清研時報

1989年1月号

訴訟事件の記録に学ぶ(1) 横浜地裁=昭和38年、福岡地裁=昭和48年
行政側が負けるべくして負けた事例
  1. 1.横浜地方裁判所昭和38年(行)第5号事件
  2. 不許可処分後10余年を経過していても処分の取消しを求める訴えの利益は失われない
  3. 2.福岡地方裁判所昭和48年(行ウ)第26号事件
  • これまで裁判で争われた浄化槽清掃業不許可処分取消請求事件では、行政側が勝訴しているところもありますが、行政側が敗訴したところの方が多いため市町村の担当者の中には、浄化槽清掃業については、新規の許可申請を不許可処分にしたら、不許可処分の取消しを求めて訴えられ、行政側が必ず負けるものと思いこんでいる人が少なくないようです。しかし、これまでに発生した事件では、営業実績をもっている既存業者を不許可処分にして、行政側が負けるべくして負けた事例もあれば、許可の要件に欠ける新規の許可申請者を不許可処分にして、裁判で関係法令を無視した無法な主張をしたために敗訴した事例もあると聞いています。浄化槽清掃業の許可をめぐるトラブルは今後もあとを断たないと思われますので、これまでの事例について、行政側がどんな理由で不許可にし、裁判でどんな主張をしたから負けたのかを解剖してもらって、市町村の担当者たちの参考に供したいと考えます。
    実は、本誌の昨年11月号で、あなたが、東北地方のX市の市議会民生常任委員会の委員の皆さんに、浄化槽清掃業並びに浄化槽汚泥収集運搬業の新規許可問題について検討してもらうために書かれたという説明書を紹介した中で、不許可処分取消請求事件で敗訴した行政側の主張を要約して述べておられた部分を省略しておいたのは、改めて、もっと詳しく紹介してもらいたいと考えたからでした。そのつもりでお願いします。
  • わかりました。私がこれまで新規許可問題で相談を受けた市町村の担当者たちも、ほとんどが、浄化槽清掃業の許可申請を不許可処分にして提訴されたら行政側に勝ち目はないものと思いこんでいるようでした。新規に許可申請をする人たちは、なんとしてでも許可してもらいたい一心から、行政側が敗訴した事件の例を引用して、もしも不許可処分になったら訴えますよとつけ加えるのがきまり文句のようになっていますから、市町村の担当者たちが心配するのも無理はありません。このまま放っておけば、これからも、許可すべきものを不許可処分にしたり、許可すべきでないものに許可を与えたりして紛争をひき起こすことになりましょう。
    これまでに発生した訴訟事件の記録は、浄化槽清掃業の許可処分を誤らないためにはどうしたらよいかを学ぶための恰好のテキストになると思いますので、先ず、行政側が負けるべくして負けた事例について検討し、次いで、行政側が不許可理由を誤り、裁判で関係法令を無視した主張をしたために敗訴した事例について検討することにしましょう。
1.横浜地方裁判所昭和38年(行)第5号事件
  • し尿浄化槽清掃業及びし尿浄化槽汚泥収集運搬業の不許可処分の取消しを求めた最初の訴訟事件は、本誌の昨年1月号で、紙面の都合上、東京高等裁判所の差戻審以後について紹介しておきました神奈川県平塚市の事件です。これは清掃法当時に発生したもので、事件名は汚物取扱業不許可処分取消請求事件となっていますが、内容は、し尿浄化槽清掃業及びし尿浄化槽内汚物取扱業の不許可処分の取消しを求めた事件です。
