清研時報

1987年5月号

亡父も解決に手を貸した四国の一般廃棄物処理業新規許可問題
  1. 人口漸減の山村で発生した新規許可問題
  2. 行政側に対して行った陳情の趣旨~新規許可申請の取り扱いについて~
  3. 決め手となった亡父が遺した組合との損害賠償請求事件の和解書
人口漸減の山村で発生した新規許可問題
  • 高知県の嶺北広域行政事務組合で発生した一般廃棄物処理業の新規許可問題は、どうやら、許可しないということで解決したようですね。
  • ええ。
  • あれは、昨年から、もやもやしていたのではないですか。
  • 嶺北広域行政事務組合―ここでは嶺北組合と呼ぶことにしましょうーでは、し尿の収集、運搬は嶺北衛生(佐賀野卓一)と本山衛生(松葉泰雄)の2社が許可を受け、浄化槽の清掃と浄化槽汚泥の収集、運搬は嶺北浄管(佐賀野辰彦)1社が許可を受けて営業していますが、昭和57年4月に1日40Kl処理のし尿処理施設が運転開始したことから、業者の数を増やしてもよいではないかという意見が出るようになったらしく、嶺北組合の管内で最も人口の多い大豊町の住民から許可申請が出されたのを受けて、昨年3月の組合議会で前向きに検討しようということになり、5月に既存業者を含めた関係者の間で話し合う予定だと聞いていましたので、どうなったのかと案じていました。ところが、昨年は結論が出なかったらしく、今年になって、1月22日に新規許可の問題で組合から呼び出しを受けたので応援に来てもらいたいと、既存業者から依頼があり、出かけてみました。
  • 嶺北組合管内の人口は、どれくらいですか。
  • 嶺北組合を構成しているのは、長岡郡の本山町と大豊町、土佐郡の土佐町と大川村、本川村、吾川郡の吾北村、合わせて6か町村ですが、そのうち吾北村は別に委託した業者がおり、許可業者にし尿の収集、運搬を行わせているのは5か町村で、その5か町村の人口は2万2,000人余りです。
  • その5か町村は愛媛県、徳島県寄りの山村地帯ではありませんか。
  • そうです。面積は合わせて969.29Km2ですから、人口密度は1Km2当たり23人くらいの山村です。
  • それでは自家処理している人たちが相当居るのでしょうね。
  • おそらく、そうでしょう。
  • さしあたって人口が急増する見込みでもあるのですか。
  • 現在のところその見込みがあるわけではなく、次の表が示すように、人口は年々減り続けている有様です。
    町村名 昭和50年 昭和55年 昭和61年
    世帯数 人口 世帯数 人口 世帯数 人口
    本山町 2,066 6,348 2,137 6,005 2,032 5,399
    大豊町 3,626 11,761 3,525 10,461 3,268 8,877
    土佐町 2,109 7,109 2,102 6,696 2,026 6,116
    大川村 323 1,068 290 870 288 763
    本川村 527 1,474 519 1,333 454 1,091
    合計 8,651 27,760 8,573 25,365 8,068 22,246
  • こんなに人口が年々減り続けている山村で、し尿処理施設が運転を始めたからという理由で業者の数を増やそうというのは、少々無茶な話ですね。
  • 廃棄物処理法の定めるところにより、し尿や浄化槽汚泥の収集、運搬、処分は市町村の固有事務として本来は市町村が自ら直営事業で行うべきものとされています。しかし、直営事業で行っているところは例外なく赤字に悩まされており、年を遂って民間業者に代行させる市町村が多くなっている実情ですが、直営事業で実施しているものとして考えればわかることです。人口が年々減少し、従って、収集、運搬しなければならないし尿の絶対量が減少している状態で、バキュームカーを増車し、作業員を増員するような市町村があるでしょうか。
  • そんな市町村はありませんね。しかも、現在では地方自治体の行政改革が求められていますから、そんなことが許される筈はありません。
