清研時報

1988年11月号

判例の無批判な解釈が混乱を招いた浄化槽清掃業の新規許可申請問題
  1. 行政行為を惑わす法律軽視の風潮
  2. 本末を転倒した浄化槽汚泥の処理計画
  3. 判断を迷わせた判例についての無批判な解釈
行政行為を惑わす法律軽視の風潮
  • 東北地方のX市で発生した浄化槽清掃業の新規許可申請問題は、無事に解決したようですね。
  • ええ、申請者が申請を取り下げる形をとって解決しました。
  • X市では許可する方針だったのではありませんか。
  • そんな雲行きでしたね。
  • それが、どうして、そんなことになったのでしょうか。
  • X市の担当者にも、どうすることが適法な処置であるかということがわかったからでしょうね。
  • 許可する方針を固めていた市の担当者を、どう云って説得したのですか。
  • X市の新規許可申請問題は、この春退職した担当者が在任中に発生したもので、その担当者が許可する方針だったようです。私がX市の浄化槽清掃業者の組合からの連絡でX市を訪ねたのは3月28日の朝のことでした。話を聞いてみると、市の担当者が申請者に対して許可をするから車を買えと指示しており、申請者はその指示に従って車も購入している有様だから、きっと許可する筈だ。そこで、組合としては、その許可処分を取り消してもらうために訴訟を起こす方針を決めたのだが、それにはどうしたらよいか、相談にのってもらいたい、ということでした。
  • 市の担当者が、申請者に、許可をするからバキュームカーを買うようにと指示していたのですか。
  • 市の担当者がそんなことを云ったとは考えられません。浄化槽法の規定により、申請者が自吸式ポンプその他の器具をもっていなければ許可してはならないことになっているので、そのことについて説明することはありましょう。それを申請者の方で勘違いしたのではないでしょうか。
  • なるほど。
  • 許可が出た後で、その許可処分は無効だという訴訟を起こすよりも、許可が出ないように全力を尽くすのが先決ですから、申請者のことを、いろいろと尋ねてみました。そして、申請者が、有限会社法に定める競業避止義務に違反する疑いがあるということがわかりました。
  • それは、どんなことですか。
  • 有限会社法では、取締役が自己又は第三者のために会社の営業の部類に属する取引をするには、社員総会でその取引について重要な事実を開示し、その認許を受けなければならないことになっていて、その認許は、総社員の半数以上で、総社員の議決権の4分の3以上を有する者の同意をもってする特別決議によらねばならない、定められています。
    ところが、申請者の有限会社A社の代表取締役Bは、X市の許可業者である有限会社C社の取締役であり、Bが浄化槽清掃業の許可申請書に添付しているA社とC社の間で締結した委託契約書……これはA社が浄化槽の清掃に当たって引き出した汚泥の収集運搬はC社が引き受けるというものですが、その契約書については、C社の代表取締役であるDは全く関知していないと云っているということでした。そこで、私はDに会って真相を確かめようとしたのですが、Dは入院中で、面会が出来ない状態だというので、Dに会うのは諦めて、直接某市議会議員といっしょに市長に会うことにしました。
  • 市長とだけ会ったのですか。
  • いや、市長室に担当者にも来てもらって、2人に会いました。
  • そこで、どんな話をしたのですか。
  • 新規に許可申請をしているA社の昭和63年3月17日付の登記簿謄本と、そのA社の代表取締役Bが取締役を勤めているC社の同日付の登記簿謄本に、両社とも、目的を、「1.し尿浄化槽の汲み取り、清掃及びその維持管理、2.前号に付帯する一切の業務」と全く同じにしていることを示し、法人の許可申請については、厚生省関係浄化槽法施行規則第10条第2項第1号により、会社の登記簿謄本を申請書に添付しなければならないことになっているので、市の担当者は、新規の許可申請をしたA社の代表取締役であるBが、既存の許可業者であるC社の取締役でもあることに気付いていた筈です。
    当然、Bに対して、有限会社法第29条の『競業避止義務』の規定に基づき、C社の社員総会において、BがX市で浄化槽清掃業を営むことについての特別決議による認許を受けたことを証する議事録を提出させ、それを確認しなければならなかった。C社が所定の手続きをとっておれば、Bはそのことを証する書面を提出している筈だし、その書類の提出がないかぎり所定の手続を経ていないものと思われるが、そうだとすれば、Bは有限会社法の規定によりX市において浄化槽清掃業を行う資格に欠ける者といわねばならない。その資格のない者に許可を与えることは違法であることを指摘しました。