    訴えた業者、つまり原告は、厚生省の誤った行政指導で、……このことについては本誌の昨年3月号でくわしく説明しておきましたが……、し尿浄化槽の清掃及びし尿浄化槽内汚物の汲取りを業として行うものは清掃法第15条の汚物取扱業の適用は受けないという昭和31年3月31日付衛環第28号厚生省公衆衛生局環境衛生課長通知が出されていたため、神奈川県平塚市において、市長の許可を受けることなく、市内に設置されていたし尿浄化槽の大半について、その清掃と清掃にかかる汚泥の収集、処分を業として行っていたのですが、昭和37年5月12日付環発第162号厚生省環境衛生局長通知をもって昭和31年3月31日付衛環第28号通知が廃止され、昭和38年1月1日からは市町村長の許可を受けなければし尿浄化槽の清掃及びし尿浄化槽内汚物の収集処分を業として行うことは出来なくなったため、平塚市長に対して許可申請を行い、不許可処分に付されたものです。
  • いわゆる新規の許可申請とは、少々わけが違いますね。
  • ええ。原告は、以前から平塚市内でし尿浄化槽の清掃及びし尿浄化槽内汚物の収集、処分を業として行ってきた既存業者であり、いわば営業継続の許可申請をしたわけです。
  • 平塚市長は、どういうわけで不許可処分にしたのですか。
  • 平塚市長は、昭和37年5月12日付環発第162号厚生省環境衛生局長通知を受けたものの、通知の内容を実施するための準備が間に合わないことを理由にして、平塚市を含む湘南11市連絡協議会にはかり、厚生省に対して実施の延期方を申し入れたのですが、延期実現の見込みがないことを知り、急いで通知にあるとおり昭和38年1月1日から実施に移すことにしました。
    そこで、湘南11市による延期申し入れの成り行きを見守っていた原告は、同年1月8日、平塚市長に対して、『し尿浄化槽汚物の収集、運搬、し尿浄化槽の清掃および管理』を業務内容とする汚物取扱業の許可申請書を提出したところ、平塚市長は、その4日後の同年1月12日付をもって、

    (イ) 平塚市内の浄化槽は約600カ所と推定されるが、既に許可をうけた6業者が従来も浄化槽の清掃を行ってきているので、これらの業者および従業員に更に浄化槽の清掃に関する教育を徹底するとともに、清掃および検査に必要な器材を整備させれば、浄化槽の清掃に支障はない。
    (ロ) 生し尿と浄化槽の汚物とは同一の取扱いで処理され、作業上にも著しい差異がないので、浄化槽の清掃のみを取り扱う業者を許可することは、し尿処理の秩序、形態を乱すおそれがある。
    (ハ) 申請人は平塚市以外の地区の浄化槽の清掃を行っているので、他市町の汚物が平塚市営の清掃作業所に搬入される危険がある。

    以上の3点を理由として不許可処分にすることを決定し、同年1月14日到達の書面でこれを原告に通知しました。
    平塚市では、生し尿の汲取りについては、6人の業者が市長の許可をうけてこれに従事し、昭和35年9月以降は、その指導のもとに担当地区制をとり、営業区域に競合を生じないようにするなどの調整がはかられていましたが、し尿浄化槽の清掃及びし尿浄化槽内汚物の収集については、設置者の責任と自由に任されていて、6人の汲取り業者の中にもし尿浄化槽の清掃をする者がないではなかったものの、その大半は当時神奈川県大磯町に本店を置いていた原告がし尿浄化槽清掃業の専門業者としてこれを扱っていたのですから、不許可処分をうけて、ああそうですかと引き下がるわけはありませんでした。
  • しかし、横浜地方裁判所は、行政側の主張を全面的に採用して、原告の請求を棄却しましたね。
  • そこで、原告は、東京高等裁判所に控訴しました。
    東京高等裁判所では、「市町村長がその公共団体の実情、政策のもとで、清掃法の目的に照らし、どの業者をしてどの範囲で汚物の清掃、収集、処分をなさしめるか、汚物取扱業を許可するかどうかは、市町村長の自由裁量に属するものというべく、その意味で一般の営業に関する保健、警察上の許可とは趣(おもむき)を異にするものがある。しかし、汚物取扱業が営業として成り立ち存在する以上、清掃法による許可についても、業者の営業の意思、過去の実績、地位などを故なく冒してはならないのであり、また不合理な差別待遇などをしてはならず、かような配慮を欠いた許否の処分は市町村長の裁量の限界を超える違法な処分ともなり得るものといわなければならない。