  • 既存業者のうち経歴が浅い方の本山衛生は2トン車1台だけですが、30年以前から操業を続けてきた嶺北衛生の方は 4 トン車2台、2 トン車1台を所有しており、その外に浄化槽の清掃と浄化槽汚泥の収集、運搬を行っている嶺北浄管が 4 トン車1台を使用しています。嶺北衛生では1台の車両は遊ばせておく日が多くなったと云っている有様です。そんな状態であるのに、業者を増やし、車両を増車するということは、適法な措置とは云えませんね。
行政側に対して行った陳情の趣旨~新規許可申請の取り扱いについて~
  • 嶺北組合の組合長に会われましたか。
  • 会いました。私だけでなく、高知県汲取清掃事業協同組合の富岡理事長はじめ役員の皆さんも心配して来ておられたので、皆さんいっしょにお会いしました。
  • 嶺北組合側は、組合長だけでしたか。
  • いや、組合長の本山町長のほか、土佐町長、大豊町長、それに事務局長と事務局次長の5人でした。
  • どんな話し合いでしたか。
  • はじめに組合長の澤田・本山町長の話を聞きましたが、既に昨年開催した組合議会で新規許可を出す方針を決めているということでした。
  • 手おくれだったわけですか。
  • 手おくれとは云えませんが、難儀な状態になっていたことは確かです。
  • 行政側がいったん方針を決めた後では、その方針を変えさせることはなかなか容易ではないのに、嶺北地区の業者たちは、どうして行政側が方針を決める前に申し入れを行わなかったのでしょうかね。
  • 嶺北組合の場合は、行政側が思いもしないような決め手があったからよかったようなものの、それがなければ難渋するところでした。行政側が、どうしても既定方針を変えるわけにはいかないと云い張って許可証を交付してしまえば、訴訟するほかはなかったわけですからね。
  • 行政側が思いもしないような決め手というのは、どんなものですか。
  • それは後で紹介することにして、そんな決め手がないのが普通ですから、一般廃棄物処理業の新規許可申請の取り扱いについて、当日私が説明した内容を、参考のために、先に述べることにしましょう。
    私は、私がしたためた〝一般廃棄物処理業の新規許可について〟と題した要望書に、最高裁判所の公衆浴場営業許可無効確認請求事件の判例のコピーなどを添えて提出し、次のような説明をしました。
    「廃棄物処理法は、第7条第2項に、市町村による一般廃棄物の収集、運搬及び処分が困難な状態であり、その申請の内容が、市町村が定めた一般廃棄物処理計画に適合するものであると認めるときでなければ、許可をしてはならないものと規定しており、この規定について、厚生省では、水道環境部編集の≪廃棄物処理法の解説≫の中で、『市町村の行う廃棄物の処理業務及びすでに許可した一般廃棄物処理の処理業務との調整』ができたときでなければ、許可をしてはならないものだと説明しています。嶺北組合管内の昭和61年の人口は、昭和50年に比べて約20%減少し昭和55年に比べても12.3%減ってきており、当然のことながら、既存の許可業者たちは作業量の減少のために経営に苦しんでいる状態であるのに、もしも、廃棄物処理法第7条第 2項の規定にそむき、恣意的に裁量権を濫用して新規に許可を与えられるようなことがあれば、違法な行政行為として、その処分の取り消しを免れることは出来ず、その違法な行政行為のために既存業者が蒙った損失を賠償する責めを負わねばならないことになりましょう。ご承知のように、公衆浴場の営業についても許可制が採用されていますが、京都市内で新規に許可申請をしたAに対して京都府知事が営業許可を与えたことから、Aの浴場の近くで以前から営業しているB、Cの両名が、Aに対する営業許可処分は無効であるとの確認を求めて提訴したことがあります。その裁判で、京都地方裁判所も、大阪高等裁判所も、B、Cの両名はAに対する営業許可処分の無効確認を求める利益を有しないものとして棄却したため、B、Cの両名が納得せず、Aに対する許可はB及びCに付与された権利の侵害であるのに、B、Cの両名には訴える権利がないとした原審判決は失当であるとして上告しました。
    その結果、最高裁判所は、昭和37年1月19日、原判決を破棄し、第一審判決を取り消し、京都地方裁判所に差し戻す決定をし、その判決理由を次のように判示しています。