    次に、昭和63年3月10日付でA社がC社と取り交わしている委託契約書を示し、第2条に「C社は前条によりA社から委託があった廃棄物について支障を及ぼさない範囲において収集運搬するものとする。」とあるが、X市では浄化槽汚泥について業者別に処理場への投入量を制限しており、C社が1日に投入できる量は僅か4.2klである。業者は誰でも自社の営業を優先的に考えるもので、自社の営業を休んでまで依頼者のために便宜をはかることはあり得ない。「支障を及ぼさない範囲において収集運搬する」という約束は、「自社に支障があるときは収集運搬はしない」という約束でもあるわけです。6日間は1日に4トン車1台分、7日目毎に4トン車2台分の範囲でしか仕事をすることの出来ないC社にしてみれば、殆ど毎日が「支障があるとき」に当たるものとみなければなりますまい。そうすれば、A社は、浄化槽から引き出した汚泥をその場に放置するか、もしくは違法にこれを収集し運搬するほかはない。これはまさに浄化槽法第36条第2号ホに定める「その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」に該当するもので、このような者に許可をしてはならないと定められていることを説明しました。
    そして、BはC社から400基の顧客を分けてもらい、その清掃をするのだと云っているという話を聞いていましたので、BがC社から分けてもらう浄化槽の清掃をするだけなら、C社の内部でBとDが相談してやればよいことで、なにもBが別個に許可をもらう必要はない。C社とは別個に許可をもらいたいというのは、C社から分けてもらう400基のほかにも顧客を増やしたいからこそのことである。Bが顧客を獲得しようとすれば、既存の許可業者たちの顧客が荒らされることになる。既存の許可業者たちは、もしもBに許可が与えられれば、その行政処分により「損害を受けるおそれのある者」に当たるわけで、行政事件訴訟法の規定により、Bに対して与えられた違法な許可処分の無効確認を求めて提訴する肚(はら)を固めていますよと注意しました。
    また、X市では、昭和70年度末には人口比50%の水洗化をめざして下水道整備事業が進められているが、下水道の整備に伴って業務の縮小を余儀なくされる業者に対しては、下水道の整備等に伴う一般廃棄物処理業等の合理化に関する特別措置法により、補償金を交付するなどの措置を講ずべきものとされており、近い将来に補償せねばならなくなる業者の数を増やすことは妥当な策とは云えない筈だということにも言及して、不用意に許可証を交付するようなことがないようにしていただきたいと要望しました。
  • 市長は、わかってくれましたか。
  • そうですね。私からBを説得してくれと云われましたよ。しかし、市の方で許可すると云っておれば、外の者が説得しても聞く筈はない。市の担当者が説得すべきだと云い残して帰りました。ところが、4月25日、X市の組合から電話があり、市の担当者が、BはC社の取締役を辞任したので、有限会社法の規定に違反するところはなくなった。許可する方針だと云っていると知らせてきたので、早速駆けつけました。そして、その日付のC社の登記簿謄本を見たのですが、なるほど、Bは4月1日付でC社の取締役を辞任し、4月18日に登記を終わっていました。私が市長と担当者に会って申し入れたのが3月28日でしたから、おそらくその後で市の担当者がBに注意したものと思われます。
  • 明らかな脱法行為ではありませんか。そうまでして許可しなければならない義理でもあったのかと勘ぐられても仕方ありませんね。
  • そんなこともありますまい。要は関係法令や判例などに対する認識不足に起因するものです。
本末を転倒した浄化槽汚泥の処理計画
  • X 市では浄化槽汚泥の処理場への投入量を業者別に制限していて、C 社に対しては1日4.2klと決めているということでしたが、ほかの業者たちの投入割り当てはどれくらいですか。
  • 1日の投入量を7.8klに制限されているのが、4社、4.2klに制限されているのがC社を含めて2社、3.6klに制限されているのが3社です。