控訴人(1審原告)は一般清掃でなく浄化槽の設置、維持管理、槽内汚物の清掃、収集、処分を事業目的とし、一般清掃に比べて知識、技術を要するその方面の勉強、実地経験も真面目にやり、平塚市内においても右汚物清掃、処分の顧客、件数は他の業者に比べて多かったことも認められる。控訴会社(1審原告会社)もまさに右事業を目的として設立されたものである。不許可理由のうち、既存6業者で平塚市の清掃業務は充分間に合うとの点、控訴人(1審原告)に許可を与えれば業者間に無用の摩擦が生じるとの点は不許可理由の中心をなすものであろうが、前者については、控訴会社(1審原告会社)の実績を抹殺して既存6業者の業務範囲を拡張することによって間に合わせるというに帰着し、従って控訴人(1審原告)を業者に加えない方がかえって著しく不当であるといえるし、後者については、行政指導等によって解決すべきであり、従来の一般汚物取扱にあたってなされた業者間の調整の実績からみて、浄化槽汚物取扱について別個の調整をなし得る可能性は十分あると思われ、浄化槽関係だけについて業者間の摩擦云々を強調するのは不可能である。」として、1審の判決を取消し、不許可処分を取消す旨の判決をしました。
    平塚市長はこれを不服として上告し、最高裁判所は、平塚市長が上告理由書の中で主張した『不許可処分をした事由』が真実であると認められるかぎり、裁量権の範囲を逸脱した違法があるものと断ずることはできないとして、さらに審理をつくさせるために東京高等裁判所に差し戻しました。
    そこで、東京高等裁判所では、『不許可事由』の存否について審理をしなおした結果、平塚市長のあげる『不許可事由』については、全く事実の裏づけを欠くか、技術的に容易に防止することができる事柄ばかりであり、平塚市長がなした不許可処分には裁量権行使の正当な範囲を逸脱した違法があるとして、前回と同じように不許可処分を取消す決定をしました。
    平塚市長は再び上告したものの、最高裁判所は原判決に所論の違法はないとして上告を棄却し、行政側の全面的な敗訴となって終わりました。
  • その差戻審以後の審理の模様は本誌の昨年1月号で詳しく説明してもらいましたが、この裁判では、当時の平塚市の清掃課長が、
    • 厚生省の通達が出てから新規業者を認めないことにしたのは首脳部の方針で、昭和37年7月ころには決まっていた。
    • 浄化槽の清掃を誰がやっていたかは調べていないが、業者を増やすことには助役が賛成しなかったから、それに対応するように、地区割りに従って生し尿の汲取りを行っていた6業者の仕事を拡充することで対応する方針だった。
    • 原告会社から許可申請が出たとき、保有器材とか過去の営業実績の調査はしていない。調査するまでもなく却下すべきだと考えた。
    などと証言し、当時の平塚市の助役も、
    • 浄化槽の清掃も生し尿の汲取りも同じもので、これを扱う業者を同一視していたから、浄化槽について特別の計らいはしていない。
    と証言したということでしたね。
  • そうです。平塚市長は、この程度の判断力しか持ち合わせていない助役や清掃課長の意見を入れて不許可処分にしたため、東京高等裁判所の差戻審の判決で、「被控訴人(平塚市長)は、控訴人(1審原告)からなされた許可申請についての具体的な審査はもとより、その前提となるべき平塚市内の特別清掃地域における浄化槽内汚物の収集、清掃の実態についての調査、検討を行うこともなく、いわば門前払いの形で不許可処分をしたものであって、その際に挙げられた不許可の理由ないし被控訴人(平塚市長)が本訴で主張する不許可の理由は、全く事実の裏づけを欠くものであるか、あるいは、ほとんど起りうる可能性のないものや技術的に防止の可能な事項を列挙したにすぎないものであり、とうてい真実なものということはできず、本件の不許可処分に合理的な理由をみいだすことはできない。」ときめつけられ、再び上告したものの、原判決に所論の異法はないとして、上告を棄却される結果となったわけです。
