清研時報

1990年1月号

浄化槽清掃業の許可処分を誤らないために訴訟事件の記録に学ぶ(7)
裁量権の範囲を逸脱して行政側が敗訴した事例
  1. 6-(1)裁量権の範囲を逸脱した行政庁の処分
  2. 6-(2)裁判所が示した判決理由の要点
  3. 6-(3)判示事項の中に見る裁判所の独自の見解

これは、静岡県賀茂郡南伊豆町で発生したし尿浄化槽清掃業及び一般廃棄物処理業不許可処分取消請求事件で、静岡地方裁判所が昭和59年4月26日、原告の請求には理由があるとして、各不許可処分を取り消す旨の判決を言い渡し、行政庁に裁量権の範囲を逸脱した違法があったためか、控訴をせず、行政側の敗訴が確定した事件です。
そのあらましは、本誌の昭和60年4月号で紹介しておきましたが、裁判所が示した判決理由の中には、独自の見解によるものと思われる節(ふし)がありますので、このシリーズでもとり上げて解剖することにしましょう。

6-(1)裁量権の範囲を逸脱した行政庁の処分
  • 事件の舞台となった南伊豆町は、伊豆半島の南の端にある町でしたね。
  • そうです。事件が発生したのは昭和56年4月のことですが、当時、人口は約1万1,500人、世帯数およそ3,470、浄化槽の設置基数は1,000基足らずの町でした。この町では、以前から、(株)T 衛生社が1社でし尿浄化槽の清掃と浄化槽汚泥の収集、運搬を行っていましたが、昭和56年4月7日、M興業(有)がし尿浄化槽清掃業の許可申請と浄化槽汚泥の収集、運搬を目的とする一般廃棄物処理業の許可申請をして、いずれも許可を与えられ、その3日後の同月10日に(有)Eメンテナンスが同様の許可申請をしたところ、いずれも不許可処分となったため、(有)Eメンテナンスが、その不許可処分の取り消しを求めて提訴したものです。
  • たしか、M興業に対する許可処分には、法規を無視した違法があったような話でしたね。
  • そうですね。南伊豆町長は、Eメンテナンスからの申請に対して、昭和56年4月27日付けで、「2業者許可済みであり、現体制で処理は困難であると思料されない」という理由を付して、し尿浄化槽清掃業も、浄化槽汚泥の収集運搬を目的とする一般廃棄物処理業も、どちらも不許可処分としたのですが、Eメンテナンスが不許可処分を受けた時点では、その20日前に許可を受けていたM興業では、まだバキュームカーを所有していなかったというのですから、その話が事実だとしたら、M興業は、し尿浄化槽清掃業の許可申請については廃棄物処理法第9条第2項第1号に適合していなかったわけで、許可をしてはならないと定められているのに許可を与えたことになりますし、また、一般廃棄物処理業についても法第7条第2項第3号に適合していなかったわけですから、これも許可をしてはならないと定められているのに許可を与えたことになり、法規を無視した違法があったことは明らかです。
  • M興業が2台のバキュームカーを購入して営業を始めたのは、Eメンテナンスが不許可処分を受けた2、3か月後のことだったということでしたね。
  • 判決文によれば、Eメンテナンスは、次のように主張しています。

    M興業は許可を受けた当時、物的、人的設備を何ら有していなかった。M興業は同年6月に至りはじめてバキュームカーを購入し、業務を開始したのは7月ごろになってからであった。同年9月にはM興業の監査役が、同年10月にはM興業の代表取締役の実弟で伊豆町役場の観光課長でもあった者が他の2名とともに、当時のEメンテナンスの代表取締役に対して、代金2,500万円でM興業を買い取る意思はないかと打診してきた。
    これらの事実から明らかなように、M興業は、各許可を利権として他に売却するため設立された会社にすぎない。Eメンテナンスに対して不許可処分がなされた時点においては、前記のようにM興業は実体を備えていなかったのであるから、南伊豆町内におけるし尿浄化槽清掃業及び浄化槽汚泥の収集、運搬業務の処理体制は不十分なものであった。しかるに、南伊豆町長は、Eメンテナンスの各申請を不許可処分とする一方で、M興業に対しては前記のように許可を与え、そのままその後もこれに対して何ら措置をとらずに放置している。
