清研時報

1990年11月号

浄化槽清掃業の許可処分を誤らないために訴訟事件の記録に学ぶ(12)
行政側が勝訴した事例
  1. 5.山口地方裁判所昭和62年(行ウ)第1号事件
  2. 岩国市長が不許可処分にした理由
  3. 原告会社の主張のあらまし
  4. 行政側が裁判で反論した内容
  5. 裁判所が原告の請求を棄却した理由
5.山口地方裁判所昭和62年(行ウ)第1号事件
  • 9月号でちょっとふれておきましたが、山口県岩国市の浄化槽清掃業不許可処分取消請求事件の第1審の判決が出ていますので、紹介しておきましょう。
  • あれは、し尿浄化槽清掃業許可申請受理取消処分の取り消しを求めて法廷で争っていた有限会社の代表者が、別個に設立していた株式会社の名義で浄化槽清掃業の許可申請をし、不許可処分となったため、その不許可処分の取り消しを求めていた事件でしたね。
  • そうです。ですから、本号を読まれる前に、もう一度、9月号を読み返してもらった方がよいかもしれませんね。
岩国市長が不許可処分にした理由
  • やはり、浄化槽清掃業だけの許可申請をしたのですか。
  • そうです。寿総業株式会社……この事件の原告会社が許可申請をしたのは、浄化槽法第35条の浄化槽清掃業だけでした。許可申請をしたのが昭和61年8月5日、岩国市長が不許可処分にしたのが昭和62年1月30日付けで、不許可処分の理由は次のようなものでした。
    1. 寿総業株式会社は、昭和58年11月から昭和59年6月までの間、し尿浄化槽清掃業の許可がないのに、許可があるような振りをして顧客を勧誘し、し尿浄化槽の清掃だけでなく、汚泥の収集、運搬までの契約を結び料金まで徴収している。このことは、直ちにやめるように指導したにもかかわらず、寿総業株式会社はこれを無視した。
    2. そして、無許可で契約した業務を有限会社朝日衛生興業(廃棄物処理法第7条及び第9条の許可業者)に行わせ、浄化槽設置者から契約料金を受領し、その一部を天引きして、朝日衛生興業に支払っている事実がある。
    3. 岩国市長は、昭和60年7月以降、寿総業株式会社と会社の代表者及び役員の一部が同一人物である有限会社寿総業と裁判で係争中であるが、この裁判で有限会社寿総業と寿総業株式会社との関係を争う中で、寿総業株式会社の前記の(一)及び(二)の違法行為について指摘している。
    4. 前記の経過から、寿総業株式会社は、違法行為であることを熟知しているにもかかわらず、昭和61年10月から同年11月までの間、岩国営業所の担当業務として隣接の由宇町において、無許可で浄化槽の清掃及び汚泥の収集、運搬の契約を結んでいる。

    以上により浄化槽法第36条第2号ホに該当するものである。

原告会社の主張のあらまし
  • これに対して、原告側の訴訟代理人は、裁判で、次のように主張しました。

    1

    被告(岩国市長)が主張する不許可理由は、いずれも原告の行為についての事実の誤認ないし不当な評価に基づくものである。すなわち、
    1. 不許可理由の(一)について
      原告会社を設立する前、原告と営業目的を同じくし実質的に原告会社の前身にあたる有限会社寿総業があり、同社は昭和58年5月11日、被告から、期限を昭和59年3月31日までとする岩国市におけるし尿浄化槽清掃業の許可を得て、顧客を獲得し、清掃業を営んできた。同社は廃棄物処理法第7条の許可(以下『7条許可』という。)を得られなかったため、朝日衛生興業に浄化槽の清掃に伴って発生する汚泥(以下『発生汚泥』という。)の収集、運搬、処分等の処理を委託していた。右し尿浄化槽清掃業の許可を受けて後、有限会社寿総業は、株式会社に組織変更することを企画したが、同社代表者らの法的知識の欠如及び右組織変更の手続きを依頼した税理士との意思の疎通が不十分であったことから、手違いが生じ、有限会社寿総業と営業目的を同じくする原告会社(寿総業株式会社)が設立されることとなった。両会社は法人格としては別個であるが、実質的には同一性があり、被告が不許可理由の(一)でいう無許可営業は、実質的にはし尿浄化槽清掃業の許可を得てした有限会社寿総業の営業であって、右営業について被告から有限会社寿総業ないし原告会社に対して指導、注意がなされた事実はなく、被告は、これを黙認していた。
    2. 不許可理由(二)について
      前記のとおり発生汚泥の収集、運搬を朝日衛生興業に委託しており、有限会社寿総業は、その際の委託契約に基づき、朝日衛生興業に対し委託料を支払ってきたものであって、何ら違法行為をなしたわけではなく、また、これも原告会社と関係のない行為である。
    3. 不許可理由の(四)について
      原告会社が、山口県玖珂郡由宇町において各顧客と締結したのは、原告会社が山口県において登録済みの浄化槽の保守点検業務についてであり、被告主張のような契約はしていない。