  • 平塚市の事件は、以前から平塚市の特別清掃地域でし尿浄化槽の清掃及びし尿浄化槽汚泥の収集、処分を業として行ってきた業者が、営業を継続するために許可申請したものを、門前払いの形で不許可処分にしたもので、行政側が負けるべくして負けた事件と云えますね。
不許可処分後10余年を経過していても処分の取消しを求める訴えの利益は失われない
  • この事件で平塚市長は2度にわたって上告したわけですが、平塚市長の代理人が2度目の上告の際に提出した上告理由書の中で、

    不許可処分取消判決が単に不許可処分を取消すのみであって、その効果として申請の時点に立ちかえって上告人市長が再度審査を行って、あらためて許可、不許可を決定すべき効果を生ずるというのであるならば、本件申請からすでに10余年を経過し、その間平塚市の人口は約2倍に増加し、社会情勢が著しく変化したことは公知の事実であるから、今更不許可処分を取消すことは無意味である。すなわち、権利の崩壊と同様の法理により、本件訴訟はもはや訴えの利益を失ったものというべきである。

    と主張したのに対して、最高裁判所は昭和53年3月31日判決で、

    不許可処分後既に10余年を経過し、社会情勢が著しく変化したからといって、被上告会社(1審原告会社)が右不許可処分の取消しを求める訴えの利益を失ったとみることはできない。

    と判示しています。
    私が、敢えてこの点をとり上げたのは、先般、目下係争中の浄化槽清掃業及び浄化槽汚泥収集運搬業不許可処分取消請求事件の審理を傍聴していて、裁判長が、「不許可処分の期間は1年間となっており、期間を経過した現在はどうなるのか」と釈明を求めたのに対して、行政側の代理人が、「期間を経過した現在、原告には訴の利益が存しないと見るべきであるから、原告の本訴請求は却下さるべきである。」と主張したのを聞いたからです。
  • 市町村の多くは許可期限を1年と決めているようですが、不許可処分の取消しを求めて提訴した場合、審理しているうちに1年たったら、期間の経過により訴えの利益は失われるということになれば、裁判したって無駄だから、不許可処分を受けたらあきらめなければ仕方がないということになりますね。
  • そのとおりです。これまでに発生したこの種の訴訟事件で提訴してから1年以内に判決が出た例は1つもありません。いずれも不許可処分の期間を経過した後になって判決していますが、「期間の経過により原告は不許可処分の取消しを求める訴えの利益を失ったとみるべきである」と判示したところはありません。ほとんどの市町村では、特別の事情が生じないかぎり、許可は年度替わりに前年度の許可を更新する形で与えられるしきたりになっていて、前年度に不許可処分を受けたものは次年度でも不許可処分を受けるのが常ですし、不許可処分を受けてその処分の取消しを求めて提訴しておれば、なおさら次年度も前年度どおりの不許可処分となるものです。
    2年か3年たって不許可処分が違法であったとして取消され、改めて許可を与えたとしても、それによって違法な処分を受けていたために業者が蒙った損害を帳消しにすることはできません。現に平塚市では許可すべきものを不許可処分にしたばかりに、5,001万3,705円の損害賠償金と2,500万円の慰謝料を支払う羽目になりました。心すべきことです。
2.福岡地方裁判所昭和48年(行ウ)第26号事件
  • そのほかにも行政側が許可すべきものを不許可処分にして敗訴した事例がありますか。
  • 平塚市と似たような事件が昭和48年に福岡県の中間市外遠賀郡4ケ町環境衛生施設組合でも発生しました。
