清研時報

1989年3月号

浄化槽清掃業の許可処分を誤らないために訴訟事件の記録に学ぶ(2)
行政側が不許可理由を誤って敗訴した事例
  1. 1.岐阜地方裁判所昭和51年(行ウ)第4号事件
  1. 不許可処分の取消請求について
  2. 不作為の違法確認について
 
  • 前号で、平塚市の事件と、中間市外遠賀郡4ケ町環境衛生施設組合の事件を紹介してもらいましたが、浄化槽清掃業の不許可処分の取消しを求めた訴訟事件は、外にどれくらいありますか。
  • そうですね。私の手もとに判決文があるだけでも、行政側が敗訴した事例では、昭和51年に岐阜市で発生した事件、昭和52年に都城市で発生した事件、昭和55年に豊田市で発生した事件、昭和56年に福岡県田川郡添田町外3ケ町村清掃施設組合及び同郡川崎町及び田川市で発生した事件、同じく昭和56年に静岡県賀茂郡南伊豆町で発生した事件、また同じく昭和56年に宮崎市で発生した事件がありますし、行政側が勝訴した事例では、昭和56年に臼杵市で発生した事件、昭和58年に岐阜市で発生した事件、昭和60年に岐阜県山県郡高富町で発生した事件があります。
  • 山口地方裁判所で昭和61年12月に判決が出た事件も、行政側が勝訴したのではありませんか。
  • 山口地方裁判所で昭和61年12月25日に判決した事件は、浄化槽清掃業の不許可処分取消請求事件ではありません。浄化槽清掃業の許可申請を受理しなかった処分の取消しを求めた事件です。しかし、判決理由を見れば、浄化槽清掃業の許可申請事項に不備があるとして申請を受理しなかったことに違法はないと判示していますから、浄化槽清掃業の許可問題に関して行政側が勝訴した事例には違いありません。
  • その事件は、市町村の担当者が浄化槽清掃業の許可申請に対応する際の貴重な参考資料となりましょうから、後で、行政側が勝訴した事例の中で紹介してもらうことにして、先に、行政側が敗訴した事例について、行政側がどんな理由で不許可処分にし、裁判でどんな主張をしたから負けたのかを解剖してくれませんか。
  • それでは、順を追って検討することにしましょう。
1.岐阜地方裁判所昭和51年(行ウ)第4号事件
  • この事件は、岐阜市で発生した事件です。
    岐阜市では1社だけに許可を与えて、し尿浄化槽の清掃と、その清掃にかかる汚泥の収集運搬に当たらせていましたが、昭和50年9月1日、岐阜市外の他の市や町でし尿浄化槽清掃業を行っていた業者X社が、廃棄物処理法第9条第1項による許可の申請をしてきました。岐阜市長が昭和50年11月25日付で不許可処分にしたところ、X社では不許可処分の通知を受けた1週間後の同年12月2日、許可申請書を取り下げたので、これで一件落着したものと思っていたら、それから10日たった12月12日にX社では再びし尿浄化槽清掃業の許可申請書を提出し、12月20日には、知り合いの県議会議員を口述人として、11月25日付の不許可処分に対する異議申立書を提出しました。
    これに対して、岐阜市長は、昭和51年3月19日付で異議申立てを棄却する決定書を送付し、2度目に出された許可申請については、最初の許可申請を不許可処分にしているし、その不許可処分に対する異議申立てについても棄却しているからと考えて、何らの処分もせずに放置していたのですが、X社では昭和51年3月22日、2度目の許可申請に対する不作為の異議申立てを行い、岐阜市長が同月31日付でその異議申立てを棄却する旨の決定書を送付したため、昭和51年4月28日、岐阜市長が昭和50年11月25日付でなした不許可処分の取消しと、X社が昭和50年12月12日付でなした2度目の許可申請について、岐阜市長が何らの決定もしない不作為が違法であることの確認を求めて提訴したわけです。
  • X社ではずいぶん手数をかけたようですが、不許可処分取消しの訴えは、不許可処分に対する異議申立ての手順を踏まなくても出来る筈ですね。
  • ええ。出来ますよ。
  • たしか、処分があったことを知った日から3か月以内に提訴しなければならないことになっているので、すぐに提訴してもよかったのですね。
  • そうです。しかし、X 社がいろいろ手数をかけたのは、訴訟に持ち込めば判決が出るまでに相当な年月がかかるので、なんとかして訴訟に持ち込まないで許可してもらうために手を尽くそうと考えたのではないでしょうか。
  • X社では、そう考えて、いろいろやってみたが駄目だった。そこで、やむを得ず、不許可処分の取消しと、その不許可処分を受けた後で再度提出した許可申請に対して、岐阜市長がなんらの決定をしないのは違法であることの確認を求めて提訴したということですね。
  • そうです。先ず、不許可処分の取消請求について検討することにしましょう。
(1)不許可処分の取消請求について
  • 岐阜市長は、どんな理由で不許可処分にしたのですか。
  • 岐阜市長は、原告宛の通知書で、不許可の理由を次のとおり述べています。