    2

    1. し尿浄化槽清掃業の許可は、いわゆる警察許可であって、申請者につき、(イ)厚生省令で定める技術上の基準に適合し、(ロ)欠格事由に該当しないときは、市町村長は必ず許可しなければならないとされている。そして、浄化槽法36条2号ホは欠格事由として、申請者が、「その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある」場合を掲げているが、これは、過去において許可取消処分と再申請を何度も繰り返し、許可を与えても又取消処分を受けることが明らかである場合のように、申請者の資質及び社会的信用の面から適切な業務運営が初めから期待できない者を排除する趣旨である。
    2. 原告会社は、広島県内で広島市、大竹市、廿日市町、宮島町において浄化槽法35条の浄化槽清掃業の許可及び7条許可を得て、適切な業務運営を行っており、厚生省令の技術上の基準に適合していることはもとより、同法36条2号ホに該当するような事由は全くない。
    3. 原告会社は、岩国市においては、7条許可を得られないので、清掃業の許可を得た場合、浄化槽の清掃に伴う発生汚泥の処理体制を整えることが必要であるが、この点については、当該浄化槽設置者から7条許可を受けている業者に汚泥の収集、運搬の依頼をなさしめることによって処理するとの方針をたてており、これにより浄化槽の清掃に伴い引き抜かれた汚泥が放置されるなどの環境上の不都合を生じるおそれはない。以上のとおり、原告会社は、その事業の用に供する施設及び浄化槽清掃業者としての能力が厚生省令で定める技術上の基準に適合し、浄化槽法36条2号所定の欠格事由のいずれにも該当せず、被告が、原告会社の本件申請に対してなした不許可処分は、裁量の範囲を逸脱した違法なものであるから取り消されるべきである。
  • 原告側の訴訟代理人は、浄化槽の清掃に伴う発生汚泥の処理については、7条の許可が得られなくても、浄化槽清掃業の許可を得たら、浄化槽の管理者から直接7条の許可を受けている業者に汚泥の収集、運搬の依頼をさせることによって処理する方針をとるから、浄化槽の清掃に伴って引き抜かれた汚泥が放置されるなどの環境上の不都合を生じるおそれはないと主張したのですね。
  • そうです。原告側の訴訟代理人は、2人とも9月号で紹介しました岩国市の『し尿浄化槽清掃業許可申請受理取消処分取消等請求事件』で有限会社寿総業の訴訟代理人をつとめた弁護士ですから、岩国市長の訴訟代理人が、あの事件で、

    原告は、申請に当たり、法7条の許可を受けた業者と浄化槽汚泥の収集、運搬についての契約をととのえるか、あるいは浄化槽清掃の際浄化槽設置者から直接法7条許可業者に汚泥の収集、運搬を依頼させ(法7条許可業者はこの依頼を拒否できない。)、そのうえで清掃作業にあたるというシステムをとる等、何らかの方法で、浄化槽清掃の際引き抜かれた汚泥が、環境汚染をひきおこすことなく適切に処理されるよう、汚泥処理の体制を整えなければ、法9条2項2号所定の欠格要件に該当するところとなる。