    公衆浴場法は、公衆浴場の経営につき許可制を採用し、第2条において設置の場所が配置の適正を欠くと認められるときは許可を拒み得る旨を定めているが、その立法趣旨は、業者の濫立により、浴場経営に無用の競争を生じ、その経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響を来たすおそれなきを保し難い。このようなことは、公衆浴場の性質に鑑み、国民保健及び環境衛生の上から、出来る限り防止することが望ましいことであり、従って、公衆浴場の設置場所が配置の適正を欠き、その偏在ないし濫立を来たすに至るがごときことは、公共の福祉に反するものであって、この理由により公衆浴場の経営の許可を与えないことができる旨の規定を設けたものであることは、最高裁判所大法廷が昭和28年(あ)第4782号事件の判決で、同30年1月26日に判示しているところである。そして、同条は第3項において、浴場を設置する場所の配置の基準については、都道府県条例の定めるところに委任し、京都府公衆浴場法施行条例は、各公衆浴場との最短距離は250m間隔とする旨を規定している。
    これらの規定の趣旨から考えると、公衆浴場法が許可制を採用し、前述のような規定を設けたのは、主として国民保健及び環境衛生という公共の福祉の見地から出たものであることはむろんであるが、他面、同時に、無用の競争により経営が不合理化することのないように、濫立を防止することが公共の福祉のため必要であるとの見地から、被許可者を濫立による経営の不合理化から守ろうとする意図をも有するものであることは否定し得ないところであって、適正な許可制度の運用によって保護せらるべき業者の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず、公衆浴場法によって保護せられる法的利益と解するを相当とする。
    原判決並びに第一審判決がこの理を解せず、上告人(B、C両名)の本訴請求をもって訴訟上の利益を欠くものとして排斥したのは違法であることを免れず、この点において上告は理由がある。

    こうして、京都地方裁判所に差し戻され、改めて審議をやり直すこととなりましたが、結局、新規業者Aが営業をとりやめることで和解が成立し、この事件は解決しました。
    ところで、公衆浴場法は、第2条第2項において、『公衆浴場の設置の場所若しくはその構造設備が公衆衛生上不適当であると認めるとき、又は、その設置の場所が配置の適正を欠く』と認められるときは、許可を与えないことができる旨を定めているにすぎませんが、廃棄物処理法は、最初に申し上げましたように、第7条第2項において、『市町村による一般廃棄物の収集運搬及び処分が困難』な状態であり、『その申請の内容が市町村が定めた一般廃棄物処理計画に適合』するものであると認めるときでなければ許可をしてはならないものと規定しており、その規定について、厚生省では、市町村が直営事業として実施しているところでは、市町村の行う廃棄物の処理業務との調整ができた場合でなければ許可してはならないものであり、許可業者に代行させているところでは、すでに許可している一般廃棄物処理の処理業務との調整ができた場合でなければ許可してはならないものであると指示しています。組合管内の人口は年々減少し、それに伴って作業量は年を逐って減少しつつある状態において、既存業者との調整をすることなく、もしも新規許可を与えられた場合、既存業者が、その新規許可処分は無効であることの確認を求めて提訴するようなことがあれば、最高裁判所が公衆浴場営業許可無効確認請求事件の判決で示した法理によって、既存業者の主張は認められるものと思われます。くれぐれも裁量権を濫用されることのないように切望する次第です。」
    以上のような説明をしました。
  • 嶺北組合の町長さんたちは納得されましたか。
  • どうも困ったことになったなという感じが見受けられました。
  • 方針を決める前ならともかく、昨年の組合議会で許可を与えることを決定した後では、簡単に方針を変えるわけにはいかないという思いもありましょうからね。
  • 無理もないことです。
