清研時報

1990年5月号

浄化槽清掃業の許可処分を誤らないために訴訟事件の記録に学ぶ(9)
行政側が勝訴した事例
  1. 2.岐阜地方裁判所昭和58年(行ウ)第1号事件
  2. 岐阜市長が不許可処分にした理由
  3. 行政側が裁判で主張した内容
  4. 裁判所が不許可処分を適法と認めた理由
2.岐阜地方裁判所昭和58年(行ウ)第1号事件
  • この事件は、昭和58年に岐阜市で発生したものです。事件名は≪一般廃棄物処理業の不許可取消等請求事件≫となっていますが、内容は、し尿浄化槽清掃業と、し尿浄化槽汚泥の収集、運搬を目的とする一般廃棄物処理業の不許可処分の取り消しを求めたものでした。原告の請求はいずれも棄却されましたが、岐阜市では、昭和51年に同市で発生したし尿浄化槽清掃業不許可処分取消請求事件で敗訴した苦い経験を見事に生かしたものといえましょう。
  • 判決が出たのも早かったですね。
  • ええ。鈴木理史こと裴錫崇が、し尿浄化槽清掃業と、し尿浄化槽汚泥の収集運搬を目的とする一般廃棄物処理業の許可申請をしたのが昭和57年9月20日、岐阜市長が、一般廃棄物処理業の申請を不許可処分にしたのが昭和57年11月19日、し尿浄化槽清掃業の申請を不許可処分にしたのが昭和58年9月7日、岐阜地方裁判所が、原告の請求をいずれも棄却するという判決を出したのが昭和60年3月25日ですから、この種の事件としては早く解決した方ですよ。
  • 事件が早く解決したのは、どうしてでしょうか。
  • ひとくちで言えば、不許可処分の適法性についての行政側の主張が適切だったということでしょうね。
  • それでは、行政側が不許可処分にした理由と、裁判で主張した内容について紹介してくれませんか。
  • この事件は本誌の1986年1月号でも取り上げておきましたが、その後の読者もおられることですし、貴重な資料でもありますので、改めて要点を紹介することにしましょう。
岐阜市長が不許可処分にした理由
  • 岐阜市では、し尿浄化槽清掃業の許可申請と、し尿浄化槽汚泥の収集、運搬をするための一般廃棄物処理業の許可申請を同時に受理したのでしたね。
  • そうです。しかし、そうだからといって、処分はいっしょにしなければならないということはありません。早く処分できる方から処分すればよいわけです。
    岐阜市では、先ず、一般廃棄物処理業の許可申請について、『廃棄物処理法7条2項各号の規定に適合しない点があり、これを許可した場合には生活環境の保全上支障を生ずるおそれがある。』という理由で、不許可処分にしました。そして、それから約9か月後に、し尿浄化槽清掃業の許可申請について、『廃棄物処理法9条2項各号の規定に適合しない点が認められる。』という理由で、不許可処分にしました。
  • 『既存業者の経営を圧迫するから』とか、『既存業者との間に無用の競争を招くから』などとは云わなかったのですね。
  • ええ、そんな余計なことは云っていません。
  • そこが肝心なところですね。
行政側が裁判で主張した内容
  • 行政側では、一般廃棄物処理業の適法性について、次のように主張しました。

    廃棄物処理法は、法7条1項に基づく一般廃棄物の収集、運搬及び処分を業として行うことの許可申請があった場合、許申権限者である市町村長においては、その許可申請が同条2項各号の規定に適合していると認めるときでなければ、これを許可してはならない旨規定している。
    ところで、右各号のうち、1号及び2号に対する各適合性の有無は、当該市町村における一般廃棄物処理計画に照らし、市町村がその責務である一般廃棄物の収集、運搬及び処分の事務を円滑に遂行するために必要かつ適切であるか否かという観点からこれを判断、決定すべきものであるから、その意味においても、法7条1項に基づく許否の処分は、市町村長の自由な裁量に委ねられているものと解するのが正当である。しかして、本件7条申請については、以下に述べるように法7条2項1号、2号及び4号の各規定に適合しない点が認められた。