    原告会社代表者は、岐阜県環境整備事業協同組合の理事長の職にある以上、組合の定款、諸規定を遵守すべきであること。本件許可申請は、組合の定款等に違背しているばかりでなく、業界の秩序を乱すようなことは理事長たる者のとるべき行為ではないと組合から市に抗議もあり、市としては取扱いに慎重を期していたこと、ついては、本件のごとき権利付与の許可は、行政面からの判断により不許可とする。

  • それが不許可の理由ですか。
  • そうです。
  • そんな理由で不許可にして、裁判では、どんな主張をしたのですか。
  • 不許可処分の適法性について主張した内容を要約すると、次のとおりです。
    1. 廃棄物の処理及び清掃は、地方自治法2条3項7号により地方自治体の責務とされており、地方自治体は、この責務を自ら完全に遂行できない事情がある場合は、業者に代行させることが認められている。そして、法は、浄化槽清掃の代行者である業者について市町村長の許可制と規定し、9条に清掃業者の適格性について行政処分者の自由裁量に対する一定の制約をおいているものの、その余の点は市町村の処理計画、能力その他環境上の関係から自由裁量としている。
    2. 岐阜市の浄化槽設備の現状では、2業者に浄化槽の清掃を代行させることは、次のとおり環境整備行政上問題があり、悪影響を及ぼす。浄化槽汚泥の処理施設としては岐阜市が設置する2施設しかなく、その施設には汚泥とともにし尿も投入されているので、その投入順序、時間的制約、バキュームカーの市内運搬時間と投入時間との均衡及び秩序厳守が必要となるが、2業者に許可した場合、各業者が相互の連絡なしに行動すると混乱が生ずることは明白である。
    3. 原告は、次の理由により、法9条の要求する能力を有するとは認められない。
      1. 原告会社の従業員として他社の従業員まで申請書に記載されていて、原告申請にいう作業能力に疑念を抱かせる。
      2. 原告は、本件申請と同日付で瑞浪市長に対しても同じ内容の許可申請をしている。両市の原告に対する指示が重なる場合、原告が岐阜市においてどの程度の作業能力を有しているか不明である。
      3. 原告は、「処分の別」について海洋投棄ほかとしているが、業者個人には桟橋使用権が認められていないから、不可能な処分方法である。このことは、原告に法9条2項による厚生省令6条4号にいう専門知識及び技術経験が欠如していることを示すものである。
  • 浄化槽の清掃は、市町村に与えられた責務で、浄化槽清掃業者は市町村の責務の代行者であるから、許可を与えるかどうかは市町村長の自由裁量に任されているという主張では、裁判官も納得しかねたでしょうね。それに、廃棄物処理法施行規則第6条第4号の解釈も、ピントがはずれているのではありませんか。
  • この事件が発生した当時は、法第9条第1項の規定により市町村長の許可を受けたし尿浄化槽の清掃を業とする者が、し尿浄化槽にかかる汚泥の収集、運搬又は処分を業として行う場合は、法第7条第1項の規定による市町村長の許可を要しない、と定められていましたから、浄化槽清掃業者は、浄化槽の清掃業務と、浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集、運搬又は処分の業務を行うことになっていたわけです。
  • そうですね。
  • 住民が汲取り便所を嫌って設置した浄化槽を、市町村がいちいち清掃して廻らねばならないということはありません。浄化槽の清掃は、管理者の責任です。しかし、管理者が自ら浄化槽の清掃をすることは無理ですから、業者が管理者に代わって清掃業務を引き受けるわけです。
    ところが、浄化槽に生ずる汚泥の処理は、管理者の義務ではありません。汲取り便所に溜まった生し尿の収集、運搬、処分が市町村の責務であるのと同様に、浄化槽に生じた汚泥の収集、運搬、処分は市町村の責務です。法第6条第1項及び第2項の規定により、「市町村は、その区域における一般廃棄物の処理について、一定の計画を定め、その計画に従って、生活環境の保全上支障が生じないうちに収集し、これを運搬し、及び処分しなければならない。」と定められていますが、厚生省では、環境整備課が編集した≪廃棄物処理法の解説≫(初版42頁)で、市町村が法第6条第1項の規定に基づいて定める一般廃棄物の処理計画の中には、「し尿浄化槽の清掃を業として行う者に処理せしめるし尿浄化槽の汚泥」の処理計画を含めなければならないものと解説していました。つまり、浄化槽清掃業者が行う仕事の中身は、管理者に代わって行う浄化槽の清掃と、市町村に代わって行う浄化槽汚泥の処理とがあったわけです。
  • そのことがよく理解されていないと、浄化槽清掃業というのは、浄化槽の清掃をするのが主な仕事で、汚泥の収集、運搬の仕事は付随的なものにすぎないと軽視することになり、判断を誤ることになりかねませんね。
  • そのとおりです。その当時、一般廃棄物処理業については、法第7条第2項で、