    以上からすれば、Eメンテナンスに対する不許可処分は、前記のように、南伊豆町内における各業務の処理体制が不十分なものであったのにもかかわらず、これが十分であることを前提としてなされたものであるうえに、M興業に利権を付与しようとする政治的意図を伴ってなされたものであるから、これらの点で裁量権の範囲を逸脱した違法な処分というべきである。

    と。
  • Eメンテナンスの方では、そんな主張をするくらいですから、もちろん、厚生省令で定める技術上の基準に適合する施設や能力を備えていたのでしょうね。
  • Eメンテナンスというのは、以前から、南伊豆町に隣接している下田市で、し尿の汲み取りや、し尿浄化槽の清掃、浄化槽汚泥の収集、運搬を行っていた業者ですから、事業を行うために必要な施設や能力に欠けるところはなかった筈です。
  • M興業では、その後、会社を他に売却したのに、南伊豆町長は、それを放置したままで、なんらの措置もとらなかったということでしたね。
  • そうです。
  • M興業を買い取って営業している業者については、町長がそれを認めているかぎり、とがめ立てするところはありませんが、業務を行うために必要な施設を備えてもいない申請者に許可を与えて、その営業許可を利権として他に売却するのを黙認した行政側の態度は許されませんね。
  • ですから、裁判所が、バキュームカーも備えていないようなM興業に対して許可を与え、3日おくれて申請した施設も能力も備えているEメンテナンスに対して許可を与えなかったのは、裁量権の範囲を超えた違法があるとして、Eメンテナンスに対する不許可処分を取り消したのであれば納得もできますが、静岡地方裁判所は、そのことには触れないで、し尿浄化槽清掃業の許可についても、浄化槽汚泥の収集、運搬を目的とする一般廃棄物処理業の許可についても、いずれも独自の見解に基づいて判断している節(ふし)があります。もしも、この判示事項をそのまま鵜呑みにするようなことがあってはならないと考えられますので、裁判所が示した判決理由の要点を紹介し、判示事項の中に見る裁判所の独自の見解についてメスを入れることにしましょう。
6-(2)裁判所が示した判決理由の要点
  • 静岡地方裁判所は、判決理由について、次のように述べています。
    1. 南伊豆町のし尿浄化槽清掃業及び浄化槽汚泥収集・運搬業許可状況証拠≪略≫及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
      1. 南伊豆町では、浄化槽汚泥の収集、運搬業務については、自らはそのための設備を有しておらず、すべてを業者に法第7条の許可を与えて行わせ、これを南伊豆町が構成員となっている一部事務組合の南豆衛生プラントに搬入させ、処分している。
      2. 昭和55年度までは南伊豆町の法第7条の許可業者はT衛生社だけであったが、昭和56年4月7日にM興業にも許可を与えてからはこの2業者が右業務を行っている。右2業者はいずれも、南伊豆町長から法第9条のし尿浄化槽清掃業の許可も受けており、独自の浄化槽清掃業務にかかる浄化槽汚泥は、自ら収集、運搬している。
      3. 南伊豆町では、昭和56年度の一般廃棄物処理計画において、浄化槽汚泥の排出量を年間1,700キロリットルと想定し、これをT衛生社及びM興業の許可業者2社が6台のバキュームカーで収集、運搬する計画を立てていた。
      4. 南伊豆町の計画区域内において発生した浄化槽汚泥の量は、昭和55年度には約1,734キロリットル、昭和56年度には約2,686キロリットルであった。右量は、右2業者で収集、運搬することが可能であった。
    2. 法第9条の許可の性質について
      1. 法第9条は、し尿浄化槽の普及により、その清掃等が不適切になされた場合、環境汚染問題を発生させるおそれが生じるに至ったことから、生活環境の保全及び公衆衛生の向上という公益実現のため、し尿浄化槽清掃業につき一定の規則を定めたものである。法は、一般廃棄物処理業務については、第6条第1、2項において、市町村は一般廃棄物の処理計画を定め、これに従って自らその収集、運搬及び処分を行うよう規定し、第7条第1項、第2項第1、2号において、市町村による処理が困難な場合に限り、右計画に適合する範囲で私人に許可を与え、一般廃棄物処理業を行わせることとし、同条第3項において、右許可に際しては、一般廃棄物の収集を行うことができる区域を定めうるものとした。