  • しかし、既定方針どおり新規許可を与えたら、廃棄物処理法第 7 条第 2 項の規定に背くものとして、その許可処分の無効の確認を求める訴訟が提起されるおそれがあり、その訴訟の結果は行政側が敗訴するかもしれないということがわかれば、いったん決定した方針だからといって強行するわけにはいかぬと考え直すのが当然の道理ではないでしょうか。
  • しかも、嶺北組合の場合は、次に説明するように、のっぴきならない決め手があったのですから、嶺北組合としても既定方針の変更を認めざるを得なかったものと思いますよ。
決め手となった亡父が遺した組合との損害賠償請求事件の和解書
  • のっぴきならない決め手となったのは、なんですか。
  • その日、嶺北衛生の佐賀野卓一さんが組合側に提出した『し尿処理組合対佐賀野氏損害賠償請求事件和解書』です。
  • 佐賀野さんが、嶺北組合を相手にして、損害賠償請求事件を起こしたことがあったのですか。
  • この佐賀野氏というのは、現在の嶺北衛生の佐賀野卓一さんや、嶺北浄管の佐賀野辰彦さんではありません。ふたりの父親に当たる佐賀野盛茂さんのことです。この方は既に亡くなっていますが、その佐賀野盛茂さんが、昭和48年2月に、当時の嶺北し尿処理組合の本山町長、土佐町長、大豊町長、大川村長、本川村長を相手に損害賠償を求めて提訴したものです。
  • そのときの和解書があったのですね。
  • そうです。提訴して1年半経った昭和49年8月 31日に、佐賀野盛茂さんが組合側が示した条件を呑んで訴訟を取り下げた折の『示談和解の条件』を明記した書類があったのですよ。
  • 先ず、どんなことから裁判になったのか、参考のために、説明してくれませんか。
  • そうですね。私の手許にその事件の訴状もありますから、内容を紹介することにしましょう。

    事件名 高知地方裁判所・昭和48年(ワ)第55号 損害賠償請求事件

    • 原告 高知県土佐郡土佐町田井1576 佐賀野 盛茂
    • 原告訴訟代理人 (弁護士)金子 悟
    • 原告訴訟代理人 (弁護士)土田 嘉平
    • 被告 長岡郡本山町 (代表者)本山町長 大石 里喜
    • 被告 長岡郡大豊町 (代表者)大豊町長 門田 成一郎
    • 被告 土佐郡土佐町 (代表者)土佐町長 浪越 三郎
    • 被告 土佐郡大川村 (代表者)大川村長 川村 重信
    • 被告 土佐郡本川村 (代表者)本川村長 伊東 励

    請求の趣旨

    被告らは、原告に対し、連帯して金814万円及びこれに対する本訴状送達の翌日から右完済にいたるまで年5分の割合による金員を支払え
    訴訟費用は被告らの連帯費用とする」
    との判決並びに仮執行の宣言を求める。

    請求の原因

    1. 当事者関係
      原告は、肩書住所において「嶺北衛生」の商号で被告ら嶺北5カ町村からし尿汲取処理の委託をうけて、し尿汲取業を行なっているものであり、被告ら各町村は、その区域内における一般廃棄物(廃棄物の処理及び清掃に関する法律第 2条第2項にいう一般廃棄物を指す)の処理に当る地方公共団体である。
    2. 原告のし尿汲取業の実績
      原告は、昭和32年から、前述のとおり被告ら高知県嶺北地方の5カ町村の全区域内のし尿汲取業を営み、長年の経験と実績をつみ重ね、設備、器材等も充実し、前記5カ町村民から誠実なし尿汲取業者として評価されていたものである。
    3. 清掃法改正と被告らの競業者に対する違法な取扱い
      1. 昭和40年、当時施行されていた清掃法が大幅に改正され、嶺北5カ町村についても町村から許可又は委託をうけて、し尿汲取を行うことになった。その結果、当然のことながら、原告は従来の経験と実績にてらし、被告5カ町村から、清掃法(昭和29年4月22日、法律第72号。但し現在は全文改正となり「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」昭和45年12月25日、法律第137号として施行されている。従って、以下前者を「旧法」、後者を「新法」と略称する)によって汚物の収集及び処分の委託をうけ、ひきつづき営業をしていた。