    1. 法7条2項1号不適合事由
      岐阜市におけるし尿浄化槽にかかる汚泥の収集及び運搬は、現在これを業として行うことを許可されている2業者によって特段の支障なく円滑に遂行されている。右2業者が収集、運搬することのできるし尿浄化槽にかかる汚泥の最大量と対比しても、右2業者が現実に収集、運搬している汚泥量は、右最大量の約9割程度であって、右2業者による汚泥の収集・運搬能力には、なお相当の余力があるものと認められる。したがって、被告は、本件7条処分当時、岐阜市においては、いまだ『一般廃棄物の収集、運搬及び処分が困難である。』というような状況にはないものと認めたうえ、本件7条申請が法7条2項1号に適合しない旨の判断をした。
    2. 法7条2項2号不適合事由
      岐阜市においては、現在、右許可業者の収集したし尿浄化槽にかかる汚泥が、岐阜市の設置、運営する2か所のし尿処理場に搬入され、右搬入にかかる汚泥がここで生し尿と混合されて浄化処理されている。しかして、右処理場における浄化処理を効率的かつ円滑に行うためには、各業者によって搬入される汚泥の量と生し尿の量とが一定比に保たれるように、右各業者に対して諸般の指導、監督を行うことが必要である。
      ところで、もしも許可業者数が増加するときは、これら業者に対する右のような指導、監督に十全を期することは著しく困難となることが予想された。しかも、岐阜市では、現に下水道の整備作業が進捗中であるから、このような状況下において、あえてし尿浄化槽にかかる汚泥の収集・運搬業者の数を増加させるというようなことは不必要であるばかりでなく、かえって、下水道の整備された際に生起することの予想される右許可業者の業務の削減と、これに対する補償というような諸問題についての解決を困難にするなど、行政上の観点からも妥当でないことが明らかであった。
      右(1)に記載した事実に、これらの事情をも加味して判断すると、岐阜市においてし尿浄化槽にかかる汚泥の収集・運搬業を行うことを原告に許可することが、岐阜市の定める一般廃棄物の『処理計画に適合するものである』などとは、とうてい認められなかった。したがって、本件7条申請が法7条2項2号にも適合しないものであることは明らかであった。
    3. しかも、原告は、本件7条申請にあたり、その経歴を詐称するなどの行為にでた。このような原告の態度に照らすと、岐阜市においてし尿浄化槽にかかる汚泥の収集・運搬業を行うことを原告に許可した場合、原告は、法7条2 項4号ハに定める『その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』に該当すると判断せざるを得ないから、本件7条申請が法7条2項4号にも適合しないことは明らかである。

    以上のとおりであるから、本件7条処分になんらの違法な点もないことは疑いを容れる余地がない。

  • し尿浄化槽清掃業の不許可処分の適法性については、どんな主張をしたのですか。
  • 次のように主張しました。

    廃棄物処理法は、法9条1項に基づくし尿浄化槽清掃業を行うことの許可申請があった場合、許可権限者である市町村長としては、その許可申請が同条2項各号の規定に適合していると認められるときでなければ、これを許可してはならない旨規定している。
    ところで、本件9条申請については、以下に述べるように、法9条2項1号及び2号(同法7条2項4号ハ)の各規定に適合しない点が認められた。

    1. 法9条2項1号不適合事由
      法9条2項1号に基づく技術上の基準については、廃棄物処理法施行規則6条がこれに適合する施設及び能力を具体的に規定しているが、その1つとして同条4号は、『し尿浄化槽の機能点検及び清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験』を有することを要する旨を定めている。しかして、右規定に関しては、昭和46年10月16日付環整第43号をもって、厚生省環境衛生局長から各都道府県知事及び各政令市市長宛に通知が発せられているところ、右通知は、右4号の規定の運用につき『許可申請者が、厚生大臣の認定する講習会の課程を終了した者で、しかも、相当の経験を有する者であることをもって、右4号の要件を充たすものとすべきこと』を指示している。そして、岐阜市においては、法9条所定の許否処分について、その適正を期するため、右通知の趣旨をも踏まえて、≪岐阜市し尿浄化槽の汚泥収集、運搬及び清掃許可申請取扱い要綱≫を定め、規則6条4号の規定する『相当の経験』の有無については、許可申請者が、その許可申請にかかる業務につき2年以上の経験を有するか否かを基準としてこれを判断するという取り扱いをすべきこととしている。
      ところが、原告については、いまだ右に述べたような技術上の基準に適合しない点があることは、以下に述べるところによってきわめて明らかである。