  • 昭和48年といえば、廃棄物処理法になってからの事件ですね。
  • そうです。廃棄物処理法が施行されて1年半ばかり経ったころのことで、廃棄物処理法施行規則第2条第2号に、「法第9条第1項の規定により市町村長の許可を受けたし尿浄化槽の清掃を業とする者がし尿浄化槽にかかる汚泥の収集、運搬又は処分を業として行う場合」は、法第7条第1項の規定による一般廃棄物処理業の許可を要しないものと定められていた当時の事件です。
    訴訟記録に目を通しながら、事件発生のいきさつを探ってみることにしましょう。
    原告は、本店を北九州市に置き、清掃作業をその営業目的の1つとして設立し、清掃法当時から北九州市管内及び事件の舞台となった組合管内でし尿浄化槽の清掃及びし尿浄化槽汚泥の収集、処分を業として行ってきた会社であり、被告は、中間市、水巻町、芦屋町、岡垣町及び遠賀町の1市4町がし尿等の処理に関する事務を共同して処理する目的で設立した中間市外遠賀郡4ケ町環境衛生施設組合の組合長です。厚生省が昭和37年5月12日付環発第162号環境衛生局長通知をもって昭和31年3月31日付衛環第28号公衆衛生局環境衛生課長通知を廃止し、昭和38年1月1日からは市町村長の許可を受けなければし尿浄化槽の清掃及びし尿浄化槽内汚物の収集、処分を業として行うことは出来ないように改めたことについては、平塚市の事件のところで説明したとおりです。
    ところが、本件の組合の場合は、生し尿の汲取りについては、業者がそれぞれ被告の許可を受けてこれに従事し、その指導のもとに担当区域をとり決めるなどの調整がはかられていたものの、浄化槽清掃については、厚生省の行政解釈の変更の通知を受けながら、そのまま放置し、浄化槽の設置の状況や、その実態について調査することもなく、業者と設置者の自由契約に委ねて、許可制を採用しようとはしませんでした。
  • その後ずっと無許可のままでやらせていたのですか。
  • そうです。ところで、この間、原告は、本件の組合管内においても、浄化槽の保守点検、清掃業務のほか、被告の許可を受けて生し尿の汲取り業も営んでいましたが、昭和45年3月には、組合管内の生し尿汲取り部門を切り離し、地元の同業者と折半出資の会社を設立して、これに委ね、浄化槽関係部門を専門に取り扱うようにしたため、生し尿の汲取り担当区域内の小型の設置者を顧客として浄化槽を取り扱っていた生し尿の汲取り業者と違って、廃棄物処理法施行当時には、その営業範囲は組合管内の全域に及び、設置浄化槽の約70%を手がけるまでになっていました。
  • その点は、平塚市で不許可処分を受けた業者と似通っていますね。
  • そうですね。違っているのは、平塚市が厚生省の行政解釈の変更の通知を受けて、まがりなりにも通知にあるとおり昭和38年1月1日から実施に移すこととしたのに対して、本件の組合の場合は、厚生省の行政解釈の変更の通知を受けても、放置し、廃棄物処理法が施行されても、すぐには対応しようとしなかったことです。
  • 怠慢としか云いようがありませんね。
  • そのとおりです。
    昭和45年12月25日、清掃法が全面的に改正されて廃棄物処理法が公布され、翌46年9月24日から施行されることとなりました。新法では生し尿の汲取り業を一般廃棄物処理業とし、し尿浄化槽清掃業についてはこれとは別個に規定し、これを業として行おうとする者は、当該業を行おうとする区域を管轄する市町村長の許可を受けなければならないものと定めたので、原告や地元の業者たちは直ちに許可申請の手続きをしたのですが、本件組合では新法施行に伴う条例の制度が大幅におくれ、昭和47年5月1日になってようやく条例が施行されたので、これに基づいて改めて許可申請をすることとなり、原告は昭和48年2月12日、本件組合管内の汲取り業者で組織する福岡県清掃業連合会遠賀支部に加盟する6業者も相前後してほぼ同じ時期にそれぞれ許可申請をしました。