    と主張していたのに眼をつけて、それならば、7条許可業者との浄化槽汚泥の収集、運搬についての契約をしなくても、浄化槽の管理者から直接7条許可業者に汚泥の収集、運搬を依頼させるシステムをとれば、7条許可業者はその依頼を拒否することはできないというのだから、浄化槽清掃の際に引き抜かれた汚泥によって環境汚染をひきおこすことはないじゃないかと主張したわけです。
  • 浄化槽の清掃にかかる汚泥については、市町村が廃棄物処理法第6条第1、第2項の規定に基づいて一定の処理計画を定め、その計画に従って、生活環境の保全上支障が生じないうちに収集し、運搬し、処分しなければならないものとされていますね。
  • そうです。
  • 市町村が定める定める計画とは関係なく、浄化槽管理者と業者との自由な契約によって勝手に収集、運搬、処分することのできるものではないでしょう。
  • 廃棄物処理法第6条第1、第2項の規定が、旧法である清掃法の第6条第1項の規定を新法向けに表現を変えただけで、条文の主旨はそのまま継承したものであることは、ご承知のとおりですが、厚生省では、清掃法が施行された直後に、環境衛生課長通知をもって、業者は、自由に個々の住民と汚物の収集、処分の契約を締結することはできない旨の行政指導を行っています。
    このことは9月号でも説明しておきましたが、浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集、運搬、処分を浄化槽管理者が直接廃棄物処理法第7条の許可をもつ業者に依頼すれば、業者はその依頼を拒否することができないなどというような、いい加減な主張をしてはいけません。岩国市長の訴訟代理人は、『し尿浄化槽清掃業許可申請受理取消処分取消等請求事件』で、そんな主張をしていたものですから、この事件では、いささか苦しい弁明をしなければならなかったようです。
  • 岩国市長の訴訟代理人は、前の事件と同じ弁護士だったのでしょうね。
  • えゝ。
行政側が裁判で反論した内容
  • 岩国市長の訴訟代理人は、原告側の主張に対して、どんな反論をしたのですか。
  • 次のように反論しました。

    1 処分理由の(一)について

    原告会社が処分理由の(一)記載の無許可営業をなすに至った経緯及びその実態は、以下のとおりである。

    1. 有限会社寿総業は、昭和58年5月11日、発生汚泥については朝日衛生興業に収集、運搬、処分等の処理を依頼するとの作業計画のもとに、被告から許可を受けて岩国市における清掃業を開始した。
    2. 昭和58年9月9日、被告に対し、原告会社名義で許可事項変更申請書の提出があり、被告において調査したところ、有限会社寿総業は、昭和58年8月1日、その目的を変更して、廃棄物処理関係の事項は削除し、従前の有限会社寿総業と同じ廃棄物処理等を目的とする原告会社が昭和58年8月8日に設立されていることが判明した。
    3. 原告会社は自社が有限会社寿総業の組織変更によって成立した旨強く弁解したが、被告としてはこれを認めることができず、有限会社寿総業と原告会社の間には法人格に同一性がないと判断し、有限会社寿総業に対しては廃止届を出すように求める一方、原告会社に対しては無許可営業を行わないように注意し、改めて原告会社として清掃業の許可を受けるよう指導した。
    4. 原告会社は、昭和59年3月19日、被告に対して清掃業の許可申請をしたが、発生汚泥の処理についての対処としては、朝日衛生興業と有限会社寿総業との間の発生汚泥の処理等の委託契約書の写しを添付しただけであったため、被告は、原告会社としては発生汚泥の処理体制が不充分であると判断し、右申請を不受理とする扱いをした。原告会社は、右の事情で、清掃業につき許可を受けないまま昭和58年11月から昭和59年6月までの間、『岩国市公認』を詐称し、営業所の看板にその表示をし、『岩国市公認』を冠称印刷した契約書を作成して浄化槽設置者との間で浄化槽の保守点検及び清掃契約を締結し、右契約に基づいて、昭和60年2月まで右作業を実施した。