  • 1日の投入量が3.6klといえば4トン車1台分ですが、4トン車1台分の仕事しか出来ない業者が3社もいるのに、そこへ新規業者を許可して、投入割り当てはどうするつもりだったのでしょうか。
  • 3月28日に市長と会った後で、別室で、組合の業者たちといっしょに市の担当者と話し合いましたが、そのとき、担当者は、これまでの実績によれば、業者の中には投入割り当てを下回っている人たちが居るので、新規業者が加わってもその点は心配ないと云っていました。そこで、浄化槽の汚泥は汲み取り便所のし尿と違い、一般家庭の5人槽でも分離ばっ気方式のもので1回当たり約1.6klを引き出すことになる。投入制限をオーバーするわけにはいかないので、いきおい割り当て量を下回って投入することになるが、それを、割り当て量を下回って投入している業者が居るから新規業者を加えても差し支えないと考えるのはおかしいのではないか、と注意しました。
  • 業務の実態を知らない机上の論理ですね。
  • X市に設置されている浄化槽は約5,000基ということです。それらの浄化槽は法律の定めるところに従って毎年1回、全ばっ気方式の浄化槽にあってはおおむね6月ごとに1回以上清掃しなければならないわけですが、既存の業者たちは5,000基の浄化槽について所定の清掃を実施するに必要な能力を備えているのに、汚泥の投入を制限されているため、余力を残して仕事の量を制限している現状です。業者たちはそのことを担当者に訴えていました。
  • 市の担当者は、なんと答えていましたか。
  • 汚泥の投入量を制限しているのは、処理施設の処理能力を考えてのことであって止むを得ない処置だ、と云っていました。そこで、これは他の市町村でも例のあることだが、処理施設の処理能力を考えて投入量を制限する。そして、処理施設に投入できないし尿や浄化槽汚泥については、別途に処理する方策は講じない。それでよいと考えている。もちろん、これは間違った考えで、処理施設の処理能力が不足するからといって、投入量を制限することは出来ても、住民の排泄量を制限することは出来ない。市町村は、その区域内の住民が排泄したし尿や浄化槽に生じた汚泥について、一定の処理計画を定め、その計画に従って、生活環境の保全上支障が生じないうちに収集し、運搬し、処分しなければならない義務を負うものであり、処理施設の処理能力を基準にして処理計画を立てるというのは本末を転倒するものである。処理施設の処理能力が不足しておれば、施設を増設すべきであり、それが困難な事情があるのであれば、関東、東海、近畿、中国、九州などの市町村が実施しているように海洋投入処分に付するなどの措置を講ずべきだということを強く指摘しておきました。
    もっとも、この問題は、担当者だけを相手に話をしただけで解決する問題ではありません。私が2度目にX市を訪ねた翌日、組合では、市長や、市議会議長、それに市議会議員全員に対して『浄化槽清掃業の新規許可問題について』と題した陳情書を提出し、その中でもこの点にふれていました。このことは、折にふれて繰り返し繰り返し主張する必要があります。
  • そうですね。し尿や浄化槽汚泥の処分については、清掃法当時から多くの市町村が法の規定を無視してきた傾向があります。処理施設を整備するまでは、許可申請者に貯溜槽を設置していることを条件として許可を与えていましたし、処理施設が整備されてからは、施設の処理能力から計算して投入量を制限し、投入できないものについては別途に処分する方策を講じようともせずに知らん顔をしているところが少なくありませんからね。
  • ことの重大さがわかっていないからですよ。清掃法当時も法第6条第 1、2項の規定に反するものでしたし、現在でも廃棄物処理法第 6 条第1、2項の規定に反し、地方自治法別表第2の2の(11)の規定に背くものです。法律軽視の風潮は改めさせねばなりませんね。
判断を迷わせた判例についての無批判な解釈
  • ところで、2度目にX市に行かれたときは、また市長と会ったのですか。
  • いや、市長とは会いませんでした。市長の都合で、4月28日の午後、組合の全員と会うことになりましたが、私はどうしても27日の夜までに帰宅しなければならない用事がありましたので、4月1日の異動で代わったという新しい担当者にだけ会いました。
  • 新しい担当者も新規の許可を出す方針だったのですか。