      2. ところが、被告ら5カ町村は、昭和42年6月、訴外小川今朝松に対して、原告と競業的に各町村区域の汚物収集、処分の委託をした。しかしながら、右小川は南国市のし尿汲取にたずさわっており、その設備、器材の規模からして、とうてい被告5カ町村の区域までし尿汲取をする能力はなく、必然的に第三者をして5カ町村区域のし尿汲取をさせるおそれが予見できたのである。
        このことは、昭和42年6月、被告5カ町村によって設立された「嶺北し尿処理組合」の委員会の席上で、原告も業者として出席した際、右組合長の大石里喜から「前記小川今朝松に本山町と大豊村(当時)の一部を汲取させることにするが、原告の業務を妨害することはさせないから諒承してほしい」と原告に内諾を求められたことがあり、原告も、右の一部区域ならやむをえないと考えて承諾した。という経過からして、被告らも十分予見しえていたのである。しかるに、被告らは5カ町村そろって、昭和42年6月、訴外小川今朝松に、し尿汲取を委託した。
      3. その結果、予想どおり小川は昭和42年10月、被告5カ町村区域のし尿汲取事業を訴外秋山健一に全部委譲し、その対価として100万円を小川は秋山から受け取っていたことが判明した(いわゆる権利売買をしていた)。この事実を原告は追及し、被告らに小川への委託取消を迫ったところ小川はその場をつくろうため秋山への事業委託を撤回し、一応この件はおさまった。
        しかるに、小川は昭和43年1月、またもや被告5カ町村区域のし尿汲取業を訴外小藪忠に、前同様100万円でいわゆる権利売買をなし、小川は小藪に2、3年まじめに外面をとりつくろっておけば、正式に小藪名義でし尿汲取をやれるように5カ町村に了解をつけてあるから、などとうそぶいていた。そして、小藪は、白昼堂々と被告5カ町村区域のし尿汲取を業として行うようになり、原告の営業と競合し、町村民との間で混乱がもちあがり、原告の営業は著しく苦境に立たされるにいたった。
      4. しかし、この小川への業務委託とその小藪への権利売買、事業委譲は明らかに旧法第 15条(汚物取扱業の許可)違反、及び旧法施行令第2条の2(汚物の収集及び処分の委託の基準)違反に該当するので、原告は被告ら5カ町村に対し、小川、小藪間の権利売買、事業委譲の事実を指摘して、小川への委託を取消すよう再三にわたって申し入れたが、被告らはまったくこの申し入れに耳をかさず、小藪の不法汲取を放置していたので、ついに、原告は昭和44年9月9日、高知地方検察庁に対し、小川、小藪両名を清掃法違反で告発した。その結果、検察庁では捜査が開始され、小川、小藪はともに担当検事の面前で権利譲渡の事実を自白したので、担当検事から被告5カ町村に対し、小川の委託取消等適切な行政処分をとるよう指示されたが、被告らはなんら小川に対し行政処分をとらず、漫然と小藪の不法汲取事業を放置させておいた。
      5. その後、昭和45年2月21日、小川今朝松が急死した。ところが、被告らは、前記のように、5カ町村区域の小川名義のし尿汲取委託が実質は小藪の不法汲取のためのカムフラージュであることを知っているにもかかわらず、小川今朝松の妻小川秋子に委託名義を変更することを指示して、いぜんとして小藪の不法汲取を続行させ、そしてついに、昭和46年6月、被告らはいずれも、その各町村区域内のし尿汲取の委託を新法第6条第3項、新法施行令第4条によって、訴外小藪との間で契約した。
      6. しかし、小藪との右委託契約は上述するところによって明らかなとおり、訴外小藪は旧法第15条、同法施行令第2条の2並びに新法第7条第1項、同法施行令第4条に違反して不法汲取をつづけて来たものであり、このような者にし尿汲取の委託をなすことは、新法施行令第4条第2号、(「受託者が法第25条又は第27条の罪を犯して刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から起算して2年を経過していない者であること」)の規定の趣旨に実質的に該当する者に委託させたこととなり、新法の理念からも違法なものである。