    2 処分理由の(二)について

    原告会社は、前記浄化槽清掃委託契約に基づいて、浄化槽設置者から清掃毎に料金を受け取ってきたが、右清掃作業自体は、原告会社の委託を受けた朝日衛生興業が行い、原告会社は、右清掃料金から天引きして朝日衛生興業に対する料金を支払っていた。この点につき原告会社は、朝日衛生興業に支払う清掃料については、約定に基づく料金を別途支払っていた旨主張するが、朝日衛生興業と原告会社の間で、原告会社が手数料を取得するとの定めはなく、また、原告会社が被告から清掃業の許可を得ていなかったことからすると、清掃契約をすることはもちろん、これを他人に委託した場合も手数料を取得し得る立場にはないのである。

    3 処分理由の(三)及び(四)について

    被告は、原告会社に対して、前記1、2のような違法行為をなさぬよう再三注意してきたが、昭和60年7月以降は、原告会社と役員の一部を同じくする有限会社寿総業との裁判の場で、有限会社寿総業に対し、右違法行為につき注意を喚起したにもかかわらず、原告会社は、町長の許可を得ずに、昭和61年10月から同年11月までの間、岩国営業所の担当業務として、山口県玖珂郡由宇町において、浄化槽設置者との間で浄化槽の清掃契約を締結した。

    4 本件不許可処分の適法性

    前記1ないし3の事実に照らせば、原告会社は浄化槽法36条2号ホの欠格事由に該当することが明らかである。
    また、7条許可を有しない者が清掃業の許可申請をする場合、発生汚泥が環境汚染を引きおこさぬよう、これを処理しうる体制が整えられていることを要するところ、この点につき、原告会社は、本件申請に際し、『発生汚泥の収集運搬については、当該浄化槽設置者から廃棄物処理法7条許可業者に汚泥の収集運搬の依頼をなさしめることによって処理する』旨記載した作業計画書は提出したが、右作業計画では、7条許可業者との連携の得られない原告会社が、浄化槽から引き抜いた汚泥を速やかに7条許可業者に引き取ってもらえる保証があるのか不明で、7条許可業者も、また自身の汚泥処理計画に基づいて汚泥の収集計画をたてていること、現今の交通事情の下では、日時を打ち合わせて清掃、収集運搬を同時に行うとしても、齟齬(そご)をきたすおそれがあること等に照らすと、原告会社の処理体制では、発生汚泥が放置される事態が生じるおそれがあり、この点につき原告会社は何らの証明をしないばかりか、前記1ないし3の事実に照らすと、原告会社は清掃業者としての資質、適格に欠け、原告主張のような作業計画を認めた場合、発生汚泥の取扱いについても不正又は不誠実な行為をするおそれがあるというべきである。

裁判所が原告の請求を棄却した理由
  • 判決が出たのは、いつですか。
  • 平成元年5月25日です。原告が提訴したのは昭和62年4月でしたから、審理に2年間かかったことになります。
  • 結局、不許可処分は取り消されなかったのですね。
  • えゝ。
  • 裁判所は、どんな理由で原告の請求を棄却したのですか。
  • 山口地方裁判所は、判決理由の中で、岩国市長がなした不許可処分の適法性について、次のとおり述べています。