      ア.相当の経験の欠如

      原告が本件9条許可の申請をするに際して同申請書に添付して提出した履歴書には、『原告が昭和48年1月から同51年7月までの約3年6か月余にわたって、三重県下の員弁環境衛生社においてし尿浄化槽の清掃業務に携わった』旨その実務経験についての記載がされている。しかしながら、原告の提出した右履歴書の記載内容の正確性につき、被告において後刻調査した結果、原告が右の期間中右の業務に携わっていた者であることはとうてい認めがたいことが明らかとなった。そこで、被告は、このような調査結果に基づいて、本件9条申請には法9条2項1号、規則6条4号に適合しない点があると判断したものであって、この判断が正当であることはいうをまたない。
      しかのみならず、仮に、被告が、し尿浄化槽の清掃業務について原告に相当の経験があるか否かを判断するにあたって、本件9条処分時点以前のすべての原告の経験(ちなみに、原告は、昭和55年8月以降、前記員弁環境衛生社においてし尿浄化槽の清掃業務に関して若干の経験を積んだもののごとくである。しかし、原告は、本件9条処分以前に右の経験について被告に対してなんらの告知をもしなかったものであり、被告もまた、本件9条処分当時このことを全く知らなかった。)をも加味すべきであったとしても、原告の右員弁環境衛生社における勤務の実状に照らせば、右処分時までに、原告がし尿浄化槽の清掃業務につき2年以上の経験を有する者と評価し得ない者にあたることも又きわめて明らかである。

      イ.資格の欠如

      原告は、本件9条申請に際し、自己が前記厚生省衛生局長通知にかかる厚生大臣の認定する講習会の課程を終了した者にあたることを証する書面として、財団法人日本環境整備教育センター清掃コース(Bコース)講習会(この講習会は、規則6条4号の定める専門的知識及び技能を有する者を養成する講習会として厚生大臣の認定を受けたものである。)の修了証書を前記申請書に添付した。
      ところで、右講習会を受講するためには、し尿浄化槽の清掃業務につき実務経験を有することがその受講資格とされており、右実務経験については勤務先の証明が求められている。そして、右実務経験の有無、内容につき虚偽の証明を入手して前記の受講をしたことが明らかとなった場合、その受講者は右講習会の課程の修了資格を取り消されるべきこととなっているのである。
      しかして、原告は、右実務経験を偽り、右虚偽の実務経験につき当時の勤務先である員弁環境衛生社こと鈴木好広の『証明』を得て、右講習会を受講した。そうとすれば、そもそも原告の右講習会の課程の修了資格は、これを取り消されてもやむを得ないものにほかならないから、本件9条処分の当否の判断においては、当然、原告がいまだ前記通知にいう『厚生大臣の認定する講習会の課程』を修了していない者と同視すべき者にあたることを前提とすべきである。したがって、この点においても本件9条申請には法9条2項1号、規則 6条4号に適合しない点があるものというのほかはない。
    2. 法9条2項2号不適合事由
      以下に述べるような事情に照らすと、もし原告に対して岐阜市においてし尿浄化槽清掃業を行うことを許可した場合、原告がその業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当な理由のある者に該当するという判断をせざるを得ないから、本件9条申請が法9条2項2号、同7条2項4号ハに適合しないものであることもまた明らかである。
      すなわち、既に述べたように、原告は、本件9条申請に当たり、その履歴につき虚偽の記載をし、また前記財団法人日本環境整備教育センター清掃コース(Bコース)講習会の受講に際してもその実務経験を詐称したばかりでなく、本件訴訟の審理においても、自己の経歴、実務経験等に関し虚偽の供述をしたのである。
      このような原告の態度に加え、仮に原告に対してし尿浄化槽清掃業を行うことを許可したとしても、その場合、原告は、その結果除去されるべき汚泥を収集し、これを運搬することができない(ちなみに、原告はいまだ法7条に基づく許可を受けていない。)のであるから、原告が、これを放置し、あるいは違法に収集、運搬するなどの違法行為に出るであろうということがきわめて高い蓋然性をもって予想された。そうとすれば、原告がその業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれありと認めるに足りる相当な理由のある者に該当する旨の被告の判断は、きわめて正当なものであって、もとより是認されるべきものであろう。以上のとおりであるから、本件9条処分になんら違法の点のないことは疑いを容れる余地がない。
  • なるほど。行政側は、一般廃棄物処理業の許可申請については、原告が法第7条第2項第1号、第2号、第4号に適合していないため不許可処分にしたのだと主張し、し尿浄化槽清掃業の許可申請については、原告が法第9条第2項第1号、第2号に適合していないため不許可処分にしたのだと主張していますね。
裁判所が不許可処分を適法と認めた理由
  • 岐阜地方裁判所は、し尿浄化槽清掃業にかかる汚泥の収集、運搬を目的とする一般廃棄物処理業の不許可処分に違法はないとして、その理由を次のように述べています。