これに対し、し尿浄化槽清掃業務については、右とは別個に第9条の規定を置き、同条第1,2項において、同業務を行うには市町村長の許可を要すること及び右許可のための必要条件を定めているが、第6条第1、2項、第7条第2項第1、2号に対応する規定はなく、許可に際し営業区域を制限できる旨の規定も置かれていない。右からすれば、法は、一般廃棄物処理業務については、その役務の提供に関し、行政主体が積極的に介入して統制を行い、提供される役務の質的、量的水準の確保をはかることにより、前記公益の実現をはかることとし、そのために、これを市町村の業務と定め、市町村が自らこれを遂行するのが困難な場合に限り、私人に許可を与えてこれを代行させることとしたものと解される。他方、し尿浄化槽清掃業務については、その業務内容からみて右のような統制の制度を定める必要までは認めず、複数の業者による競争は容認し、一定の技術上の基準に適合する設備及び能力を有し、かつ、業務の執行について不正を行うおそれのない者に限り営業の許可を与えることにより、その適正な遂行を担保して、前記公益の実現をはかることとしたものと解するのが相当である。
      2. 法第9条の許可の性質を右のように解する以上、法第9条の申請が同条第2項に適合している場合には、市町村長はこれを許可しなければならないものと解すべきである。よって、南伊豆町長の『法第9条第2項は許可に必要な要件を規定するのみであり、申請が同項各号に適合していた場合に当然に許可を与えるべき旨規定されてはいない。市町村長は、右許可につき裁量権を有し、申請が右各要件を充足する場合においても、これに許可を与えないこともできるものと解すべきだ。』という主張は失当である。
    3. し尿浄化槽清掃業と浄化槽汚泥収集・運搬業との関係
      1. し尿浄化槽を清掃すれば、必然的に浄化槽汚泥を引き抜くこととなるから、し尿浄化槽清掃業を行うについては、当該業務にかかる浄化槽汚泥の収集、運搬についても方策を講じる必要があることは明らかである。
      2. 廃棄物処理法施行規則は、昭和53年厚生省令第51号により改正する前、第2条において『法第7条第1項の規定による厚生省令で定める場合は、次のとおりとする。』として、第2号に『法第9条第1項の許可を受けた者がし尿浄化槽に係る汚泥の収集、運搬または処分を業として行う場合』と規定し、第6条において『法第9条第2項第1号の規定による厚生省令で定める技術上の基準に適合する施設及び能力は次のとおりとする。』として、第3号に『バキューム式の汚泥収集運搬車』と規定していた。よって、右改正前は法及び規則上、し尿浄化槽清掃業務と当該業務にかかる浄化槽汚泥の収集、運搬は一体の業務と把握され、法第9条の許可を受けてし尿浄化槽清掃業務を行う者は、法第7条の許可を受けることなく浄化槽汚泥の収集、運搬をなし得ただけでなく、右収集、運搬のための設備を具備し自らこれを行うことを要求されていたものと解される。
      3. しかし、し尿浄化槽が一般家庭に普及したことに伴い、浄化槽汚泥の処理が市町村の一般廃棄物処理事業中に占める割合が増大したため、し尿浄化槽清掃業の許可を得た者による浄化槽汚泥の収集、運搬または処分についても市町村の処理計画との整合性を図る必要を生じるに至ったため、廃棄物処理法施行規則の一部を改正する省令(昭和53年厚生省令第51号)により、規則が改正され、第2条第 2号が削除され、し尿浄化槽清掃業の許可を得た者が浄化槽汚泥の収集、運搬または処分を行うについても、これを事業の範囲とする法第7条の許可を要することとなり、また、第6条第 3 号が『自吸式ポンプその他の汚泥の引出しに適する器具』と改められ、浄化槽汚泥の収集、運搬のための設備の具備は法第9条の許可の要件ではなくなった。よって以後は、法令上、し尿浄化槽清掃業と、右業務にかかる浄化槽汚泥の収集、運搬業とは、形式的には別個の許可制度の規制に服する独立した業務として取り扱われることになり、し尿浄化槽清掃業者は、浄化槽汚泥の収集、運搬を自らは全く行わずに他の業者にまかせることも可能になったものと解される。