      7. 以上の如く、被告らが小藪に旧法及び新法違反のし尿汲取事業を続行させた結果,原告は後記の如く甚大な損害を蒙ったものであるが、被告らの右の違法行為は、各町村のし尿汲取の委託又は許可の業務を執行する被告各町村の代表である各町村長が、被告ら各地方公共団体の公権力の行使として、小川の委託を取消さず、また小藪に対し違法に委託させたことによるものであるから、被告らは国家賠償法第1条第1項により、原告の蒙った損害を賠償する責任がある。
    4. 原告の損害
      1. 原告は前記3のとおり、訴外小藪の不法汲取によって、被告5カ町村区域内におけるし尿汲取の営業を競業的に妨害され、原告の営業規模は少なくとも5割方減縮し、従って営業収益も半減するにいたった。
      2. 原告は、訴外小藪の不法汲取がなかったならば、被告5カ町村区域において、1日平均7,200リットルのし尿汲取をなしえたものであり、180リットル当りの汲取料が300円であったから、汲取料総額は、1日12,000円となり、そのうち経費は180リットル当り70円を要したので、経費総額は1日2,800円を要した。従って1日の純益は9,200円となり、1カ月25日平均稼動していたので、1カ月当りの純収益は23万円は下らなかった。
      3. しかるに、事業規模が半減したため、原告は1カ月11万5,000円の減収となった。従って本訴提起の日からさかのぼって、3年間の減収額は金414万円となる。
      4. さらに、原告は、被告らの小川に対する委託契約の続行(委託を取消さないという不作為違法)や、小藪に対する違法な委託行為に対し、再三被告らに申し入れをなしたが、優柔不断な態度に終始して原告を苦しめつづけ、また、前述のとおり、検察庁の捜査において不法権利売買の実体が明らかになっても、なお小川、小藪をかばうような不法な態度をとりつづけたため、原告は、昭和42年6月以来、無慮6年近く屈辱にみちた生活を強いられてきたものである。そして、営業収益は減退の一途をたどる有様であって、この間の精神的苦痛はまことに甚大なるものがあり、これを金銭によって償うとすれば金400万円を以って相当とする。
    5. 請求
      以上により、原告は被告らに対し、損害賠償として、各自金814万円(不真正連帯債務)及びこれに対する本訴状送達の翌日から右完済にいたるまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため、本訴に及んだ。
    佐賀野盛茂さんの訴訟代理人が提出した訴状の内容は、以上のとおりです。少々腑に落ちないところ、例えば、新法―つまり廃棄物処理法が施行されたのは昭和46年9月24日であるのに、まだ新法が施行される前の46年6月に、嶺北5カ町村が、新法第6条第3項、新法施行令第4条によって小藪との間でし尿汲取りの委託契約をした、というような箇所がありますが、この訴訟の本筋にさして影響を与えるような問題ではありませんから、とりあげてとやかく云う必要もありますまい。ともあれ、この訴状に書かれている内容が事実だとすれば、嶺北5カ町村がとった行為は、たしかに違法な行為と云わねばなりません。
  • 嶺北5カ町村の方でも落ち度があることを認めたからこそ、裁判で最後まで争わずに、示談で解決しようと考えたのでしょうね。
  • そうでしょう。和解書の内容は次のとおりですが、これを見ると、被告らが原告に頼みこんで取り下げてもらった事情がうかがえるようです。

    し尿処理組合対佐賀野氏損害賠償請求事件和解書

    1.事件名 昭和48年(ワ)第55号損害賠償請求訴訟
    2.示談和解年月日 昭和49年8月31日
    3.示談和解場所 土佐町役場会議室
    4.出席者 嶺北し尿処理組合長(本山町長)大石里喜
      同 副組合長(土佐町長)浪越三郎
      嶺北衛生代表者 佐賀野盛茂
    5.示談和解の条件  
    1. 嶺北各町村の行った業務委託については問題もあったが、従来の問題については円満和解し解消することとした。