  • その方針だったようです。実は、新しい担当者から組合員全員が4月27日の午後役所に呼ばれていて、どうやら、その席で新規許可を出す方針を申し渡す肚(はら)のようだということだったので、急いでX市に出かけたわけですし、私も同席するつもりでした。ところが、先方が、組合員たちと会う前に、組合の理事長と2人だけで来てくれというので、先方の意向に従って2人だけで会いに行きましたが、話を聞いていて、たしかに新規許可を出す方針を固めているのだなということがわかりました。
  • どんな理由で新規許可を出すことにしたと云っていましたか。
  • 各地で発生した訴訟事件の判例を調べたら、浄化槽清掃業の不許可処分の取り消しを求めた事件では行政側が敗訴し、既存業者が新規許可の無効の確認を求めた事件では行政側が勝訴している。今度の申請を不許可にして、その処分の取り消しを求めて提訴されたら勝つ見込みがない。それにひきかえ、許可をして、既存業者から新規許可は無効であるという訴えを起こされても負ける筈はない。許可をしても不許可にしても裁判沙汰になるのであれば、敗訴しない方を選ばざるを得ない。という意見でした。
  • 浄化槽清掃業の不許可処分の取り消しを求めた訴訟事件は、いくつかありますが、行政側が必ず負けると決まったものではないではありませんか。負けたところの方が多いけど、勝ったところだってありますよ。だいたい、その担当者は4月1日の異動で就任したばかりというじゃありませんか。あなたが会われた4月27日までの僅かな間に、各地の判例について十分に調べることが出来たのでしょうか。
  • いや、それは、ほかに課長も居れば係長も居ますからね。しかし、一般に、行政側が負けた裁判の結果だけを見て、どんな主張をしたから負けたのかという点を分析し、どんな主張をしておれば負けずに済んでいただろうかということを検討するようなことはしませんからね。
    そこで、大分地方裁判所昭和56年(行ウ)第2号事件や、岐阜地方裁判所昭和58年(行ウ)第1号事件、山口地方裁判所昭和60年(行ウ)第1号事件などでは、いずれも行政側が勝訴していること、行政側が敗訴した福岡県の田川市、川崎町、添田町外三ケ町村清掃施設組合の事件や、都城市の事件、岐阜市の昭和51 年の事件、豊田市の事件、宮崎市の事件などは、いずれも行政側が裁判で誤った主張をしたために敗訴したものであることを指摘し、許可の基準に適合していない者については、それを理由として不許可処分とし、提訴されたら、申請者が許可の基準に適合していないので不許可にしたのだということを証明すれば、行政側が敗訴する筈はない、と説明しました。
    また、許可の基準に適合しない者に許可を与えた場合、そのために損害を受けるおそれのある既存の許可業者が、新規許可の無効確認を求めて提訴しても行政側が負ける筈はないと云うが、判例は広島地方裁判所昭和53年(行ウ)第31号事件の1例があるが、その事件も、1審で敗訴した広島県高田郡吉田町の高田環境衛生興業株式会社の代表者に会って調べてみたら、1審で負けたので控訴したものの、委任していた弁護士の意向に従って取り下げたということだった。ところで、最高裁判所が昭和37年1月19日に判決した公衆浴場営業許可無効確認請求事件の判例によれば、1審、2審とも、既存の業者は訴訟上の利益を欠くものとして請求を棄却したが、最高裁判所はそれを違法として、京都地方裁判所に差し戻す決定をしており、その判決理由の中で、既存業者の営業上の利益は「適正な許可制度の運用によって保護せらるべき」ものであると判示している。判例については、勝った、負けたの結果だけを見ないで、訴訟記録をよく調べて、勝因や敗因を検討する必要があることを指摘しました。
  • 担当者は、黙って聞いていましたか。
  • いや、自分の方でもいろいろ調べているということでした。ところが、後で聞いたところによれば、どうやら、X市の担当者は、≪判例地方自治≫の昭和62年9月号に掲載されていた某弁護士の執筆による法律相談を参考にしていたようです。
  • その≪判例地方自治≫には、どんなことが書いてあったのですか。