      4. しかし、浄化槽汚泥の収集、運搬だけを別に他の業者にまかせるという方法をとることにより、し尿浄化槽清掃業を行う者が営業上かなりの制約を受けることは明らかである。そして、現に証人≪略≫の各証言によれば、右規則改正後においても、し尿浄化槽清掃業者は、浄化槽汚泥を引き抜くためにバキュームカーを使用し、その収集、運搬業務まで併せて行っているのが通例であり、浄化槽汚泥を他の方法で引き抜いたり、その収集、運搬を他の業者にまかせたりすると採算がとれないことが認められる。したがって、前記規則改正後においても、現実的には、し尿浄化槽清掃業を行おうとする者は、法第7条の許可も得て浄化槽汚泥収集・運搬業も併せて行う必要があるものといえる。さらに、本件においては、南伊豆町の前記計画区域内の浄化槽汚泥の処理体制は、前記認定のとおりであるから、Eメンテナンスが浄化槽汚泥の収集、運搬だけを別に他の業者にまかせるという方法でし尿浄化槽清掃業を行うとすれば、Eメンテナンスは、その競業者の立場にある前記2業者にこれを、まかせざるを得ないということになってしまうが、これは、このような方法でし尿浄化槽清掃業を行うことは現実には不可能に近いといえるから、Eメンテナンスとしては、浄化槽汚泥の収集運搬業の許可も併せて取得しないと、事実上、し尿浄化槽清掃業を行うことができない状況にあると認められる。
    4. 本件各処分の適否
      1. 南伊豆町長は、本件7条申請について、浄化槽汚泥収集・運搬業務は既に許可ずみの2業者で処理できるから、これを許可すべき必要性はなく、よって同申請に対しては不許可処分が相当であるとし、これを前提にして、本件9条申請について、Eメンテナンスが本件7条申請について不許可とされたことのみを以って、Eメンテナンスがし尿浄化槽清掃業を行った場合、浄化槽汚泥をその場に放置するおそれがあるものと認め、よってEメンテナンスは、法第9条第2項第2号に規定する法第7条第2項第4号ハに掲げる者に該当するから、同申請も不許可とされるべき旨主張するものである。
        1. 法第7条の許可の前記性質からすれば、ある廃棄物の処理について法第7条の許可の申請がなされた場合、市町村長は、当時の処理計画に基づき当該廃棄物が困難なく処理されている以上、従前の処理計画を変更してこれに対し許可を与えるか、従前の処理計画を維持してこれを不許可にするかについて広汎な裁量権を有するから、後者に対して右申請を不許可としても、原則として違法ではないと解される。
        2. しかし、浄化槽汚泥収集・運搬を事業の範囲とする法第7条の許可については、同業務が前記のとおり、異なった法理に基づく別個の許可制度の規制下に置かれているし尿浄化槽清掃業と事実上密接な関係を有することから、右両業務の許可申請が併せてなされた場合、両申請に対して整合的な処分をなすべきであると解されるので、法第7条の許可に関する前記裁量権の範囲はその限りで制約されるものと解すべきである。
        3. 本件のように浄化槽汚泥の収集、運搬を自ら併せて行わないかぎり、事実上し尿浄化槽清掃業を行うことができない状況にある場合、浄化槽汚泥収集・運搬業の許可につき前記(一)のような裁量権が認められるとすると、法第7条の許可の法理によりし尿浄化槽清掃業を規制するのと同一の結果をもたらしてしまうことになって、し尿浄化槽清掃業について特に法第9条の許可制度を定めた趣旨が没却されることになる。しかも、浄化槽汚泥の収集、運搬は、し尿浄化槽清掃業務の付随的業務であるから、これに対する裁量権の行使により、主たる業務であるし尿浄化槽清掃業について別個に定められている規制内容を実質的に変更する結果を招来させるのは相当ではない。また、浄化槽汚泥の収集、運搬は本来、市町村が責務を負う業務であるから、市町村は、し尿浄化槽清掃業の許可をなす際には、右許可を得た者が将来引き抜くこととなる浄化槽汚泥について、自らあるいは法第7条の許可を通じてこれを遅滞なく処理し得る体制を整備すべき責務を負うものである。