    市町村長は、法第6条第1項の規定により定められた計画に適合するものであり、当該市町村による一般廃棄物の収集、運搬及び処分が困難であり、かつ、環境衛生上の支障が生ずるおそれがないと認められるときでなければ、許可をしてはならない。

    と定められ、この規定について、厚生省では、≪廃棄物処理法の解説≫(初版73頁以下)で、

    許可とは、禁止の解除である。ある目的のために一般的にはある行為を禁止しておいて、特定の場合にその禁止状態をはずすことである。本条においては、ある目的とは市町村の行う廃棄物の処理業務との調整である。禁止する行為とは廃棄物処理を業とする行為である。特定の場合とは法第7条第2項に該当する場合であって、かつ、市町村の行う廃棄物の処理業務およびすでに許可した一般廃棄物処理の処理業務との調整がじゅうぶん図られる場合である。本条の趣旨から理解されるように、本条の許可は、衛生警察的な許可ではなく、許可をするか否かは、市町村長の自由裁量に委ねられている。
    法第7条第2項の規定も、許可をしてはならない場合を法定したものであって、同条に該当しない場合には許可しなければならないという趣旨のものではない。許可にあたって具体的に判断さるべき点は、法第7条第2項に該当するか否かということのほか、市町村がみずからまたは委託して行う処理業務との調整、他の許可業者の業務との調整といったことが中心となろうが、これらは具体的な事案ごとに判断さるべきものである。

    と解説していました。
    浄化槽に生ずる汚泥が廃棄物処理法に定める一般廃棄物であることに異論を唱えるものはありません。ところが、法第9条第1項の規定によるし尿浄化槽清掃業の許可を受けた者が、浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集、運搬又は処分を業として行う場合は、法第7条第1項の規定による一般廃棄物処理業の許可を受けなくてもよいと定められていたのですから、し尿浄化槽清掃業の許否を決めるに当たっては、汚泥の処理について、当然、一般廃棄物処理業に関する規定を念頭において判断すべきであったことは、理の当然でありましょう。
    従って、岐阜市では、既に許可している1業者によって市が定めた浄化槽汚泥の処理計画が十分に、円滑に実施されていたのであれば、「市が定める浄化槽汚泥の収集、運搬及び処分が困難である」状態ではなく、新規の許可申請の内容は、市が定めた浄化槽汚泥の処理計画に適合しないものであったわけですから、そのことを理由として不許可処分にすべきでした。そして、訴訟においても、そのことを十分に説明し、厚生省の行政指導に従ったものであることを立証すべきでした。
  • そういえば、厚生省では、≪廃棄物処理法の解説≫(初版150頁)で、し尿浄化槽清掃業の許可は、覊束裁量(法規裁量)に属する行政処分であるとしながら、「行政行為は、すべて法規に基づき法規にしたがってなされるのであるが、その法規によるき束の程度、態様は画一的ではない。一般に、自由裁量行為は、行政庁に一定範囲の自由裁量を認めてなされる行為であり、覊束裁量行為は、行政庁に裁量の余地のない行為であるとされているが、両者は本質的に異なるものではなく、いずれも、ある程度に法規の覊束を受け、反面、ある程度の裁量が認められるのであって、両者の差異は究極的には程度の差であるというのが通説である。」という学説を付記して、し尿浄化槽清掃業の許可には、市町村長に、ある程度の裁量が認められていると説明していましたね。
  • ところが、岐阜市では、そんなことには触れないで、前に述べたような理由で不許可処分にし、裁判でも前に述べたような主張をしたのですから、裁判官に対して、し尿浄化槽清掃業について十分な理解を得ることができなかったようです。裁判所は、判決理由の中で、