    法7条1項は、『市町村の区域内においては、その区域を管轄する市町村長の許可を受けなければ、一般廃棄物の収集、運搬又は処分を業として行ってはならない。』旨規定しているところ、この規定の趣旨とするところは、以下のようなものであると解される。すなわち、市町村の区域内における一般廃棄物の収集、運搬及び処分に関する事務は、本来市町村がこれを処理すべきものであり、市町村としてはその処理について一定の計画を定め、しかもその計画に従って生活環境の保全上支障が生じないうちにこれを実施しなければならないという法律(地方自治法2条9項、別表第2の2の11、廃棄物処理法6条1項、2項)上の責任を、当該市町村の住民等に対して負担している。
    しかしながら、あらゆる市町村に対して、右事務のすべてを自らの手によって処理することを要求することは、立法政策上の観点からしても必ずしも合理的ではないため、法は、7条1項を設け、同条項に基づいて、その長から許可を与えられた業者をして市町村の行うべき右の事務を代行させ、このことによって、当該市町村が自らこれを処理したのと同様の効果を確保、実現しようとしているのであって、法7条1項は、まさに上記のような趣旨にいでた規定にほかならないものと解すべきである。しかして、法7条2項各号は、法7条1項に従っていわゆる一般廃棄物処理業を行うことについての許可申請があった場合における許可の要件を定めている。
    ところで、その許可申請が果して法7条2項1号及び2号の各規定に適合しているものであるか否かは、当該市町村が本来その固有の責務とされている一般廃棄物の収集、運搬及び処分の事務を円滑に遂行するために、その申請業者にこれを行うことについての許可を与え、かつ、その申請業者をして市町村の右事務を代行させることが必要かつ適切であるか否かをもっぱら市町村の定める一般廃棄物処理計画との対比において判断すべきものであって、この意味において、右の判断が当該申請に対する許可権者たる市町村長の自由裁量に委ねられているものと解すべきことは、さきに説示した法7条1項に基づく許可の趣旨、性質に徴してきわめて明らかである。
    そこで、すすんで、原告の本件7条申請に対して、その法7条2項各号適合性を否定した被告の判断の当否、なかんずく、被告の右判断が、果して前記許可の趣旨、性質との対比において、前説示のようないわゆる自由裁量の範囲を逸脱したものと評価すべきものであるか否かの点について、原告が主張する事実関係や被告が主張する事実関係の存否などとも関連させながら検討してみよう。

    まず、証拠≪略≫を総合すると、本件7条処分当時の岐阜市におけるし尿浄化槽にかかる汚泥の収集・運搬業務の実施状況をはじめ、被告のこれについての現状認識や将来展望等が以下1ないし3のようなものであったことが認められる。すなわち、