        4. したがって、法第7条及び法第9条を整合的に解釈すれば、市町村長は、し尿浄化槽清掃業の許可申請と併せて当該業務にかかる浄化槽汚泥の収集・運搬業の許可申請を受けた場合、浄化槽汚泥収集・運搬業務について、これを併せて行わなくても、し尿浄化槽清掃業を行うについて支障がないだけの処理体制が整備されていない以上は、従前の処理計画により浄化槽汚泥収集・運搬業務が支障なく処理されていることだけを理由として、浄化槽汚泥収集・運搬業の許可申請を不許可とすることはできず、同申請が法第7条第2項第3、第4号の要件を充足し、かつ、し尿浄化槽清掃業の許可申請も許可要件を充足している場合には、両申請を併せて許可し、浄化槽汚泥に関する処理計画をこれに合わせて変更しなければならないものと解すべきである。なお、この場合、し尿浄化槽清掃業の許可申請については、浄化槽汚泥収集・運搬業の許可申請が右要件を充たしている以上、浄化槽汚泥の収集、運搬については、確実な方策が存在するものとして許可要件の判断がなされるべきである。
      2. よって、本件においては、前記のとおり、本件7条申請は本件9条申請と併せてなされ、また Eメンテナンスがし尿浄化槽清掃業を行うためには、浄化槽汚泥の収集・運搬業務も併せて行わざるを得ない状況にあったから、南伊豆町長の主張する前記申請却下の理由は、本件7条申請の不許可理由とはなし得ないものである。そうだとすれば、本件7条申請に対する不許可処分は、法第7条の許容しない考慮に基づいてなされたものであるから、同法条により南伊豆町長に付与された裁量権の範囲を逸脱してなされた違法な処分といわざるを得ない。そして、本件9条申請に対する不許可処分は、前記のとおり、本件7条申請について許可を得られないことが法第9条第2項第2号所定の欠格要件に該当するとしてなされたもので、本件7条申請に対する不許可処分が適法であることを前提としているから、右のとおり本件7条申請に対する不許可処分が違法として取り消される以上、処分の理由となった欠格要件の認定の誤りのある違法な処分であるということになる。
    5. 以上によれば Eメンテナンスの請求は理由があるから認容し、主文のとおり判決する。
    長くなりましたが、これが裁判所が示した判決理由です。
  • なるほど。一般廃棄物処理業の許可についての判断は、本誌の昨年11月号で紹介してもらった宮崎地方裁判所の判断とは違っていますし、昨年9月号で紹介してもらった最高裁判所の判断ともまるで違っていますね。
  • し尿浄化槽清掃業の許可についての判断も、妥当なものとは云えませんよ。
6-(3)判示事項の中に見る裁判所の独自の見解
  • 静岡地方裁判所の判決によれば、

    従前の処理計画により浄化槽汚泥の収集運搬業務が支障なく処理されていることだけを理由として、浄化槽汚泥収集・運搬業の許可申請を不許可とすることはできず、同申請が法第7条第2項第3、第4号の要件を充足している場合には、両申請を併せて許可し、浄化槽汚泥に関する処理計画をこれに合わせて変更しなければならないものと解すべきである。

    と云っていますが、全国の市町村の担当者たちが、この判決を真(ま)に受けたら、とんでもないことになりますね。
  • 真(ま)に受けようにも、受けられませんよ。浄化槽の清掃と、その清掃にかかる汚泥の収集、運搬を併せて行おうとする者から、法第9条と法第7条の許可の申請があったら、次から次に両申請を併せて許可し、その都度、それに合わせて浄化槽汚泥の処理計画を変更しなければならないと云われても、おいそれと処理計画を変更することが出来ますか。
  • そんなことは出来ません。裁判所は、廃棄物処理業務の実態を知らないからそんなことが云えるのでしょうが、これでは、浄化槽清掃業の許可を受けようとする人たちは意を強くして、この判例を活用しようとするでしょうし、市町村の担当者たちは、対応に困ることになるでしょうね。
  • そうですね、このままにしておけば、迷わされる人たちも現れるでしょうから、気付いた点を述べることにしましょう。
    第一に、この判決では、廃棄物処理法にし尿浄化槽清掃業の規定が設けられたいきさつや、その後、し尿浄化槽清掃業に関する法律や厚生省令の一部が改正された理由が理解されていないようです。市町村は、その処理区域内のし尿浄化槽に生ずる汚泥の処理について、汲み取り便所のし尿の処理とともに、一定の計画を定め、その計画に従って、生活環境の保全上支障が生じないうちにこれを収集し、運搬し、処分しなければならない義務を負うものでありますが、し尿浄化槽に生ずる汚泥を収集する作業は、汲み取り便所のし尿を汲み取るのとは違って、専門的な知識、技能および相当の経験を必要とする附属機器の点検、槽内単位装置の掃除、たね汚泥の調整作業などと一体的な実施しなければならない性質のものであるため、清掃法当時から市町村が自ら直営事業として定常的に行うことは困難な業務として扱われ、汚物取扱業のライセンスを持ち、かつ、厚生省令に基づく『管理技術者』の資格をもつ者に限って業務を行わせてきたものです。