    1 本件不許可処分に至る経緯

    証拠≪略≫によれば、以下の事実が認められる。
    1. 原告会社の設立に先立ち、原告会社と役員の一部を共通し、一般廃棄物の処理、浄化槽清掃等を目的とする有限会社寿総業が存し、有限会社寿総業は、昭和58年5月11日、発生汚泥は朝日衛生興業に収集、運搬させるとの作業計画の下に、被告から昭和59年3月31日までの期限付きの許可を得て、岩国市における清掃作業を開始した(当事者間に争いがない。)
    2. その後間もなく、有限会社寿総業は株式会社に組織変更することを企画したが、税理士のすすめで、昭和58年8月8日、株式会社である原告会社を新たに設立し、有限会社寿総業の従前の営業をすべて引き継ぐこととし、これに伴って有限会社寿総業はその目的を変更し、一般廃棄物の処理、浄化槽清掃業等の目的を廃した。しかし、原告会社の代表者らは、両会社は法人格において同一性を有するものと考え、先に有限会社寿総業が得た清掃業の許可について、原告会社名義で、岩国営業所の所在地及び同所長を変更する旨の許可事項の変更申請をした。被告は、これに対し、有限会社寿総業と原告会社が別人格であることから、有限会社寿総業に対しては廃業届を出すことを求める一方、原告会社に対しては、許可を受けないで清掃業を営まないよう注意した。
    3. 原告会社は、昭和59年3月19日、被告に対し、清掃業の許可申請をしたが、発生汚泥の処理体制を明らかにするものとしては、従前、有限会社寿総業と朝日衛生興業との間に締結された委託契約書の写しを添付しただけであったため、結局書類の不備として受理を拒否された。
    4. そこで、原告会社代表者らは、有限会社寿総業の目的を旧に復し、有限会社寿総業が発生汚泥についてはその処理を朝日衛生興業に委託するものとし、従前と同様の朝日衛生興業との委託契約書を添付したうえ、改めて昭和59年12月26日、被告に対し清掃業の許可申請をし、右申請はいったん受理されたが、それまでに右委託契約に関して料金をめぐるトラブルが生じ、朝日衛生興業は、有限会社寿総業であると原告会社であるとを問わず、汚泥処理の委託を受けることを一切拒否するに至っており、これを知った被告は、有限会社寿総業の右許可申請につき、発生汚泥を処理する体制が整っていることを示す書類の添付がないものとして、先にした受理を取り消した。
    5. 原告会社は、昭和61年8月5日、本件許可申請をしたが、前記の事情から、発生汚泥の処理については岩国市における7条許可業者との委託契約を締結できる見込みがなかったので、発生汚泥は、清掃の都度、当該浄化槽設置者から7条許可業者に収集、運搬を依頼せしめるとの作業計画書を添付した。

    2 浄化槽清掃業の許可について

    浄化槽清掃業を営もうとする者は浄化槽法35条の許可を受けねばならないが、清掃時、浄化槽から引き抜いた汚泥の収集、運搬、処分等の処理が必要となるところ、右汚泥は廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下、『廃棄物処理法』という。)の一般廃棄物に該当するから、その処理をするには、同法7条の許可を要することになる。
    ところで、市町村は一般廃棄物の処理を業者に代行させることはできるが、本来、これは市町村の自治事務であって、右業者も市町村の処理計画に従って処理しなければならず、したがって、業者に対する7条許可も、市町村の処理計画、処理能力に照らして判断すべきものであり、市町村は右許可にあたって、その廃棄物処理の実情を前提に、専門技術的政策判断を尊重した広範な裁量権を有するものと解される。しかし、浄化槽の清掃業務自体には、原則として市町村の義務とされていることから生じる一般廃棄物処理業のような事情はなく、清掃業の許可は営業の自由を規制するものであるから、申請が法令に規定された基準に適合する限り当然許可しなければならない覊束裁量行為であると解すべきであって、右許否の判断に際し、浄化槽の定める許可基準以外の事情、例えば、新規業者の参入による業者の経営不安がもたらす弊害、或いは当該自治体の汚泥処理計画との適合性(これは7条の許可の際判断すれば足りる。)等を考慮し、不許可にすることは許されない。
    そして、浄化槽法36条に定める許可基準は、申請者につき、厚生省令で定める一定の技術上の基準に適合していること(同条1号)及び法定の欠格事由に該当しないこと(同条2号)であるが、右欠格事由のうち、ホに規定する『その業務に関し不正または不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』との欠格事由は抽象的であって、その判断基準を具体的に示すことは困難であるが、その趣旨は、申請者の資質及び社会的信用の面から、適切な業務運営が初めから期待できないことが明らかな者を排除することにあると解すべきである。