    1. 本件7条処分の当時、岐阜市におけるし尿浄化槽にかかる汚泥の収集及び運搬はそれ以前に被告から右業務を行うことを許可されていた2業者によって行われていた。そして、被告は、岐阜市におけるし尿浄化槽にかかる汚泥の収集及び運搬が、既存の2業者によって円滑に遂行されており、これに特段の支障もないものと認めていた。しかも、被告は、仮に将来し尿浄化槽にかかる汚泥の収集及び運搬についての需要が相当増大しても、右既存の2業者にはこれに応える余力すらあるものと判断していた。
    2. 岐阜市においては、本件7条処分時の前後を通じて、し尿浄化槽にかかる汚泥は、同市の設置、運営しているし尿処理場に搬入され、ここで、別途収集、運搬されてきた生し尿と混合のうえ浄化処理されていた。ところで、被告は、右処理効率を高めるには、1日に搬入されるし尿浄化槽にかかる汚泥量と生し尿量及び両者の混合割合を一定に保つことが望ましいと考えていた。このような観点からすると、し尿浄化槽にかかる汚泥や生し尿のし尿処理場への規則的かつ合秩序的な搬入を期するために、担当業者に対する被告の行政的指導、監督が必要不可欠であって、被告としては、この種指導、監督についての実効を挙げるためにも許可業者数の増加が決して好ましいものではない、と判断していた。
    3. さらに、岐阜市においては、ここ数年来急激な人口増加がなく、このような数年来の人口変動現象に徴すると、近い将来、し尿浄化槽にかかる汚泥が大幅に増加するという事態が到来するものとはとうてい予想できないような状況にある。かえって、岐阜市においても、現に下水道整備計画がすすめられているため、今後、し尿浄化槽にかかる汚泥の収集、運搬の必要性は著しく減少する方向に向かうことが予想されている。しかも、既に岐阜市においては、右下水道整備に伴ってし尿浄化槽清掃業者及びし尿浄化槽にかかる汚泥の収集・運搬業者等の業務量が減少し、同業者らが廃業する場合にそなえて、これら業者に対する補償という問題すら重要な検討事項となっているのである。
      被告は、このような将来展望にかんがみ、し尿浄化槽にかかる汚泥の収集・運搬業者を1業者といえども増加させることが決して妥当な措置ではないと判断した。

    しかして、証拠に徴すると、被告は、以上1ないし3のような客観的状況及びこれを背景とする状況認識、将来展望のもとに、本件7条申請が被告の定める一般廃棄物処理計画、なかんずく、し尿浄化槽にかかる汚泥の処理計画に適合しない旨の判断をしたものであることを優に肯認することができ、この認定に反するような証拠はない。
    しかして、本件7条処分当時、被告が岐阜市におけるし尿浄化槽にかかる汚泥の収集・運搬業務についてした前認定のような現状認識と将来展望等が一応相当なものとして是認できるものであることは、証拠によって明らかというを得べく、しかも右1ないし3に認定したような事実関係等の存在を前提としてかれこれ考量すると、本件申請についてその法7条2項各号適合性を否定した被告の右判断が正当なものとして是認されるべきことは、さきに認定した法7条1項に基づく許可の性質、趣旨に徴しても明らかというのほかはない。
    その他、本件のあらゆる証拠を精査してみても、被告のした本件7条処分が前記のいわゆる自由裁量の範囲を逸脱した違法な処分であることを肯認させるに足りるような証拠は、とうていこれを発見し得ない。

  • 行政側の主張がそのまま認められたわけですね。
  • そうです。裁判所は、次いで、し尿浄化槽清掃業の不許可処分についても、違法はないとして、その理由を次のように述べています。