  • 書いたのは、昭和56年5月、当時騒がれていた浄化槽法案要綱(案)について、日本環境保全協会の会議室で対談したことがある弁護士ですが、『一般廃棄物処理業の許可等と市町村の立場―不許可処分などと訴訟―』という見出しで、質問に対する回答の形で執筆したものです。字数は2,000字あまりの短いもので、浄化槽清掃業の許可に関しては、田川市や川崎町などの事件と、都城市の事件の2つの判例を参考として、申請者が法の要件に該当する限り必ず許可を与えなければならない、と述べていて、新規許可に対する既存業者の訴訟の可能性については、広島県高田郡の事件を参考として、既存業者は原告適格を欠くということになるだろう、と述べています。しかし、X市の担当者たちがその≪判例地方自治≫の昭和62年9月号を参考にしていたようだということは、後でわかったことで、そのときは、もっと多くの判例について調べたのだろうと考えましたよ。
  • いろいろ調べたと云えば、そう思うのが当然でしょうね。
  • そこで、どのように調べても、判例は「申請者が許可の要件に適合している限り市町村長は必ず許可を与えなければならないものと解すべきだ」と判示してはいるが、「申請者が許可の要件に適合していなくても許可を与えなければならない」と判示したものはない。今回申請しているA社は、明らかに法に定める許可の要件に適合していないのであるから、それを理由に不許可にすべきものであり、仮にA社が不許可処分の取り消しを求めて提訴したとしても、裁判で誤った主張さえしなければ、決して負ける気づかいはない、と説明しました。
  • 担当者は、納得しましたか。
  • いや、A社は浄化槽法第36条に定める許可の基準に適合しているので、不許可にするわけにはいかないという姿勢を崩そうとはしませんでした。そこでA社が、申請書に添付しているA社とC社の浄化槽汚泥の収集運搬に関する委託契約書によれば、C社は自社の営業に支障を及ぼさない範囲で汚泥の収集運搬を引き受けると約束しているが、C社の投入割当量は1日4.2klである。1日に4トン車1台分の投入しか許されていないC社が、自社の仕事を休んでまでA社の汚泥を収集し運搬すると考えられるのか。C社が汚泥の収集運搬を引き受けなければ、A社は汚泥をその場に放置するか、又は違法に収集し運搬するほかはない。これは、まさに浄化槽法第36条第2号ホの規定に該当するもので、このようなものには許可をしてはならないと定められているではないか。組合では、今日午前中に、市長や市議会議長に対して陳情書を提出し、市議会議員全員に対しても同じ内容の陳情書を差し出した。また、明28日には、某市議会議員のあっ旋で、組合員全員と市長との会談も約束されている。急いで許可証を交付するようなことはしないように、と念を押しました。
  • それにしても、X市では下水道の整備事業が進められていて、昭和70年度末には人口比50%の水洗化をめざしているということでしたが、そんな状態の中で、補償の対象となる業者の数を増やすというのは、どういうことでしょうか。まさか、下水道の整備に伴って業務の縮小を余儀なくされる業者に対して補償などする考えはないというのではないでしょうね。
  • 以前に、X市のある市会議員から、担当者たちは補償のことなど考えてはいないようだと聞いた覚えがありましたので、そのことにふれたところ、担当者は、「いや、そんなことはない。補償の問題は将来のこととして、もちろん考えている。」と説明しましたよ。
  • それなら、なおさら、補償しなければならない業者の数をふやすのが妥当なやり方かどうか、わかりそうなものではありませんか。
  • その点も指摘しました。その日は、組合員全員が担当者に呼ばれていて、隣りの部屋で待機していましたので、会談を打ち切り、担当者と組合員たちの会合の結果を待つことにしました。
  • 結果は、どうでしたか。
  • さすがに、新規許可を出すと申し渡すようなことはしていません。その会合には、A社との間の汚泥収集運搬契約書に捺印しているC社の代表取締役Dも出席したのですが、自分はその契約書に捺印した覚えはないということでした。そこで、それならば、そのことを正式に文書をもって市長に上申しておく必要があるというので、Dをはじめ組合員全員がそろって市内の弁護士を訪ね、その弁護士の名前で、次のような上申書を作ってもらい、それを持参して28日に市長と会ったそうです。

    上申書

    X市浄化槽協同組合の委任を受け、代理人として次のとおり上申します。

    1. 有限会社A社(代表取締役B)は、X市に対し、浄化槽法35条による浄化槽清掃業の許可申請をしており、これに対し、X市では近日中に浄化槽清掃業の許可を与えるやに聞き及んでおります。