    3 本件不許可理由について

    1. 証拠≪略≫によれば、原告会社が浄化槽法36条1号の基準に適合していることが認められる。
    2. 次に、原告会社に浄化槽法36条2号ホに該当する欠格事由があるか否かについて判断する。
      まず、本件不許可理由のうち、原告会社がし尿浄化槽清掃業を無許可で営業したとする点について検討するに、前示のとおり、原告会社に対して岩国市における清掃業の許可がなされたことはなく、被告からは無許可営業をしないように注意されていたものであり、証拠≪略≫によれば、原告会社は昭和58年11月頃から昭和59年9月頃までの間、岩国市内の多数の浄化槽設置者との間に浄化槽の点検調整及び清掃等の委託契約を締結し、右契約に基づいて清掃を実施したこと(但し、現実に清掃を担当したのは朝日衛生興業である。)、右各契約の締結に際しては、原告会社名に『岩国市公認許可番号第144号』と冠称した『し尿浄化槽のしおり』を各設置者に配布し、原告会社岩国営業所の表に取り付けられた看板にも『岩国市公認』と表示していたことが認められる。
      右の点につき、原告会社は、右各清掃契約は、実質的には有限会社寿総業の営業である旨主張するが、前掲各証拠に照らし、主張は採用し難い。また、証拠≪略≫によれば、原告会社は、昭和61年10月から同年11月にかけて、山口県玖珂郡由宇町において、浄化槽設置者らと浄化槽の保守点検及び清掃等の委託契約を締結したが、右のうち清掃については同町における清掃業の許可を受けていないこと、但し、右期間中、原告会社が現実に清掃を実施したことはないことが認められる。
      原告会社の営業に関与している証人岡崎義雄は、その証言で、清掃業の許可を得ていない以上、由宇町では清掃を実施するつもりはなく、浄化槽の保守点検業者として保守点検についての契約のみをするつもりであったが、由宇町における原告会社営業員の無知のため、清掃をも内容とする契約を締結するに至った旨を供述する一方、由宇町における清掃の実施は、由宇衛生社に委託すべく、同社と契約を締結している旨供述するが、右前段の証言と後段の証言はそれ自体矛盾し、信用性に乏しいものであるが、後段の証言については証拠≪略≫に照らし措信し難く、前段の証言についても不自然な供述であって措信し難いところであり、仮に原告会社において清掃を実施するつもりがなかったとしても、右清掃契約の締結が清掃業の一環をなすものであるから、原告会社が由宇町において無許可で清掃業を行ったこと自体は明らかである。
      ところで、浄化槽清掃業は、生活環境の保全、公衆衛生に深くかかわる事業であることから、法は技術上の水準の他に各種の厳格な欠格事由を定めて不適格な業者を排除し(浄化槽法36条)、さらに、生活環境の保全及び公衆衛生上必要があると認めるときは、市町村長は業者に対し必要な指示をすることができる旨定め(同法41条1項)、これに従わない業者の許可を取り消しうるものとし(同条2項5号)、また無許可営業については罰則をもってこれに臨んでいる(同法59条6号。なお改正前の廃棄物処理法25条1号も同様の規定である。)このような許可制とされている以上、例え厚生省令で要求される技術水準に適合し、他市町村では的確に清掃業を行っている業者といえども、新たな市町村で営業を始めようとする者は、当該市町村長の適正な審査、許可を受けることなく営業をすることができないのは自明であって、公的な規制、監督を故意に免れようとする無許可営業は、許可制によって守られる公共の利益を侵害する類型的な違法行為というべく、市町村としては、このような業者の存在を看過することはできず、また市町村は、業者の業務の遂行状況を監視し、違法行為を発見した場合は適切な指導をするべきであるが、無許可営業は、いわば業者における法規無視の資質の徴表であって、このような者には、行政庁の指導に従うことが期待し難く、また、無許可営業を一般的に予防する必要から、無許可営業の前歴のある者は、『その業務に関し不正または不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』に該当するというべきである。
    3. そうすると、原告の浄化槽清掃業の許可申請に対し、岩国市及び由宇町における無許可営業を理由に、被告が行った本件不許可処分は、その余の点について判断するまでもなく、いまだ浄化槽法の認める裁量の範囲を逸脱した違法のものということはできない。
    以上が、原告の請求を棄却した理由です。
  • 原告が無許可営業をしたという前歴が決め手となったわけですね。
  • そうです。この判決理由で注目すべき点は、裁判所が、

    浄化槽法第36条第2号ホに規定する『その業務に関し不正または不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』という欠格事由は、抽象的であって、その判断基準を具体的に示すことは困難であるが、その趣旨は、申請者の資質及び社会的信用の面から適切な業務運営が初めから期待できないことが明らかな者を排除することにあると解すべきである。