    市町村の区域内においてし尿浄化槽の清掃を業として行おうとする者も、また、その区域を管轄する市町村長からそのための事前の許可を受けなければならないことは、たしかに法9条1項の明定するところである。しかして、右のような法9条1項に基づく許可が、前項において説示したような法7条1項に基づく許可と対比して、後記のような意味においてその性質を異にするものと解すべきことは、以下の説示に徴して自ら明らかであろう。
    すなわち、そもそも、し尿浄化槽の清掃業務を行ういわゆるし尿浄化槽清掃業者は、浄化槽のそれぞれの管理者から、本来的には当該管理者の義務に属する当該浄化槽の清掃の仕事を業として請け負い、かつ、その請負にかかる仕事を当該管理者のために業として行うにすぎないのであって、一般廃棄物処理業者が本来的には市町村に課せられた一般廃棄物の収集、運搬及び処分に関する責務の全部又は一部を市町村の代行者として行うのと対比して、その従事する業務自体の性格を異にすることが明らかである。もっとも、し尿浄化槽の清掃業務の本来的な性格が右のようなものであるとはいっても、その遂行が適正を欠くときは公衆衛生や生活環境の保全に重大な影響を及ぼすこととなるべきことは、とうていこれを否定することができないから、法は、このような事態を防止するために、特に、これを業として行うことを市町村長の許可にかからしめることによって、右業務を行う者の専門的知識、技能等の向上を図ろうとしたものであると解されるのである。
    し尿浄化槽の清掃業務に対する法の把握ないしは認識が以上のようなものであるからこそ、し尿浄化槽清掃業の許可要件を定めた法9条2項には、一般廃棄物処理業の許可要件を定めた法7条2項1号及び2号に対応するような厳格な要件規定がなく、その許可要件が著しく緩和されているものと解すべきである。そして、このような法9条2項各号の規定自体と前説示のようなし尿浄化槽清掃業を行うことに対する許可の趣旨、目的に徴すると、その許可権者である市町村長は、いやしくも当該許可申請が法9条2項1号及び2号の要件に適合する以上、すべてこれを許可しなければならないものと解するのが相当である。
    そこで、本件9条申請が果して法9条2項1号及び2号に定める要件に適合していたものであったか否かを検討することとする。被告は、本件9条申請には、法9条2項1号、規則6条4号に規定された技術上の基準に適合しない点がある旨を主張するので、まずこの点について考察してみよう。