    ところで、廃棄物処理法が施行されたころから、遠賀支部に加盟している6名の業者の間には、将来浄化槽の普及増加につれて、生し尿の汲取りの仕事は減少するだろうし、浄化槽の清掃をほぼ独占している原告にし尿浄化槽清掃業の許可が下りたら器材、設備、能力の点で優れている原告に、現在少しにしろ持っている顧客を奪われかねないという先行きへの不安感から、生活を脅かされるという声があがり、遠賀支部では被告に対し、再三にわたって、従来から組合管内で許可を受けて生し尿の汲取りに従事してきた遠賀支部加盟の業者だけにし尿浄化槽清掃業の許可を与え、生し尿の汲取りと同じ地域割で処理するようにされたいいう陳情を繰り返しました。
  • そこのところも、平塚市の場合と、まるで同じじゃありませんか。
  • そうですね。そこのところは似通っていますが、行政側の対応に少しばかり相違するところがあります。
    本件組合の場合は、被告をはじめとする組合当局が、双方の代表と折衝を続け、昭和48年3月8日、同年4月1日から9月末日までの間の暫定措置として、その期間中は正規の許可をしない、その期間が経過した後は法律に従い覊束裁量により許可を与えるなど7項目を双方に示し、なんとか打開しようとして努力しています。ところが、遠賀支部の業者たちは被告の提案を聞き入れず、さきに支部から陳情している趣旨が受け入れられないときは、汲取り業務を一切拒否すると通告してきました。
    そこで、被告は、汲取り業務が混乱することを心配して、原告にはし尿浄化槽清掃業の許可を与えない方針を固め、原告に対しては、同年4月17日、さきに示した7項目の提案を破棄することを通知したうえ、法令の定める許可の基準に適合しているかどうかの検査もせずに処分を保留し、遠賀支部加盟の6業者の申請に対しては、4月30日までに検査を済ませ、許可の基準を充たしているとしていずれも許可を与えました。
  • そこで原告は不許可処分の取消しを求めて訴えたわけですね。
  • いや、処分を保留したままで、許可するともしないとも決定しなかったので不作為の違法確認を求めて提訴しました。被告が不許可処分をしたのは、原告が不作為の違法確認請求の訴えを提起した後のことです。
  • なるほど、同じころに申請した6名の業者はいずれも許可を受けたのに、原告だけが処分を保留されたままほったらかされたので、それを不服として訴えたのですね。
  • そうです。行政事件訴訟法に、行政庁が、法令に基づく申請に対し、相当の期間内になんらかの処分又は裁決をすべきにかかわらず、これをしない場合は、その処分又は裁決についての申請をした者に限り、不作為の違法確認の訴えを提起することができるという規定があります。原告は、この規定に基づいて提訴したのですが、原告が提訴した後になって被告は昭和49年1月4日付で不許可処分にすることを決め、同月7日ごろ原告に通知してきたため、原告は請求の趣旨を変更して『不許可処分の取消しを求める訴え』に切り替えたわけです。
  • 被告は、どんな理由をつけて不許可処分にしたのですか。
  • 被告が不許可処分通知書の中で示し、裁判で不許可処分にした理由の適法性について主張した要点は、
    1. 原告は、昭和45年3月、丸十衛生社と組合管内の業務を統合し、両者折半出資で株式会社全清公社を設立しており、被告は、原告の同系会社である全清公社に対して、既にし尿浄化槽清掃業の許可を与えている。
    2. 組合管内に設置されている浄化槽は約400基程度であり、多数の業者を許可することは過当競争となり、住民サービスの低下ともなる。
    3. 原告は北九州市内を主たる営業区域としており、組合管内を営業区域とする業者は、原告に比べていずれも零細業者であって、過当競争になれば倒産するおそれがあり、また地元業者の健全な育成をはかる必要もある。