    無許可営業は、いわば業者における法規無視の資質の徴表であって、このような者には、行政庁の指導に従うことを期待することがむずかしく、また無許可営業を一般的に予防する必要からも、無許可営業の前歴のある者は、『その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』に該当するというべきである。

    と判示している点です。
  • 原告側では、『その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』というのは、過去において許可取消処分と再申請を何度も繰り返し、許可を与えても、また、取消処分を受けることが明らかであるような場合をいうのだと主張したようですが、その主張は認められなかったということですね。
  • えゝ。法律を無視するような者は行政庁の指導にも従わないだろうと判断するのは、至極もっともなことだと思いますよ。
  • それにしても、この事件の原告は、無許可営業をして、行政側がやめるように指導したのに、それを無視したということですが、なぜ、、その時点で告発しなかったのでしょうか。告発しておれば、懲役刑はともかくとして罰金刑に処せられていた筈です。そうしておけば、罰金刑に処せられた日から2年を経過しない間は、浄化槽法第36条第2号イに明文の規定もあることですから、原告としても許可申請はしなかったでしょうに……。
  • たとえ許可申請をしたとしても、条文を示して不許可処分にすれば、負けるのを承知で訴訟沙汰に及ぶことはなかったでしょうね。
  • この裁判で、行政側では、原告に対して無許可営業は行わないように注意したと主張していますが、原告の方では、そんな注意を受けた事実はないと抗弁していますね。
  • 行政側が口頭で注意した程度だったかもしれませんね。注意するときは、口頭ではなく、文書で注意を与えるべきです。注意を受ける側でも、口頭でよりは、文書で注意された方が、余計にこたえますからね。
  • それに文書で注意しておけば、まさかのときの証拠にもなりますね。
  • そういうことです。
  • 裁判所は、原告側が、浄化槽の清掃に伴う発生汚泥の処理体制について、浄化槽設置者から7条の許可を受けている業者に汚泥の収集、運搬を依頼させて処理する方針をたてており、浄化槽の清掃に伴って引き抜かれた汚泥が放置されるなどの環境上の不都合を生じるおそれはないから、原告は浄化槽法36条2号に定める欠格事由には該当しない、と主張したのに対しては、なにもふれませんでしたね。
  • そのことにふれるまでもなく、無許可営業をしていた前歴があるということだけで不許可処分の理由としては十分だというわけですよ。
  • なるほど。
  • 前にも述べておきましたが、行政側の訴訟代理人が、有限会社寿総業の事件で、「浄化槽の清掃にかかる汚泥の収集、運搬、処分を浄化槽管理が7条許可業者に依頼すれば、業者はその依頼を拒否することができない。」などという独自の見解を述べていたので、原告側の訴訟代理人は、それならばというわけで、そんな主張をしたのですが、もしも、この事件の原告に無許可営業の前歴がなかったとしたら、裁判所は、浄化槽の清掃に伴う発生汚泥の処理体制についての原告側の主張の是非について、判断を示さなければならなかったでしょうし、裁判所が果してどんな判断を示したか、予断は許されなかったでしょうね。
    市町村の担当者たちは、この事件で裁判所が示したように、一般廃棄物の処理は市町村の自治事務であって、業者は市町村が定めた処理計画に従って処理しなければならないものであり、厚生省が清掃法施行直後から文書をもって行政指導をしているように、業者は、許可の範囲内で、許可に附せられた条件を履行する義務を負うものであって、自由に個々の住民と契約を締結することはできないものだということを、よく覚えておく必要がありましょう。
  • 浄化槽の清掃については、管理者の義務とされていますから、管理者と浄化槽清掃業者との間で自由に契約をすることができますが、浄化槽の清掃にかかる汚泥の処理については、市町村の固有事務とされているため、浄化槽汚泥の処理に当たる一般廃棄物処理業者は、市町村が定めた処理計画に従って浄化槽汚泥を収集し、運搬し、処分しなければならないものであって、自由に個々の管理者と契約することはできない、ということですね。
  • そうです。管理者は市町村が定める処理計画に協力する義務がありますよ。
    次号では、2年間にわたって連載してきたこのシリーズの『まとめ』として、不許可処分にするときの手順について、また、裁判沙汰に発展したときの対応について、これまでの判例を参考にしながら検討することにしましょう。