    1. 証拠≪略≫によれば、以下の事実が認められる。
      すなわち
      1. 法9条2項1号にいわゆる厚生省令で定める技術上の基準については、規則6条がこれに適合する施設及び能力の内容を具体的に定めているのであるが、その基準の適合要件の1つとして、同条(規則6条)はその4号において、『し尿浄化槽の機能点検及び清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験』という要件を掲げていること、
      2. ところで、規則6条4号の運用等に関しては、昭和46年10月16日付環整第43号をもって、厚生省環境衛生局長から各都道府県知事及び政令指定市長宛に『廃棄物の処理及び清掃に関する法律の施行について』と題する通知がされているところ、右通知によれば、当該許可申請者が右規則6条4号の要件を具備する者であるか否かは、その許可申請者が『厚生大臣の認定する講習会の課程を終了した者であって、相当の経験を有する者』に該当するか否かによって決するという運用の方法をとるべきことが求められていること、
      3. そして、岐阜市においては、法9条1項に基づく許否処分等の適正な運用を図る目的で、右通知を踏まえたうえで、≪岐阜市し尿浄化槽の汚泥収集、運搬及び清掃許可申請取扱い要綱≫(昭和55年12月22日実施)を定めたこと、
      4. しかして、上記要綱は、その5条において、し尿浄化槽の清掃業務につき2年以上の経験を有する者をもって規則6条4号にいう『相当の経験』を有する者として取り扱うべき旨を定めていること、(なお、岐阜市が定めた前記要綱の内容等に法9条2項1号の趣旨に反するような違法、不当な点のないことは明らかである。)以上の事実を認めることができ、上記認定に牴触するような証拠はない。
    2. ところで、証拠≪略≫を総合すれば、原告は、昭和55年12月11日、財団法人日本環境整備教育センターの行った清掃コース(Bコース)講習会(ちなみに、この講習会は、規則6条4号の定める専門的知識及び技能を有する者を養成する講習会として厚生大臣の認定を受けたものである)の課程を修了した者であるのに加えて、昭和55年8月から現在に至る(本件9条処分当時はもちろんである。)まで、鈴木好広が員弁環境衛生社の名称をもって行っているし尿浄化槽の清掃業務について右鈴木好広を補助し、右業務に携わっている者であることが認められる。そうとすれば、本件9条申請は、客観的には、法9条2項1号、規則6条4号の定める技術上の基準に適合する者によって行われた申請であったというべきであろう。
    3. しかしながら、他面、証拠≪略≫を総合すると、本件に関しては、以下のような事実のあったことが認められる。
      すなわち、
      1. 原告は、本件9条申請に際し、被告に対して自己の履歴書をその申請書に添付して提出したものであるところ、右履歴書には、前記員弁環境衛生社における原告の勤続期間が『昭和48年1月から昭和51年7月まで』である旨記載されていること、
      2. そこで、被告においては、原告の右履歴書の記載内容に従って原告のし尿浄化槽清掃業務に関する経験の有無、期間等を調査、検討したこと、
      3. その調査、検討の結果、被告は、原告の経歴等について以下のような事実を知ったこと、
        1. 原告は、前記財団法人日本環境整備教育センターにおける講習会の受講に際しても、自己のし尿浄化槽清掃業務に関する実務経験について、『員弁環境衛生社において、昭和48年1月から同51年5月まで、見習助手として右業務に携わった。』旨をその受講申込書の身上調書欄に記載していたこと、
        2. しかし、他面、原告は、右期間(昭和48年1月から同51年5月までの期間)を通じて岐阜県立岐阜高等技能専門学校に在籍していたこと、
      4. 被告は、右のような調査結果にかんがみ、原告が昭和48年1月から同51年7月までし尿浄化槽の清掃業務に従事していた旨の右履歴書の前記記載はとうていこれを信用、首肯することができず、したがって、原告がし尿浄化槽の清掃業務について相当(2年以上)の経験を有する者であるとは認められない旨の判断をしたこと、以上の事実を肯認することができ、上記認定に反するような証拠はない。
        そして、証人鈴木好広の証言によれば、同証人と原告とは昭和55年8月以前には一面識すらなかったもので、もとより原告が右昭和55年8月以前に右員弁環境衛生社においてし尿浄化槽の清掃業務に携わったような事実もないことを優に肯認することができ、この認定に反する趣旨の原告本人の供述部分は、右鈴木証人の証言に対比してたやすく措信することができず、他に上記認定に反するような証拠はない。そうとすると、原告は、本件9条申請に際し、被告に提出すべき自己の履歴書に、あえて自己のし尿浄化槽の清掃業務に関する経験について虚偽の記載をし、自己の右業務に関する経験を秘匿していたものというほかはない。あまつさえ、原告が、本訴審理に当たって、原告本人の尋問を受けた機会においてさえ、右履歴書にみられる前説示のような虚偽の履歴記載が真相に合致することを固執する趣旨の供述をすることに終始したことは、記録に徴して明らかである。