    というものでした。
  • 原告が地元の同業者と出資を折半して設立した会社というのが、全清公社だったのですか。
  • そうです。そこで、原告は被告の主張に対して、
    1. 不許可理由の(1)については、原告が、全清公社に統合したのは、組合管内の生し尿汲取り部門だけで、浄化槽清掃部門は統合しておらず、その後もそれぞれ業務を遂行してきたのであるから、浄化槽清掃部門について原告と全清公社を同系とすべき根拠はない。
    2. 不許可理由の(2)については、原告は、他の業者とほぼ同じ時期に許可申請をしたにもかかわらず、他の業者には検査のうえ早々に許可を与えながら、原告には約8か月の長期にわたって検査もせず、管内の浄化槽設置状況からみて、既に相当数の業者に許可を与えているから、これ以上の許可業者を必要としないというのは、不許可の理由とはなり得ない。
    3. 不許可理由の(3)については、もともと浄化槽清掃業には相当程度の設備と技術陣容を必要とすることから、顧客の数が少なくては採算は合わない業種である。被告が地元の零細業者の保護、育成を望むのであれば、統合による経営規模の拡大など、別途に考慮すべき政策問題である。
    と反論しました。
  • それにしても、被告は、許可すべきものを許可を与えずにほったらかしていたとはいえ、し尿浄化槽清掃業の許可申請を受け付けることにした時点では、原告が組合管内に設置されている浄化槽の大半について清掃を行っていたという事実を知らない筈はないでしょう。それなのに、原告に許可を与えれば地元の零細業者が倒産するおそれがあるから、原告を不許可処分にしたのだというのは、如何にも苦しい弁解ですね。
  • そのとおりです。従来は地元の零細な業者たちだけで管内に設置されている全部の浄化槽の清掃を行ってきているのに、新規に規模の大きな業者が割り込みを計って許可申請をしてきたのとは、わけが違いますからね。
  • 結局、裁判所は、どういう理由で、この不許可処分が違法な処分だと判決したのですか。
  • 裁判所は、判決理由の中で、

    廃棄物処理法9条1項が、し尿浄化槽の清掃を業として行おうとする者は、当該業を行おうとする区域を管轄する市町村長の許可を受けなければならないものと規定したのは、し尿浄化槽の急速な普及増加にともない、その清掃の如何によっては、槽内に生じた汚泥等を排出するなどして、その放流水の適正な水質を確保できず、ひいては公共の水域を汚染させるなど、各地域で環境衛生上重大な問題をひき起こす可能性があることにかんがみ、し尿浄化槽の機能点検及び清掃に関する一定の技術上の基準に適合する設備、器材及び能力を有する者に、し尿浄化槽の清掃及び汚泥の処理を行わせ、生活環境の保全上の支障を防止する必要性を認めたうえ、し尿浄化槽清掃業については、一般廃棄物処理業が市町村の固有事務に属し、かつ、原則として市町村自身またはその受託業者によって行われる一般廃棄物の処理事業の全体的な計画との調整に関連して、相当に広範な裁量のもとに許可されるのとは著しく異なり、市町村による一般廃棄物の処理事業との調整の必要性が少ないし、かつ、地域住民の需要に応じて良質廉価なサービスを簡便迅速に提供するため、業者間の競争によって業界の健全な発達を促進するのが好ましいとの考慮もあって、一般廃棄物処理業とは別個に規制しようとしたものであると解される。
    したがって、右の趣旨に照らせば、し尿浄化槽清掃業の許可は、一般廃棄物処理業の許可と異なり、同法9条2項に基づく施行細則(厚生省令)6条に定める許可の基準に適合している限り、市町村長には裁量の余地はなく必ず許可しなければならない、いわゆる覊束行為(処分)であると解するのが相当である。