    2. X市では右の問題については深く検討されていることと思われますが、当職が関係書類によって知り得る範囲に限ってみても、次のような看過し得ない重大な事実が判明しましたので、再度ご検討下さるよう上申に及ぶ次第です。
      1. X市に提出されているA社と前記協同組合の組合員であるC社間の昭和63年3月10日付委託契約書は、C社の代表取締役Dの入院中に、同人の意思に基づかずに作成されたもので、法律上無効であること。
      2. したがって、仮にA社に浄化槽清掃業の許可を与えたとしても、C社はA社から廃棄物の収集、運搬の委託を受ける意思がないこと。
      3. また、C社は、A社から委託を受けたと仮定しても、現実の問題として「廃棄物について支障を及ぼさない範囲において収集、運搬する」ことは不可能なこと(この点については、データーの整備されているX市において、特に事実に則した再点検をお願いするものです)。
      4. 右のように、委託契約が無効であるため、A社は収集、運搬の方法がないこと。
      5. したがって、A社は廃棄物を放置するか、違法に収集、運搬するなどの違法行為に出るほかないので、その業務に関し不正または不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由があり、許可基準を充たさないものと考えます。
    3. さらに別の観点からみれば、A社の業務はC社の業務と同一であるところ、許可を得て独立して前記業務を行うことは競業避止義務に違反すると解されるが、C社の取締役であるB氏は、社員総会の特別決議による認許を得ずに、前記委託契約を締結した形式をとって前記許可申請をし、のちにその違法性を指摘されてC社の取締役を辞任したとしても、かかる行為は明らかに脱法行為で、法的に許されないものと考えざるを得ません。
    4. このように両当事者間には民事的に委託契約の効力を否定すべき事実が判明し、事案の解明によっては刑事問題に発展するおそれのある本問題について、X市がこの段階で行政上の許可を与えることは、争訟に発展するおそれが十分予測される状況にあります。
    5. したがって、本問題については、X市において抜本的に再調査くだされたく、ここに資料を添付して上申に及ぶ次第です。なお、右上申はX市浄化槽協同組合の組合員の意思に基づくものであります。
  • その上申書に添付されていた資料というのは、どんなものですか。
  • C社の代表取締役であるDが、昭和63年3月10日付の委託契約書は自分が入院中に作成されたもので、自分は全く関知していない。また、C社の社員総会を開いて、BがX市でC社と同じ仕事をすることを認める決議をしたこともないという内容を書いて、自ら署名捺印した『確認書』と、X市浄化槽協同組合の『委任状』です。
  • 組合の委任を受けた弁護士の上申書にDの確認書を添えて提出したとすれば、市長は驚いたでしょうね。
  • 4月28日の夕刻、組合の理事長から、「今日市長に会ったところ、市長は検討してみると答えた」と、電話で知らせてきました。それで一件落着したのだろうと思っていたところ、5月19日、X市の組合から、「市の担当者が、判例によれば、不許可にした場合、不許可処分の取り消しを求めて提訴されたら行政側が負けるが、許可した場合、既存業者が許可処分の無効確認を求めて提訴しても行政側が負けることはないので、許可する方針だ。既存業者が汚泥の収集運搬を引き受けないようだから、汚泥収集運搬業の許可も出すと云っている。5月23日に民生常任委員会が開かれ、担当者がその判例について説明するらしい。」と、連絡してきました。
  • おかしいですね。4月27日に新しい担当者に会われて、浄化槽清掃業の不許可処分取消請求事件では、行政側が負けているところもあるが勝ったところもあり、負けたところは誤った主張をしたために敗訴したものであることや、最高裁判所が公衆浴場営業許可の無効確認請求事件で、既存業者は訴訟上の利益を欠くものとして排斥した2審の判決を破棄し、1審の判決を取り消したことについても説明しておられたのに、わかってはいなかったのですか。
  • 口頭で説明しただけでしたからね。そこで、手おくれになってはまずいと考え、早速出かけて行ったわけですが、X市の担当者は、≪判例地方自治≫の昭和62年9月号に、大阪の某弁護士が、2、3の判例を引用して許可問題についての法律相談に回答したものを参考にしていることがわかりました。そして、その≪判例地方自治≫を5月23日の民生常任委員会に資料として提出するだろうということでした。