    4. ところで、右3に認定、判示したような事実関係のもとにおいては、原告が、本件9条申請に際し、みずから同申請書に添付して被告に提出した履歴書の記載内容とは異なる自己のし尿浄化槽の清掃業務についての経験、すなわち、昭和55年8月から現在(本件9条処分当時はもちろん)に至るまでの間、引き続きし尿浄化槽の清掃業務に従事していたという同業務についての自己の経験を、本件訴訟において改めて主張し、しかも、このような主張に依拠することによって、もっぱら右履歴書に記載せられているようなし尿浄化槽の清掃業務についての経験が果して原告にあったか否かを審査し、かつ、その審査結果に基づいて、原告の本件9条申請を許可すべきものでないとした被告の判断(この判断が右履歴書の記載内容の真偽、有無を審査した結果であることを前提とする限りにおいて正当なものであることは、上来説示したところから明らかである。)をとらえて、これが違法、不当なものであるとして攻撃、非難するが如きことは、この種行政争訟にかかわる法領域を含むすべての法分野において妥当するかの信義則・禁反言の原則に著しく違背し、とうてい許されないものというべきである。
      そうとすると、その余の点についての判断を加えるまでもなく、被告のした本件9条処分が違法な処分であって取り消しを免れ得ないものであるとする原告の主張は、もとより失当としてこれを排斤すべきものである。
  • 結局、原告は、日本環境整備教育センターが行う講習会の課程を終了してはいるものの、し尿浄化槽の清掃業務に従事した経験がないのに、経歴を詐って受講したもので、法第9条第2項第1号、規則第6条第4号に適合しないことが明らかであるから、法第9条第2項第2号に適合しないものであるかどうかについての判断をするまでもない、ということですね。
  • そうです。
  • ところで、裁判所は、原告が、し尿浄化槽清掃の実務経験についての主張を変更し、不許可処分は不当なものだと攻撃、非難したことについて、「すべての法分野において妥当する信義則、禁反言の原則に著しく違背し、とうてい許されないものというべきである。」と云っていますが、この「信義則、禁反言の原則に違背する」というのは、どういうことですか。
  • 『信義則』というのは、民法第1条第2項に「権利ノ行使及ヒ義務ノ履行ハ信義ニ従ヒ誠実ニ之ヲ為スコトヲ要ス」と定められている基本原則のことで、信義誠実の原則ともいわれているものです。『禁反言』というのは、法律上、前にした表示または行為に対し、同一人が、後になってそれに反する主張をすることは出来ないとする原則のことです。
    原告は、許可申請の際に許可申請書に添付して提出した履歴書に、昭和48年1月から同51年7月までの間、し尿浄化槽清掃業に従事していたと記載していたので、被告は、その履歴書に記載された内容について調査し、それが事実でないと判断できる証拠があったため、不許可処分にしたわけです。原告は、裁判の審理の過程で、はじめの内は履歴書に記載した経歴に詐りはないという主張に固執していたのですが、その主張が通らないことに気がついて、主張を改め、昭和55年8月から現在に至るまで、本件処分当時はもちろんのこと、し尿浄化槽の清掃業務に従事していたのであるから、相当の経験を有しており、不許可処分にしたのは不当であると被告を攻撃、非難しました。
    そこで、裁判所は、原告が、はじめ主張していた内容を変更し、審理の途中から新たな主張をしてきたことについて、それは信義誠実の原則にそむき、禁反言の原則に違背するもので、許されるべきではないときめつけられる結果となりました。
  • 原告が許可申請をしたのは、昭和57年9月ということでしたね。
  • そうです。昭和57年9月20日です。
  • 昭和55年8月からし尿浄化槽清掃業の実務についていたのでしたら、なぜ、最初からそのことを云わなかったのでしょうか。
  • それを云えば、みずから経歴を詐称して日本環境整備教育センターの修了証書をもらったものだということを白状することになりますからね。
  • なるほど。ところで、廃棄物処理法第9条第2項は、「市町村長は、前項の許可の申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。」という条文でしたが、それについて、裁判所は、「許可申請が法9条2項1号及び2号の要件に適合する以上、すべてこれを許可しなければならないものと解するのが相当である。」と判示しています。これからすると、浄化槽法第36条についても、「申請が法36条1号及び2号の要件に適合する以上、すべてこれを許可しなければならないものと解するのが相当である。」ということになるのでしょうか。
  • この事件だけでなく、ほかの判例から推測しても、裁判所は、おそらく、そのような判断を示すでしょうね。しかし、間違っても、裁判所が「許可申請者が法36条1号及び2号の要件に適合していなくても、すべてこれを許可しなければならない」などというような無茶なことを云う筈はありません。ですから、本件のように、浄化槽清掃業と、浄化槽汚泥の収集、運搬を目的とする一般廃棄物処理業の許可申請があったら、先ず、一般廃棄物処理業について、申請が廃棄物処理法第7条第2項第1号、第2号の要件に適合していなければ、それを理由として不許可処分にし、次いで、浄化槽清掃業について、申請が浄化槽法第36条第1号、第2号の要件に適合していないと判断したら、それを理由として不許可処分にすればよいわけです。法律の条文の解釈について異論があっても、それを取り上げて論争するようなことはやめたがよいでしょう。