    法は、一般廃棄物の収集、運搬、処分はいわゆる団体委任事務(地方自治法2条9項)であるが、市町村においてそのすべてを処理することは不可能なので、これを他の者に委託して行い、又は一般廃棄物処理業者に代行させることとして、その営業の許可をし、所要の監督を加えることとしているのである。
    これに対し、し尿浄化槽清掃業については、その業務の主な内容は、本来汚物をそれ自身で処理してしまう浄化槽の清掃等の維持、管理にあり、清掃等の結果、汚物が収集されるとしても付随的なものにとどまるのであり、法も一般廃棄物処理業と別建てとし、許可の基準も監督の態様も同業に比して著しく緩和しているといえるのである。
    右のような規定の仕方からみると、法は、し尿浄化槽清掃業については、必ずしも自治体の事務の代行という性質が強くないものと考え、ただ、浄化槽の適正な維持、管理が区域内の衛生の保持に重大な影響を及ぼすことに鑑(かんが)み、その行政目的から、一般的に右業務を許可制にしたものと解するのが相当である。そのようにみてくると、し尿浄化槽清掃業の許可につき法9条によって市町村長に与えられた裁量はいわゆる覊束裁量であって、自由裁量ではなく、申請者が法9条2項各号に適合している場合には、市町村長は必ず許可を与えなければならないものと解すべきである。

    と判示しています。
  • ちょっと待って下さい。廃棄物処理法でし尿浄化槽清掃業を一般廃棄物処理業と別建てとしたのは、そんな理由からではないじゃありませんか。
  • そうですね。厚生省でも、≪廃棄物処理法の解説≫(初版151頁)で、

    し尿浄化槽の清掃は、し尿浄化槽から生ずる汚泥の収集または運搬等の作業と、専門的な知識、技能および相当の経験を必要とする附属機器の点検、槽内単位装置の掃除および種汚泥の調整作業等を一体的に実施するのが通例であるため、従前から、市町村において定常的に行うことは困難な業務として取り扱われてきた。
    したがって、旧清掃法においては、法第15条の規定に基づく汚物取扱業者に、専門的知識、技能等を取得させ、これらの業務を行わせていたものである。今回の法改正によって、し尿浄化槽の清掃業務を独立した業の対象として分離し、し尿浄化槽清掃業者による維持管理体制の整備と強化を図るため、本条の許可制度が新設されたところである。

    と説明しています。しかし、さっきも指摘しましたように、この裁判で、行政側は、そのことについて説明するのを怠りましたね。
  • それから、裁判所は、「申請者が法9条2項各号に適合している場合には、市町村長は必ず許可を与えなければならないものと解すべきである。」と云っていますが、岐阜市が不許可処分にしたのは昭和50年11月25日ということですから、その当時は、まだ法第9条第2項に1号と2号は設けられていなかったのではないですか。
  • 法第9条第2項に1号と2号が設けられたのは昭和51年6月16日法律第68号による第3次改正以後のことで、施行されたのは昭和52年3月15日ですから、岐阜市が不許可処分をした当時は、おっしゃるとおり、法第9条第2項に1号と2号は設けられていませんでした。
  • 判決が出たのは昭和55年11月ということですが、不許可処分が適法であったかどうかを判断するのは、不許可処分をした時点の法令を基準にするのが当然ではありまんか。
  • そのとおりです。しかし、裁判官といえども神様じゃありませんから、ミスはありますよ。それだけに、的確に要点をとらえた主張をする必要があるわけです。
  • そうですね。
  • しかし、それは、判決に影響を及ぼすようなミスではありませんから、裁判所が、本件不許可処分は、裁量の範囲を逸脱し裁量権の行使を誤った違法な処分として取消しを免れない、と指摘した要点を見てみましょう。
    裁判所は、