  • そうすれば、民生常任委員会の委員の皆さんも、不許可にしたら、訴えられて、市が敗訴するものと信じてしまうおそれがありますね。
  • 私もそう考えたので、次のような説明書を書いて、民生常任委員会の委員の皆さんに検討してもらうことにしました。

    浄化槽清掃業並びに浄化槽汚泥収集運搬業の新規許可問題について

    1. X市では下水道整備事業が進められていますが、「下水道の整備等に伴う一般廃棄物処理業等の合理化に関する特別措置法」の一部が改正され、下水道の整備に伴って業務の縮小を余儀なくされる一般廃棄物処理業者及び浄化槽清掃業者に対する補償問題は避けて通ることが出来なくなりました。今回の申請を許可すれば、次回以後も同じ条件の申請については、やはり許可しなければならなくなります。次回以後は不許可にするのであれば、今回も同じ理由によって不許可にすべきは理の当然でありましょう。下水道の整備に伴って補償しなければならなくなる業者の数を増やすことは、即ち住民の負担を増やす結果を招くものであり、妥当な行政行為とは云えない筈です。不許可処分取消請求事件で行政側が勝訴した大分地方裁判所昭和58年(行ウ)第2号事件の判例によれば、臼杵市は、公共下水道の一部の供用開始を不許可処分の理由の1つに挙げていますし、同じく行政側が勝訴した岐阜地方裁判所昭和58年(行ウ)第1号事件の判例を見ても、岐阜市は、下水道の整備作業が進められて業者の数を増やす必要がなく、かえって業務の縮小に伴う補償問題の解決を困難にすることを不許可処分の理由の1つに挙げています。
    2. 浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集運搬を業として行うには、廃棄物処理法第7条第1項の規定により市長の許可を受けなければなりませんが、同条第2項第1号により、市長は「当該市町村による一般廃棄物の収集、運搬及び処分が困難である」と認めるときでなければ、許可をしてはならないと定められています。この規定について、厚生省水道環境部は、≪廃棄物処理法の解説≫の中で、市町村が許可業者に一般廃棄物処理業務を代行させているところでは、「すでに許可した一般廃棄物の処理業務との調整ができた場合」でなければ許可してはならないものだ、と解説しています。
      X市では既に9名の業者が許可を受け、市が定める業者別投入計画に従って業務を実施しており、市の代行としての業者による一般廃棄物の収集、運搬が困難である状態ではありません。かかる状態において、既存業者の処理業務との調整ができないのに、許可を与えるようなことがあれば、明らかに廃棄物処理法第7条第2項に違背することになります。
      また、浄化槽清掃業を営むには、浄化槽法第35条第1項の規定により市長の許可を受けなければなりませんが、浄化槽汚泥の収集運搬業の許可を受けていない者が、浄化槽の清掃の際、槽内から引き出した汚泥をその場に放置したり、又は違法に収集運搬するおそれがあると認められるときは、同法第36条第2号ホの規定によって許可してはならないものと定められています。法の規定に背いて違法な許可をすることはできません。
    3. 市当局は、判例によれば、申請を不許可処分にして、その取り消しを求めて提訴された場合、行政側は勝つ見込みがないと云っていますが、それは、判例の一部を結果だけ見て、内容を十分に調べていないからです。
      1. 浄化槽汚泥の収集運搬を目的とする一般廃棄物処理業では、申請を不許可にして行政側が敗訴したのは静岡県南伊豆町(静岡地方裁判所昭和59年4月26日判決)の例がありますが、福岡県田川市及び川崎町及び添田町外三ケ町村清掃施設組合は最高裁判所昭和60年10月1日判決(福岡地方裁判所判決昭和57年12月22日、福岡高等裁判所判決昭和59年5月16日)で勝訴し、岐阜市も岐阜地方裁判所昭和60年3月25日判決で、宮崎市も宮崎地方裁判所昭和61年3月31日判決で、それぞれ勝訴しています。
