものです。 - その行政指導の際に、廃棄物処理法施行令第4条第1号の解釈について、
- 受託者は受託業務を遂行するに足りる施設を所有していることが絶対の条件であること、施設を借用したものであってはいけないこと。
- 相当の経験については、大分地方裁判所が、昭和58年11月21日、『し尿浄化槽清掃業不許可処分取消請求事件』で原告の請求を棄却する決定をした判決理由の中で、「相当の経験とは、自ら浄化槽清掃業を営み、あるいは清掃業者の従業員としてし尿浄化槽清掃について相当の実務経験を持つことをいうものと解され、この点を法人の申請において判断するときは、当該法人の代表者等の者であって申請に際し規則6条4号に定める専門的知識技能者とされている者について判断すべきである。」と判示しています。
『許可』と『委託』の違いはあっても、業者に条件として求める相当の経験について、その内容に相違のあろう筈はありません。従って、法人にあってはその法人の代表者もしくは業を行う役員が、個人にあっては本人が、相当の実務経験を持っていることを条件とすること。
- そうですね。廃棄物処理法施行令第4条には、第3号に再委託を禁止する規定を設けているほどですから、施設を借用したものであってもよいというような解釈をすべきではありますまい。また、「相当の経験」についても、仮に、従業員に経験者が居ればよいという解釈をした場合、従業員として届出をした人物が必ず受託者の許で働くという確証を得ることはむずかしく、もしその確証が得られたとしても、従業員は責任もなく身軽な立場にあるだけに、何時やめるかもわかりませんし、やめてしまえば仕事を続けることは出来なくなり、直ちに市町村の一般廃棄物処理計画に支障を来たすことになりますから、やはり、大分地方裁判所が示した判例に従うべきでしょうね。
編集局から
行政庁の恣意独断による許可や委託の事例は外にもありますが、紙面の都合で残りは改めて取り上げることにしました。次号では、福岡高等裁判所と静岡地方裁判所が、し尿浄化槽清掃業及び一般廃棄物処理業の不許可処分の取り消しを求めた訴訟事件で、内容の違った判決をしていますから、その判決内容について検討する予定です。