    証拠≪略≫によれば、被告は、訴外Y社1社にし尿浄化槽清掃業を許可しているが、当面の処理に全く支障はなく、複数の業者に許可を与えると、被告としては、浄化槽の清掃に際し収集される汚泥を、被告が設置する処理場において処理をするについての調整その他環境衛生上の指導、監督が困難となること、清掃料の改定に対する行政指導がゆきとどかなくなるおそれがあること、下水道の整備等に伴い生じうる許可業者に対する補償問題をできるだけ回避したいことなどから、被告としては、し尿浄化槽清掃業の許可は現行の1業者にとどめておくのが得策であるとの配慮に基づき、原告が法定の技術基準に適合するか否かを調査することなしに、本件不許可処分に及んだ次第であることが明らかである。

    と指摘しています。
  • 行政側が不許可処分にしようと考えた気持ちはわかりますが、複数の業者に許可を与えると指導、監督が困難となるから、既存の許可業者1社にとどめておくのが得策と考えて不許可にしたというのでは、裁判官が納得しなかったのも無理はありませんね。
  • その当時、法第9条第2項には、「市町村長は、前項の許可を受けようとする者が厚生省令で定める技術上の基準に適合する設備、器材及び能力を有すると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。」と定められ、これをうけて、法施行規則第6条では、し尿浄化槽清掃業の許可基準として、申請者が、し尿浄化槽の機能点検を行うに適する器具と、し尿浄化槽の清掃を行うに適する器具、それにバキューム式の汚泥収集運搬車を備え、し尿浄化槽の機能点検及び清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験を有していること、と定めていました。
    これを見ればわかるように、条文はあくまでも、申請者がし尿浄化槽清掃業の許可基準に適合していると認めるときでなければ、許可をしてはならないと定めたものであって、申請者がこの許可の基準に適合していると認めるときは市町村長は必ず許可しなければならないと定めたものではありません。そもそも、廃棄物処理法は、「廃棄物を適正に処理し、及び生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とする」ものであり、法第9条に定められたし尿浄化槽清掃業の規定をどのように解釈し、どのように運用するかについては、この目的に明記されたところを基本とすべきであることは、当然の道理でありましょう。
    最高裁判所は、清掃法当時に発生した事件についてのものではありますが、昭和47年10月12日、判決で、「市町村長が、し尿浄化槽の清掃とその清掃にかかる汚泥の収集運搬を業として行おうとする者に対して、許可を与えるかどうかは、法の目的と、当該市町村の処理計画とに照らし、市町村がその責務である浄化槽汚泥処理の事務を円滑完全に遂行するのに必要適切であるかどうかという観点から、これを決すべきものである。」と判示しています。つまり、し尿浄化槽の清掃及び汚泥収集運搬業の許可を与えるかどうかは、法の目的と当該市町村の処理計画とに照らし、専門技術的な判断を基礎とする市町村長の裁量によって決定すべきものだ、ということです。
  • そうでなければ、おかしいですよ。申請者が業を行うに必要な器具や資格をもってさえおれば、片っぱしから許可しなければならないというのは、そのために公共の福祉に反する結果を招こうがどうしようが、そんなことには構う必要がないというもので、全く無茶苦茶な暴論と云わねばなりますまい。
  • 旅券法という法律がありますが、その第13条に、「外務大臣において、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」に対しては、外務大臣は、旅券の発給をしないことができる、と定められていますが、この規定に基づく旅券発行拒否処分が違法であるかどうかを争った事件で、東京高等裁判所は、昭和29年9月15日の判決で、

    外務大臣が恣意(しい)に基づいて旅券発給を拒否した場合は格別、自己の識見信念に基づいてなした場合は、その判断の前提たるべき事実の認識についてさしたる誤りなく、又その結論にいたる推理の過程において著しい不合理のない限り、裁判所としても、その判断を尊重すべく、裁判所の判断の限界は、ここに一線を画すべきである。裁判所は、当不当の故をもって外務大臣のその責任においてなした権限行使に無用な干渉を加うべきではない。