      2. 浄化槽清掃業の不許可処分取消請求事件では、前記福岡県田川市及び川崎町及び添田町外三ケ町村清掃施設組合や、同宮崎市、同静岡県南伊豆町が敗訴し、そのほか、岐阜市が前記の事件の前の事件で岐阜地方裁判所昭和55年11月5日判決で、都城市が福岡高等裁判所宮崎支部昭和60年8月9日判決(宮崎地方裁判所判決昭和54年7月13日)で、豊田市が名古屋高等裁判所昭和59年6月18日判決(名古屋地方裁判所判決昭和57年8月27日)で、いすれも敗訴しているものの、大分県臼杵市は大分地方裁判所昭和58年11月21日判決で、岐阜市は2度目の訴訟で岐阜地方裁判所昭和60年3月25日判決で、ともに勝訴しています。
      3. 判例を個別に検討すれば、敗訴したところは主張を誤ったがために敗訴し、勝訴したところは主張を誤らなかったので勝訴したものであることがわかります。敗訴した行政側の主張を要約すれば次のとおりです。(略)
    4. 市当局は、また、判例によれば、申請を許可して、既存業者からその営業許可の無効確認請求の訴えが提起されても、行政側が負ける筈はない、と云っています。おそらく、広島地方裁判所が昭和55年6月18日に判決した事件の結果だけを見て、そのように考えているものと思われますが、この事件は、広島県高田郡衛生施設管理組合を相手として高田環境衛生興業株式会社(代表取締役茂本啓植)が提訴した一般廃棄物処理業許可等取消請求事件で、裁判所が、原告は許可処分の取り消しを求めるにつき法律上の利益を欠き、提訴する原告適格を有しないとして却下したものです。高田環境衛生興業株式会社は判決を不服として控訴しましたが、訴訟代理人の言葉に従って訴訟を取り下げています。この判例は地方裁判所のものですが、参考とすべき最高裁判所の判例があります。最高裁判所がその判決理由の中で示した法理は、このたびのX市の場合も適用されるものと思量します。
  • この説明書には、行政側が敗訴した事件について、行政側はこんな主張をしたから負けたのだということを、個別に指摘しておられますね。
  • ええ、それを知ってもらう必要があると考えたからです。それに、最高裁判所が、公衆浴場の営業に関して、既存業者は、新規業者に対する営業許可の無効の確認を求める原告適格を有すると判示した判決文も添えておきました。
  • やはり、判例については、結果だけで判断せずに、どんな主張をしたから負けたのかということを検討することが大切ですね。
  • そうです。
  • 民生常任委員会の結果は、どうなりましたか。
  • 5月23日の民生常任委員会は、いわば予備審査のようなもので、6月の市議会が開かれてから本格的に審議されることになっていたのですが、その予備審査のための民生常任委員会が開かれることになっていた23日の朝、組合の理事長が市の担当者に呼ばれて出向いたところ、許可申請をしていたA社が申請を取り下げたことを知らされたそうです。
  • 申請者が自発的に許可申請を取り下げたのでしょうか。
  • 自発的に取り下げたのか、誰かが取り下げるように説得したのか、それは知りませんが、いずれにしろ、訴訟沙汰に発展するようなこともなく解決したのですから、ご同慶のいたりと云わねばなりません。
  • そうですね。訴訟沙汰にまで発展すれば、どちらが勝つにしろ、判決が出るまでには相当の年月がかかりますから、訴訟沙汰に発展しないように、行政側も、業者側も、できるだけの努力をする必要がありますね。
  • そのとおりです。双方が話し合いを重ねるという努力をするだけでなく、行政側も、業者側も、関係法令について十分な知識をもつための努力もしなければなりません。また、判例については、行政側がどんな理由で不許可にし、裁判でどんな主張をしたから負けたのかを検討してみる必要があります。行政側は、関係法令にのっとって不許可にすべきだと判断したら、申請者に不許可にしなければならないわけをよく説明してやれば、不許可処分を受けても納得する筈です。仮に納得せずに提訴したとしても、不許可にした理由についての主張を誤らなければ、行政側が敗訴する筈はありません。
  • ところが、行政側が敗訴した訴訟記録を調べてみますと、行政側の訴訟代理人をつとめた弁護士さんたちが、関係法規を無視したとんでもない主張をしていることに気づきますね。
  • 不慣れな特別法に関する事件ですからね。やはり市町村の担当者が、関係法令や厚生省の行政指導などについて、よく説明する必要がありますよ。過去の訴訟事件についても、主張を誤っている箇所を指摘して、参考にしてもらうようにしなければなりますまい。それでは、新規許可をめぐるトラブルは今後も後を断たないと思われますので、号を新たにして、過去の事例について個別に検討することにしましょう。