    廃棄物処理法の制定に当たって、市町村の固有事務である汲み取り便所のし尿の収集、運搬又は処分の業務を代行するものを法第7条に一般廃棄物処理業として規定し、同じく市町村の固有事務であるし尿浄化槽汚泥の収集、運搬又は処分の業務を代行するものは、その業務と併せて、管理者の義務であるし尿浄化槽の清掃業務を管理者に代わって行うものであるために、法第7条とは区別して、法第9条にし尿浄化槽清掃業の規定を設けたものです。ところが、法第9条では、第2項に『市町村長は、前項の許可を受けようとする者が厚生省令で定める技術上の基準に適合する設備、器材及び能力を有すると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。』と定めただけで、第7条第3項の『第1項の許可には、期限を附し、一般廃棄物の収集を行うことができる区域を定め、又は環境衛生上必要な条件を附することができる。』という規定に相当する規定もなかったため、市町村長は、し尿浄化槽清掃業の許可を受けようとする者が、厚生省令で定める技術上の基準に適合する設備、器材及び能力を有すると認めるときは、必ず許可をしなければならないものだと解釈する者もあらわれ、し尿浄化槽清掃業の許可の性質をめぐって、やれ自由裁量行為だ、やれ覊束裁量行為だと各地で紛争が発生するに至りました。
    そして、昭和49年5月20日付けで鳥取県衛生環境部長から、50年12月27日付けで岐阜県衛生部長から、厚生省に対し、それぞれ文書をもって法第9条の許可の性質に関する照会が寄せられたことなどもあって、51年、

    市町村長は、前項の許可の申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。

    1. その事業の用に供する施設及び申請者の能力が厚生省令で定める技術上の基準に適合するものであること。
    2. 申請者が第7条第2項第4号イからハまでのいずれにも該当しないこと。
    と改め、同時に、第3項に『第1項の許可には、期限を付し、又は生活環境の保全上必要な条件を付することができる。』という規定を新たに設け、52年3月15日から施行されることになりました。
    ところが、その後も依然として従来のままの解釈をする者が少なくなかったため、昭和53年8月10日、厚生省令第51号により廃棄物処理法施行規則の一部を改正し、第2条第2号を削除して、し尿浄化槽の清掃と、その清掃にっかる汚泥の収集、運搬又は処分を併せて行おうとする者は、法第9条第1項の許可と併せて法第7条第 1項の許可も受けなければならないことに改めたわけです。そうしたいきさつがわかっていないようですね。
  • この判決では、し尿浄化槽汚泥の収集、運搬を行うための許可申請が、法第7条第2項第3、第4号の要件を充足し、かつ、し尿浄化槽清掃業の許可申請も許可要件を充足している場合には、両申請を併せて許可しなければならないとして、法第7条第2項の第1、第2号の要件を充たす必要はないものと判断していますが、この判断は、おかしいのではありませんか。
  • そうですね。厚生省では、昭和53年厚生省令第51号によって改正した省令の施行について、昭和53年8月21日付け環整第90号、各都道府県・各政令市廃棄物処理担当部(局)長宛の環境整備課長通知で、

    規則第2条第2号の改正により、し尿浄化槽の清掃と、当該し尿浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集、運搬又は処分を併せて行おうとする者は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律第9条第1項の許可と併せて法第7条第1項の許可を要することとなったので、その適格性を審査するに当たっては、し尿浄化槽の清掃については法第9条第2項に規定する許可要件との適合性を、し尿浄化槽の汚泥の収集、運搬又は処分については法第7条第2項に規定する許可要件との適合性を併せて判断しなければならないものであるので、この旨管下市町村に周知徹底されたいこと。