    と判示しており、最高裁判所大法廷も、昭和33年9月10日、「原判決の判断は、当裁判所においても、これを肯認することができる。」として、上告を棄却する決定をしています。
    旅券法の規定は、旅券の発給をしないことができる場合を法定したものですが、廃棄物処理法の規定は、許可をしてはならない場合を法定したものです。なるほど、当時の廃棄物処理法第9条第2項には、旅券法第13条第1項第5号のような規定はありませんでした。
    しかし、当時は、し尿浄化槽清掃業の許可を受けた者は、し尿浄化槽の清掃をするだけでなく、その清掃にかかる汚泥の収集、運搬を業として行うことになっていましたから、許可を与えるか与えないかを決定するに当たっては、一般廃棄物としての浄化槽汚泥の収集、運搬又は処分を業として行うことについて、廃棄物処理法第 7条第2項に定める許可の要件を充たすものであるかどうかについても判断すべきであったことは、当然のことと云わねばなりません。廃棄物処理法第7条第2項には、前にも述べたように、「市町村長は、前条第1項の規定により定められた計画に適合するものであり、当該市町村による一般廃棄物の収集、運搬及び処分が困難であり、かつ、環境衛生上の支障が生ずるおそれがないと認められるときでなければ、前項の許可をしてはならない。」と定められていたのですから、市町村長は、申請の内容が、市町村が定めた浄化槽汚泥の処理計画に適合するものであるかどうか、既に許可している業者による浄化槽汚泥の収集、運搬又は処分が困難な状態であるかどうか、新規に許可を与えた場合、環境衛生上の支障を生ずるおそれがあるかどうかを判断した上で、許否を決めなければならなかったわけです。
  • 市町村長は、既存の許可業者による浄化槽汚泥の収集、運搬及び処分が計画どおり円滑に行われていて、申請の内容が市町村が定める計画に適合しないと判断して不許可処分にしたのであれば、その判断に不合理がない限り、裁判所は、その判断を尊重すべきだということですね。
  • 廃棄物処理法に第9条の規定が設けられたのは、この法律の目的とする『廃棄物を適正に処理し、生活環境を清潔にする』ためには、し尿浄化槽清掃業を営む者を無制限に放置しておくわけにはいかないからにほかなりません。そして、その当時は、し尿浄化槽清掃業者が行う浄化槽の清掃は、厚生省令(法施行規則第7条)で定める基準に従って実施するものとされ、その清掃にかかる汚泥の収集、運搬、処分は、市町村の定める処理計画に基づき、政令(法施行令第3条)で定める基準に従って実施するものとされていたのです。
    従って、岐阜市長は、岐阜市が定める浄化槽汚泥の収集、運搬、処分計画が円滑に実施されていて、新たに提出された申請の内容が、岐阜市の定める汚泥処理計画に適合しないものだと判断したのであれば、そのことを理由として不許可処分とし、裁判では、余計なことをいろいろと並べたてずに、許可の対象となる『業』の内容が、単にし尿浄化槽の清掃を行うだけでなく、市町村の責務とされている浄化槽汚泥の処理をも併せて行うものであることを、裁判官に徹底するように説明した上で、申請の内容が、浄化槽汚泥の処理について岐阜市が定める処理計画に適合するものでなかったために不許可処分としたことを主張すべきでした。
  • そうしておれば、裁判所は、果して申請の内容が岐阜市の定める処理計画に適合しないものであったかどうかについて審理していたでしょうね。
  • なお、この事件で、岐阜市長は、昭和50年11月25日付で原告の申請を不許可処分にした後、原告は、同年12月2日に許可申請を取下げているから、本件不許可処分取消しの訴えの利益がない、と主張しました。これに対して、裁判所は、「許可処分の申請に対応する不許可処分がなされた後は、右申請の取下げ(撤回)は許されないと解すべきものである。被告の主張によれば、申請の取下げ時期は不許可処分のなされた昭和50年11月25日よりのちの同年12月2日であるというのであるから、右申請の取下げは、その効力を生ずるに由なく、当該処分に対する取消訴訟の提起があっても、右結論が左右されることはない。したがって、被告の主張は、本件訴の利益を否定する事由たりえないことが明らかである。」と判示しています。
  • なるほど、不許可処分をうけた後で、許可申請を取下げても、その取下げは無効だから、不許可処分の取消しを求めて訴えることは出来るということですね。