    これを本件にみるに、前記認定の事実関係のもとにおいては、本件不許可処分は、法令に定められた許可の基準について何ら調査、検討を加えることなく、いわば門前払いの形でなされたものであって、右処分に付された理由ないしそれを敷衍(ふえん)する被告の主張も、いずれも事実に合致しないか、不許可にするための方便のためのものにすぎないうえ、そもそも不許可の理由となし得ないものであるから、廃棄物処理法9条の趣旨に反する違法な処分といわざるを得ない。

    と述べています。
  • 要するに、被告は、原告が法令に定められた許可の基準に適合しているかどうかについて調査もせず、門前払いの形で不許可処分にしたもので、不許可処分にした理由も、不許可処分は適法であるとして主張する内容も、いずれも事実に反するものか、不許可にするための方便にすぎず、不許可の理由となるものではなく、廃棄物処理法第9条の趣旨に反する違法な処分であるから、不許可処分を取消すというわけですね。
  • 結論はそういうことですね。
  • 以前から浄化槽の清掃とその清掃にかかる汚泥の収集、処分を業として行ってきた業者が、営業の継続を求めて許可の申請をしたのに対して、行政庁がその許可に反対する生し尿の汲取り業者の意向に同調して、具体的な検査を行いもせずに、門前払いの形で不許可にしたところなど、平塚市の場合とよく似ているじゃありませんか。
  • 許可しなければならなかったものを放置して、営業することを黙認していたのは、許可を与えていたのも同じです。平塚市の場合も、本件の場合も、管内に設置されている浄化槽の70%について清掃を行ってきた業者の営業実績を無視して、業務上の落ち度もないのに、許可の基準に適合しているかどうかを調べもせず不許可処分にしたのですから、その処分を取消されたのは当然のことと云わねばなりますまい。
    ところで、この判決理由の中で示された判示事項については、注意しなければならない点があります。それは、し尿浄化槽清掃業の許可は、「同法9条2項に基づく施行細則(厚生省令)6条に定める許可の基準に適合している限り市町村長には裁量の余地はなく、必ず許可しなければならない、いわゆる覊束行為(処分)であると解するのが相当である」というところです。
    この事件が発生したのは、廃棄物処理法第9条第2項に、

    市町村長は、前項の許可を受けようとする者が厚生省令で定める技術上の基準に適合する設備、器材及び能力を有すると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。

    1. その事業の用に供する施設及び申請者の能力が厚生省令で定める技術上の基準に適合するものであること。
    2. 申請者が第7条第2項第4号イからハまでのいずれにも該当しないこと
    と改められたのは、昭和51年6月16日法律第68号による廃棄物処理法第3次改正(昭和52年3月15日施行)後のことです。
    そして、現在では、廃棄物処理法第9条第2項第1号の規定は、そのまま浄化槽法第36条第1号の規定となり、廃棄物処理法第9条第2項の規定は、浄化槽法向けに改められて、浄化槽法第36条第2号の規定となっていますし、廃棄物処理法施行規則第6条の規定は、浄化槽法向けに改められて、浄化槽法施行規則第11条の規定となっています。
    従って、申請者が、浄化槽法第36条第1号に基づく施行規則第11条に定める許可の技術上の基準に適合していたとしても、浄化槽法第36条第2号のイからヌまでのいずれかに該当するときは、市町村長は許可を与えることは出来ないことになっています。
  • そうですね。その点を見落としてはなりませんね。
  • 平塚市の場合と、中間市外遠賀郡4ケ町環境衛生施設組合の場合は、ともに行政側が負けるべくして負けた事例ですが、ほかの行政側が敗訴した事件は、行政側がどんな理由で不許可にし、どんな主張をしたから負けたのか、次号以下で検討することにしましょう。