    2. 嶺北し尿処理組合が現在し尿収集業務を許可している嶺北衛生(佐賀野盛茂)香長衛生(小藪忠)の二者に今後においても許可又は委託し、本組合の事業が円満に推進できるよう組合及び許可業者の連絡調整をはかり、相互に努力することを確認した。
    3. 上記条件のもとに、昭和48年2月9日、佐賀野盛茂氏が高知地方裁判所に提訴した損害賠償請求事件は、原告において取り下げることとする。
    昭和49年8月31日  
    長岡郡本山町 (代表者)本山町長 大石里喜 印
    土佐郡土佐町 (代表者)土佐町長 浪越三郎 印
    長岡郡大豊町 (代表者)大豊町長 門田成一郎 印
    土佐郡大川村 (代表者)大川村長 川村重信 印
    土佐郡本川村 (代表者)本川村長 伊東励 印
    土佐町田井 嶺北衛生 (代表者)佐賀野盛茂 印
  • この和解書に調印した町村長のうち、今も町村長をつとめている人が居ますか。
  • いや、ひとりも居ません。みんなその後やめてしまっています。
  • 組合の事務局長も次長も、このことは知らなかったのですか。
  • 知らなかったそうです。
  • 記録が残っていなかったのでしょうかね。
  • 記録は残っている筈ですよ。しかし、記録は残っていても、引き継ぎは受けていなかったでしょうし、そんな記録があろうなどとは思いもよらぬことだったのでしょう。
  • 嶺北衛生の佐賀野卓一さんや、嶺北浄管の佐賀野辰彦さんから、組合は死んだ親父とこんな約束をしているじゃないか、という申し入れはしなかったのですか。
  • 息子さんたちは、親父さんが嶺北組合を相手に裁判をして、組合側が今後は新規許可はしないから訴訟を取り下げてくれというので取り下げたと話していたのを覚えていて、そのときの書類がある筈だと探したけれども見当たらないので、はっきりした証拠がないのにいいかげんなことも云えないと考え、なにも申し入れはしていなかったのだそうです。
  • 探しても見つからなかった大事な書類が、どこから出てきたのですか。
  • 佐賀野さんが、私に相談をしてきた後で、もう一度念のために探していたらほかの書類の間にはさまっていたのが見つかったのだそうですよ。
  • その大切な『和解書』が、嶺北組合から呼び出しを受けていた1月22日に間に合うとはね……。
  • だから、私はおふたりに言いましたよ。それは、あなたたちが見つけたのではなく、お父さんがあなたたちの眼につくように仕向けてくださったのですよ。親の恩を忘れてはいけません。とね。
  • 嶺北組合の町長さんたちも、初めて見る『和解書』に驚かれたでしょうね。
  • ええ。大変な驚きようでした。組合長の本山町長をはじめ、土佐町長も、大豊町長も、異口同音に、こういうことがあったとは知らなかったが、こんな重要な資料を出してもらった以上は、方針を変えねばならなくなりました。と云って新規許可は出さないことを確約してくれました。
  • そうでしょう。嶺北組合管内の人口は、組合が佐賀野盛茂さんと約束した当時よりも減少しているのに、その約束を破るわけにはいきませんからね。
  • それにしても、佐賀野盛茂さんは、昭和48年当時に、よくぞ思い切って行政側を相手に訴訟をおこしたものと感心しました。この業界では、こんな場合えてして泣き寝入りするものですが、やはり泣き寝入りしてはいけません。佐賀野盛茂さんが思い切って訴訟にもちこんだからこそ、示談和解となり、その和解書が、息子さんの時代になって、ものを云い、新規業者の出現を妨ぐことができたのですからね。
  • しかし、訴訟にもちこむ前に、行政側に、違法な行政処分をすれば訴訟沙汰に発展し、そのあげくは敗訴することになることを知ってもらい、そんな結果を招くことのないよう、適法に処置してもらうように、早めに申し入れをすることが大切ですね。
  • そうですとも。行政側が方針を決める前に話し合いをする必要があります。廃棄物処理法の規定について十分に理解している市町村長は少ないし、事務当局の担当者の中にも関係法令についての認識が十分でない人たちが居ます。そんな人たちの間でいったん方針を決めるというと、後では、その方針を変更させることは容易ではありません。くれぐれも手おくれにならないように注意することが肝要です。