  • ところで、この岐阜市の事件は、し尿浄化槽清掃業の許可を受けた業者は、浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集、運搬又は処分を業として行うには、別に一般廃棄物処理業の許可は受けなくてもよいと定められていた当時に発生したもので、浄化槽清掃業の許可だけでは、浄化槽汚泥の収集、運搬を業として行うことは出来なくなった現在とは事情が違いますが、それを承知で、敢えてこの事件をとり上げたのは、浄化槽清掃業の許可申請を不許可処分にしたら、裁判でその不許可処分は必ず取消されると主張する人たちが、その証拠として引用するおそれがありますので、この事件は、不許可処分をするに当たって理由を誤り、裁判で、主張すべきことを主張しなかったために敗訴したのだということを知ってもらおうと考えたからです。
  • 法第9条第1項の許可を受けたし尿浄化槽清掃業者が、浄化槽に生じた汚泥の収集、運搬を業として行うには、法第7条第1項の許可を受けなくてもよいと定められていた当時に発生した事件は、外にはありませんか。
  • もう1件あります。その事件は、廃棄物処理法第3次改正によって、法第9条第2項に1号と2号が設けられた後で発生した事件ですが、大阪のM弁護士が、≪判例地方自治≫の昭和62年9月号に、浄化槽清掃業の許可は、講学でいう覊束裁量に該当するという見解を述べた中で、この事件を引用していますので、次号でとり上げてみたいと思いますが、その前に、この岐阜市の事件で、原告が求めていた不作為の違法確認事件について、結果を紹介しておきましょう。
(2)不作為の違法確認について
  • 岐阜市では、本誌の63年5月号で紹介しておきましたように、原告から出されたし尿浄化槽清掃業の許可申請を不許可処分にしたところ、原告が現職の県議会議員に委任して再び許可申請書を提出し、先の不許可処分に対する異議申立書も提出してきたので、し尿浄化槽清掃業の許可の取扱いについて万全を期するため、厚生省の指導を仰ぐべく、県に依頼し、県ではこれをうけて、衛生部長名をもって、昭和50年12月27日付で厚生省に照会したのですが、厚生省からの回答がおくれているうちに、翌51年2月10日には36人からし尿浄化槽清掃業の許可申請書が提出され、これは、いずれも書類不備のため返却したものの、同年3月18日には改めて11人から許可申請書が提出されたので、厚生省からの回答を急いでもらうように県に申し入れ、県から、同年3月25日付で重ねて厚生省に照会の文書を出してもらいました。
    しかし、厚生省から回答がないまま、原告からの2度目の許可申請について許否を決めかねているうちに、同年4月28日、原告が提訴するに至ったものです。岐阜市長は、
    「し尿浄化槽清掃業の許可の取扱について厚生省の行政指導を待ち続けているうち、原告から不許可処分取消請求の訴訟が提起されたため、不許可処分が判決によって取消されるかどうかが確定しなければ、2度目の申請に対しても、却下すべきものか、棄却すべきものか、又は許可すべきものか、決定することが出来なくなったので、許否の決定を留保しているのであって、違法はない」
    と主張しました。これに対して、裁判所は、次にとおり判示しています。

    被告は、昭和50年12月12日になされた許可申請に対し、何らの応答をしていない理由として、現在ではすでに必要な調査も終了し、許可申請の内容についての審査も完了しているが、本件訴訟において、最初の許可申請に対する不許可処分の取消しをも求められているから、この点についての判決が確定しなければ、この2度目の許可申請に対して、被告が法律上正しく却下、棄却もしくは許可の別に従った決定をすることが不可能であるとの理由を主張する。
    しかし、本件訴訟において、最初の許可申請に対する不許可処分取消しについての判決が確定するまでは、二重申請という状態は存在しないのであり、2度目の許可申請に対する被告の処分がなされた後、最初の許可申請に関する判決が確定しても、これがため、被告の処分の法律上の適否に影響を及ぼすものではない。
    したがって、被告の主張は失当であり、当該不作為を正当ならしめるものではない。そうすると、この2度目の許可申請に対し、いまだ被告がなんらの処分をなさないことは違法であると断ぜざるをえない。

  • 不許可処分後に出された許可申請にも許否を決めねばならないわけですね。