    と指示していますが、これがそのときの省令改正の狙いであって、し尿浄化槽の汚泥の収集、運搬を業として行うための許可については、法第7条第2項に規定する第1号から第4号までの許可要件に適合していることが絶対条件であることは明白です。第1号、第2号の要件は抜きにして、第3号、第4号の要件を充たしておれば必ず許可しなければならないという判断は、条文の解釈を誤ったものと云わねばなりますまい。
  • 省令改正の狙いを無視して、勝手な判断をされては困りますね。
  • 第二に、この判決では、市町村が廃棄物処理法第6条第1項の規定に基づいて定めるし尿浄化槽汚泥の処理計画が、簡単に変更できるものではないということが理解されていないようです。南伊豆町がお隣りの下田市とともに使用している処理施設『南豆衛生プラント』は昭和43年3月に運転開始したもので、1日の処理能力は36キロリットルです。し尿浄化槽汚泥の投入は1日10.8キロリットルまでが限度でしょう。
  • そうですね。生し尿を処理するように設計されている処理施設には、し尿浄化槽汚泥の投入は3割までが限度で、その限度を超えてし尿浄化槽汚泥を投入すれば、施設の機能が阻害されるおそれがありますからね。
  • そうです。市町村は、その処理区域内のし尿の量と、し尿浄化槽汚泥の量、それに処理施設の処理能力を勘案して処理計画を定めるわけですが、し尿浄化槽の清掃とその清掃にかかる汚泥の収集、運搬を併せて行おうとする者に対して、市町村長は必ず許可を与えなければならないということになれば、許可申請をする者が次から次に現れるに違いありませんし、そのすべてに許可を与えなければならず、それに合わせて、その都度、処理計画を変更しなければならぬとなれば、大変です。ハイ、そうですかというわけにはまいりません。そんなことになったら、どこも完全にお手上げです。行政の実態を考慮しない不当な判断と云わねばなりますまい。
  • 裁判所は、この判決理由の中で、「市町村は、し尿浄化槽清掃業の許可をする際には、その許可を得た業者が引き抜くし尿浄化槽の汚泥について、自ら或いは既存の一般廃棄物処理業者によって遅滞なく処理する体制を整備すべき責務を負うものだ。」と述べていますが、この判断に従うとすれば、『ごみ』についても、市町村は、住民の1人1人が掃除するのを待って、遅滞なくこれを処理する体制を整えなければならないことになりますね。
  • おそらく、裁判所は、廃棄物処理法第6条第4項に、市町村の処理区域内の土地又は建物の占有者は、自ら処分しない一般廃棄物については、市町村が一定の計画に従って行う一般廃棄物の収集、運搬及び処分に協力しなければならない、という規定があるのを見落したのでしょうね。し尿浄化槽の清掃は、管理者、つまり住民の義務であり、市町村の義務ではありません。このことは廃棄物処理法でも第8 条第4項に定められていました。しかし、住民が自分で厚生省令で定める技術上の基準に従って清掃することは困難であるため、し尿浄化槽清掃業者が住民に代わってし尿浄化槽の清掃業務を行うことになっているのですから、その清掃にかかる汚泥の処理については、市町村が定めた一定の計画に従わねばならないことは理の当然と云わねばなりますまい。
  • 南伊豆町長が、このような判決を受けて控訴しなかったのは、厚生省令で定める施設を備えてもいないM興業に対して許可を与え、その3日後に申請した原告に対しては不許可処分にしたことや、そのM興業が営業許可を利権として原告に売りつけようとして拒絶され、その後これを他に売却したのを、そのまま放任していたことなどもあって、控訴を断念したのではないでしょうか。
  • そうかもしれませんね。しかし、どんな理由で控訴しなかったにせよ、この判決理由に示された解釈が正しいものであったと認めることはできません。
  • しかし、一般的に、裁判所が下した判決には、法律の解釈についての間違いがあるとは考えませんからね。
  • もっともです。それだからこそ、本誌の昨年1月号から本号まで、行政側が敗訴した事例について、内容を紹介し、行政側がどうして敗訴したのかを解剖したわけです。次号からは、行政側が勝訴した事例について、その勝因を紹介することにしましょう。まさかのときの参考になれば幸いです。